地球滅亡予定日まで 残り3日
由利に昨日僕が話を聞いたことを伝えようと思って体操が終わった後に声をかけた。
「由利……重要な話があるんだ。人気のないところに行きたい……聞いてくれるね?」
「え……いきなりどうしたの? もしかして、ここに来てから“できてなくて”欲求不満になっちゃった?」
由利は茶化してそんなことを言っているが僕はそれにまともに取り合っていられる余裕は無かった。
「そんな笑い話じゃないんだ。ちゃんと聞いて欲しい」
「分かった」
由利も真剣な表情になる。庭の茂みに行き、誰もいないことを確認した。
「いいかい? よく聞いてくれ。
お茶を濁しているがここの空木に対して“性的な奉仕”が必要という事らしい……。
そうで無ければここを出なくてはいけないらしいんだ」
「!?」
由利は目を見開いた後そのまましばらく瞬きもすることもなく固まっていた。何か考えを巡らせているのだろうか……。
「……そう言えば、私の隣の部屋の子が
“皆、豪華な食事や暖かい寝床を前に背に腹は代えられないって”言ってたけどそう言う事なの?」
僕は無言で頷いた。
「それも、結構ハードなプレイみたいなんだ。僕が話をした子はお尻をやられて血が出るぐらいだったみたい……」
「……それで、裕司はどうして欲しい? 私が”予定”されているのは今日の夕ご飯前なんだ」
「え?」
「……あたし、裕司以外の人と寝たくない。
でも、柏瀬さんから“あなたは価値があるから彼氏君の分の奉仕活動の貢献も出来る”ってさっき言われたんだ……どうしても裕司がご飯を食べたいって言うのなら――」
由利は何か思いつめた表情でそんなことを言い始めたので僕は指でピッとその後の言葉を止めさせた。
何てことだ……。僕が情けないばかりに一番最悪なことを由利に言わせてしまいそうになるだなんて……。
僕は、由利の手を取って一緒に立ち上がった。
「えっ?」
由利は驚いた表情になった。
「ここを出よう」
「でも、あたしが犠牲になればご飯を食べられるんだよ? 暖かい場所で眠ることが出来るんだよ? もしかしたら隕石の衝突をしても耐えられるかもしれない。大丈夫。ちょっとの期間だけだろうし、それで幸せに暮らせるなら……」
由利は僕が火星に行くという話になった時からそうだったが、いつも自分を犠牲にしようとする。
それはとてもいい所でもあるけど、このような事態では危険とも言える考え方だった。
やっぱり僕がしっかりしなくては由利を守れない。
自分から傷つけに行ってしまうから……。
「そんなことでご飯や暖かい寝床を手に入れても何も嬉しくないよ。
例えば自分の着ている服が強制労働によって奴隷みたいに働かされている人が作った物だったらどう思う? 着たくないよね? 何かの多大なる犠牲の上に平和や幸せを手に入れたってなにも意味が無いんだ。
ましてやその犠牲が由利であるなら僕はそんな選択をできない」
「あたしは大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃないよ。母さんに別れる前に最後言われたんだ。“魂まで汚しちゃいけない”ってね。由利にそんなことをさせるぐらいなら飢え死にした方がマシだよ」
「……でも」
「何、どうせあと少ししたら隕石が衝突予定日して全部終わりだ。ちょっと寒さに我慢すれば当日はやってくる。
ここに来て食べ過ぎたぐらいだから飢えは凌げるはずだよ」
由利は僕に抱きついてきた。
「……嬉しい。あたしも本当はそんなことしたくなかった……」
今ではすっかり弱ってしまったが、プライドの高かった由利がそんなことを受け容れられる筈は無かった。
「うん、だから心にも無いことや本位に沿わないことを言わないでくれ……僕も辛いんだからさ……」
「でも、心にも無いことでも無かったよ? 裕司のためなら出来ることは何でもやるつもりだったから……。
あたしのせいで火星に行く権利を放棄することになったんだから……」
「そんなに献身的になること無いよ。僕たちは対等で一緒に苦難を乗り越えてきた仲じゃないか。そりゃ、2人で暮らすようになってから日は浅いけどさ。
他の誰にも経験できないぐらいの困難を乗り越えてきたつもりだよ」
由利を救出したり、由利の両親が襲ってきたり、僕の家が火事で焼けたり……。
筆舌しがたいことばかりが起きてきた……でも由利となら何が起きても怖くは無い。
だが、由利を失っては何も乗り越えられない気がした。
ここにいては由利の心は失われてしまうだろう……。
抜け殻のような由利になってまで生き長らえたくは無かった。
◇
僕達は手を繋いで柏瀬さんのところに向かった。
ここを出るのにも手続きを踏まなくては、警備若しくは有刺鉄線の餌食になってしまうのだ……。
僕達は“奉仕活動”の内容を聞いてとてもやっていけないという話を簡潔にした。
どうしても体を汚すことが出来ないという事も付け加えておいた。
「あら……本当に残念ね。ちょっとの間我慢すれば良い生活が続けられるのに……。
もしかしたら、隕石衝突予定日後も生き続けることが出来たかもしれないのに……」
「確かにここでの生活は魅力的です。今から僕たちは寒空の中、テント生活に逆戻りですからね。
でも、それ以上に大事なものを見つけたんです」
「それは何か気になるわね」
「尊厳と信念、そして誇りです。
僕たちはこれらを棄ててまで生き続けようとは思いません。
守るために例え、寿命が大幅に縮んだとしてもそれを持ったまま死のうと思ったんです」
由利が隣で頷いている。
「へぇ……若いのにそこまで考えているだなんて立派ね。
私は空木さんに全てを捧げちゃったからね……。
もう今更、綺麗だったころの自分に戻れないし、後戻りはできないから……」
柏瀬さんは遥か遠くの景色を見ていた。過去の自分の姿を見ているのだろう……。
「あの……そんなわけで、ここを脱出させてくれるように手続きをしてもらえますか?」
「ええ、いいわよ。空木さんは“実質的強制”で屈服させることが好きなだけで無理やりにでもするのはそんなに好きじゃないからね」
それはそれで怖いけどね……。
「はい。お世話になりました。少しでも食事と寝床を提供してくれて嬉しかったです。
というか、“対価”を支払わずにフリーランチをしてしまい済みませんでした」
本当に”タダ飯”だったからな……。
「良いのよ。食料は大量に生産しているし、こっちも騙すようにして連れてきてしまったからね。
何をさせるか話をしてからだと誰も付いてこないだろうからね
未体験の君たちが想像している以上に過激だからね……。
色々な”遊び道具”も駆使してくるし……」
「……そこまで言うのならここで離脱して正解ですね」
由利がそんなことをさせられてしまうなど想像もしたくない……。
「そうかもね。あと、これを持っていきなさい」
柏瀬さんは簡易用テントと何か瓶をくれた。
「この瓶は?」
「睡眠薬よ。眠れない日もあるでしょう? 後は隕石が衝突する日に使えば眠ったまま死ぬことが出来るわよ」
「そういう活用方法がありましたか。ありがとうございます。そして本当に済みません……僕達はここで離脱するのに……」
「いいのよ。君の覚悟の決まったその表情は止めることも出来ないし。餞別よ」
そう頭を下げて僕たちは家を出た。柏瀬さんは追ってこなかった。
「うぅ……寒いね……。でもこれが自分で決めたことだから後悔しないようにしないと」
「ねぇ……裕司。せっかくテントももらったことだし。2人で温かくなろうよ。ね?」
由利は体を密着させてくる。寒かったはずの体は途端に熱を帯びてきた。
「ね? じゃないでしょ。由利は積極的だなぁ……」
これで寒空に再び放り出され、今日の食糧事情すらも手持ちの缶詰だけになって絶望的になったが、今度こそ由利の手を離さずに済んだ。
深刻な状況になったにもかかわらず清々しさや満足感すら覚えた。
由利が驚くほど積極的なのは意外だけどね……。




