地球滅亡予定日まで 残り28日
朝起きると、すぐにある異変に気が付いた。
母さんが家から消えたのだ。
僕より1時間早く出勤する父さんがアイロン掛けのされていないシャツをハンガーから奪い取るように取り、
生卵を割った後そのまますすって家から出る様子を見て僕は察知したのだ。
普段はアイロンがけがされており、朝食の準備がきちんとされているのに……。
母さんは? と父さんに聞くと。
知らん! と今まで聞いたことの無いような怒りの籠った声で父さんは答えた。
“これ以上は深入りするな”と新聞を読みながら無言の圧力をかけてきている。
皴が出来るほど握りしめている新聞だって読んでいるとは思えず、怒りを堪えるためのセレモニーにしか見えなかった。
そして父さんは新聞を古紙置き場に投げ捨てるようにして、壊すような勢いで玄関ドアを閉めながら家を出ていった。
昨日の僕は色々と考え過ぎてかなり疲れていたのですぐに眠ってしまったのだが、
父さんと母さんの間で“何かあった”のかもしれない。
何があったのかは分からないけど少し不安を覚えた朝だった……。
◇
学校に行くまでの間、スマートフォンとにらめっこしていた。
勿論、由利の連絡がいつ来てもいい様にだ。
新着の通知が出るたびにビクリと震えてしまう。今度こそ! と思ってもニュースやゲームの通知などガッカリする通知ばかりだ。
きっと由利の携帯電話には一昨日から気持ち悪いぐらいビッシリと僕からの着信履歴とメールが届いていることだろう。
それに気が付いてから、ペースを落として連絡をとにかく待つことにしたのだ――もう、手遅れかもしれないぐらい送っちゃったけどさ……。
呆然としながら高校に登校し、自然といつもの流れで自分の席に着くと担任の保坂先生がプリントを配り始めた。
「えー、今日のホームルームでは“偽情報”について考えていこうと思います」
プリントには、「隕石衝突に伴う詐欺ビジネス」といった内容が書かれてあった。
「お前たち、隕石が約1か月後に衝突するという話は聞いてるな?
これに関係する新興宗教や、詐欺商品、犯罪などの警鐘が学生にも無関係では無いだろうという事で文部科学省より通達された。
皆これを読んで騙されないように注意すること」
やたらと細かい字で色々と書いてあるが、簡単に要約すると、
「隕石が衝突しても生き残れる」として、様々な方法でお金を儲けようとする宗教や詐欺、反社会組織の活動が早くも報告されているようだ。
特に僕たちのようにまだまだ経験の浅い子供に対して積極的に「闇バイト」などのアプローチをかけてくる人間がいるようだ。
世界が滅んでしまうのであれば何をしても構わない――そう言った退廃的な風潮が広がりつつあるのだろうと思った。
また、基本的には各国政府や国際宇宙機関が対処するために民間人に出来ることは無いと言う――ただ、これは逆にパニックや虚無感を誘発しないか?
ただでさえ学校に登校してきている生徒だって減少しつつある。
今日なんて出席率は50%ちょっとぐらいだ。
このままいけば学校中の生徒がほとんど来なくなる日も近いんじゃないかとすら思ってしまった……。
「大丈夫なのかなこのプリントは?」
熊田君とまた話をしてみたくなった。
「そうだよな。大人の考えていることってどこかいつもズレてるよな。
こんなプリントを配ったらプラスの効果もあるかもしれないけど、逆に学生の不安を誘発するだけだと思うよ。
リテラシーの高い人はこんなものが無くても防御できるけど、無い人間はどの道騙されるしね」
「場合によっては”こういう犯罪があるんだ”とやっちゃう人もいるかもしれないよね。
学業に専念できない生徒も出てくるかもしれない。
この学校の生徒だって頭が良い人は多いけど倫理観がしっかりしている人が多いわけじゃない」
前回の定期テストではテスト問題を生徒に委託するという大事件があった。先生はテストを作らずに済んで楽が出来る上に、生徒は問題を知ることができるという一石二鳥の関係だったようだ……。
「でも、こういう時だからこそ勉強しておくと他の学生と差がつくと前向きに捉えた方が良いね。
もしかしたら今の第一志望より上の大学に入れるかもしれない。
何もない平時であれば自分がいくら頑張ったと思っても他がそれ以上に頑張っていれば不合格になるが、今ならちょっとでも踏ん張れば上に上がれそうだからね。
このままの状況が続いて欲しいところだね」
凄いな熊田君は。どこまでも前向きに捉えていた。
そして、この世界がこれまで通り続くと信じているのだ。
「そうだよね。次の定期テストが楽しみだなぁ。これまで学年200人いて50番ぐらいがホームポジションだったけど、これだと10番以内も狙えるかもしれないね」
昨日なんて全く授業を聞いていないから、由利が学校に来ない限りその望みは薄そうだけどね……。
「皆、周りの状況に流されすぎなんだよ。
どうしたら最終的に幸福な暮らしを送ることができるのか? そこにフォーカスしていない。
“今だけ金だけ自分だけ“そんなことでは未来を掴み取ることは出来ないよ。
今の頑張りがむしろ将来の明るい将来に繋がっているのにさ」
「どうして近視眼的な視点にとどまっちゃうんだろうね?」
「やっぱり、お偉い政治家が“今だけ”に注視して腐敗しきっているからじゃないかな?
自分の都合のいい法律を作ってさらに解釈まで捻じ曲げて、お金を自分のポケットに入れているような有様だからさ。
お偉い御人がそんな有様だと“自分もそれでいい”と思って下の人間も続いちゃうんだと思うよ」
「確かに、騙すようにお金を取っている人がいる正直者が馬鹿を見るような社会だと、
正直に真っ当な道を突き進んでいくのが馬鹿らしくなるよね……」
「でも思うんだよ。
短期的な快楽や近視眼的な欲望を満たすためだけに行動するのは野生の獣や家畜と全く同じだと思うんだよな。
政治家が獣や家畜だとその下に従う国民も獣や家畜だよ。
“政治家は国民の鏡“と言う言葉もあるぐらいだからね。
それを容認している上に何かを変えようというアクションも起こさないからさ
「17歳の僕たちは選挙権を得られる来年からそう言う人に対して投票しないようにしないとね……」
「ただ、厳しいのは与党の政治家だけでなく野党も懐にお金を入れるような人がいるという事だよ。
“相対的に良い程度の人を選ぶ”と言う状況だと中々この国の政治構造を変えることは短期的には難しいね。
現状は政治家やマスコミの持ちうる倫理観次第で大きく変わってしまう状況だから」
難しい話で頭が痛くなってきた……。
「そうなると、僕たち学生はこれからどうしたら良いの? 中々打開できないように思えるけど……」
「良い大学に入って、大手の企業に就職、官僚や医者になれれば全く違った目で見ることができるね。少なくとも“一時の快楽“よりもよっぽど良いものが手に入るよ。
何せ搾取されるだけの側から自分からインセンティブを取る側に回ることができるからね。
“普通の優良企業”に入社するぐらいじゃ政治家から搾取される側にいることには何ら変わりないと思うよ」
「な、なるほど……。普通に暮らしているだけでは打開することが出来ないぐらいの状況なのか……。
そうなると、学校に来ることができる僕たちはある意味幸運なのかもね。こんな巡り会わせは滅多にないよ」
「そうそう。進学校のウチですらこの有様なんだから、他のライバル校だって同じようなモノさ。だから先行して勉強できているだけ良いポジションにいるってことさ。
伊崎も昨日は上の空だったみたいだけど、きちんと授業を受けておいた方が良いぞ。
ここが勝負所なんだからさ」
「ハハハハ……。バレてたか。気を付けるよ……」
熊田君は学年一桁の成績の常連だからそれだけ自信もあるのだろう。
学年1位すらも狙っているに違いない。
だが、それは「世界が続く信頼」があってのことだ。
世界が続かなければそもそも来年の大学受験もあったもんじゃないし、その先の将来の夢についても関係が無くなってしまう。
僕は熊田君と話を合わせつつも「世界が続く信頼」がもう揺らいでいた。
由利と連絡が付かないこと、電車が止まっていたこと、
特に何の問題も無いと思っていた父さんと母さんが突然不仲になったこと――これらは少しずつ積み上がり僕にとっては深刻なダメージとなっていた。
仮に隕石が墜落して来なくても、もう「それまでの日常」に戻らないのではないかと……。
僕自身はこれまで通りに過ごそうと尽力をしたとしても、周りが勝手に変わっていってしまうんだ……。
それに抗う(あらがう)だけの熊田君みたいな実力も精神力も持ち合わせていない。
僕はそんな悲しい搾取される側の一般市民なんだ。




