地球滅亡予定日まで 残り4日
今朝のラジオ体操を終えると柏瀬さんに声をかけられた。
「空木さんが時間が空いたみたいだから2人共ご挨拶をしてもらえないかしら?」
確かに、ここに呼んでもらったのに未だに当主本人やその家族とは話したことすらなかった。
管理している柏瀬さんとだけやり取りしている形だった。
「はい、勿論です」
「うん」
由利はここに来てから顔色が良くなったし、会うたびに笑顔が増えた。
僕にとってこれほど嬉しいことは無かった。
階段で降りていき、地下5階の一番奥の部屋に入ると、その前向きな気持ちがどこかにか吹き飛んだのが分かった……。
「やぁ、君たちが柏瀬クンが言っていた新しい子たちか。
なるほど、中々の上玉だ。どうだねここでの生活は?」
白のターバンに金のネックレス、真鍮の指輪、赤のマント――
空木さんは良く言えばアラビアンナイトから出てきたような 、悪く言えば趣味が悪い、そんな恰好をしていた。
何だか舐めまわすように僕たちのことを見ていて正直なところ良い気持ちはしない……。
「一昨日からお世話になっています。伊崎裕司です。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「気にしないでくれ。ちょっと私も数日取り込んでいたからね」
空木さんはニヤリと笑う。何となく“取り込んでいた内容“というのが聞きたくないことのように思えた。
「私は阿坂由利です。よろしくお願いします。暖かい上にご飯も食べられて食料も生産している――夢みたいな施設の数々で感動しています」
あの空木さんを見ても由利はまだ目を輝かせている。
どちらかというとカンが鋭い方だと思うのだが、まだ僕が感じているような“悪い予感“みたいなものは無いようだ。
恐らくは両親から虐待を受けて心が疲れ切ってしまっているために僕と危機感が共有できていないのだろう。
僕がしっかりしないといけない。由利を守ることができるのは僕だけなんだから……。
「ハッハッハッ! そうだろう! そうだろう! こういったとんでもない事態が発生することに備えて日夜リスクを取って頑張り続け、稼ぎ続けてきたのだ
これまでは“奇人”だの“異端児”と言われてきたが、ようやく私の価値観に時代が追い付いたという事だ!」
「どうしてこのような建物を建てようと思ったんですか?」
「世の中、何が起こるか分からないじゃないか
それに――これだけ敷地が広く、地下まであれば秘密で色々とできるしね」
秘密――やはり何か良からぬことをやっているのではないか? そう思えてならなかった。
「ともかくここに滞在している間は時間はきっちりと守ってもらうし、
“呼び出し”があったら必ず来るように――そうだ、阿坂さん。早速明日頼むよ」
「はい、分かりました」
一体何をやらされるかも分からないのに由利は笑顔で答えた。
「逆にそれ以外の時間は何をやってもらっても構わないからね」
「色々と厚遇していただいて。本当にありがとうございます」
空木さんは舌なめずりをしている。僕は悪寒が走った……。
表面上はお礼を言って部屋を出たが、やはり何か解せないし、信頼できない。
そして服の中に虫が這っているような気持ち悪さが体中を走り回っている。
「あー、空木さんがちょっと変わっているけど良い人そうで良かった~」
部屋を出た時に由利は真っ先にそんなことを言った。
先ほど思った“悪い予感“が当たった。
「僕はあのオジサン。結構怪しいと思うけどな。
由利も聞いただろ? “奉仕活動“だなんて一体どんな内容何だか分かったもんじゃない」
「……確かにそう言う要素もゼロじゃなかったね。
でも、暖かい家で、美味しいご飯を食べられるんだからそれで十分だと思うな。
寒空の下公園で暮らすことになりそうだったんだから」
由利はニコッと笑った。それだけ生家で最後に苦しい思いをしたのだろう。
僕はまたしてもどうしたら良いのか分からなかった……。
◇
僕は就寝時間になって自分の部屋をこっそりと抜け出した。
空木さんに対するモヤモヤが全く拭えなかったので、
僕なりに調査をし、納得する結論を出そうと思ったのだ。
ただし、問題があった。
先ほど空木さんの下に行った際には柏瀬さんのIDを使って地下最深部に入っていったのだ。
当然僕にはそんなIDは無いために、地下最深部以外から情報を収集しなくてはいけない。
ただ、どうやって入ればいいかまでは分からない。
でも、行動しなければ何も変わらないのではないかと思った。
「……取り敢えず、明日までの間に何か手掛かりを手にしないとな」
そう呟きながらフラフラと歩く。すると、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてくる。
いったい誰なんだろう? と思いながら誘われるようにそちらの方に向かう――すると、僕達より2歳ぐらい年下の女の子が泣いていた。
「どうしてこんなところで泣いているの? 大丈夫?」
思わず声をかけてしまった。
「もう、私耐えられない! 奉仕活動するぐらいなら、もうここを出ていって餓死した方がマシ!」
突然そんなことを言いながら飛びついてきた。
「わわっ! 一体どんなことが奉仕活動であったの? 僕はここに来たばかりで何があるのか全く分からないんだけど……」
「思い出したくもないし、特に新しく来た子には口外しないように言われているけど……。もうここを抜け出すつもりだから言うよ」
「う、うん……」
かなり勿体ぶっている上に、言う事すら許されないだなんて、一体どんな言葉が飛び出すんだろう――喉がゴクリと鳴った。
「実をいうと、奉仕活動って言うのは性的なモノなの……。私の場合はお尻を――ゴボッ!」
その子は手で口を抑えて吐き出しそうになったので、僕は背中をさすってあげた。
しばらくすると落ち着いてきたのか体を起こした。
「そ、そんなに過酷だったんだ……」
確かに、血だまりのようなのがその子の足の方からあった。
逆に僕の頭からは血の気が引いていくのを感じた。
「うん。でもそれをしないとここにいることが出来ないの。若い子ばかりを集めているのもきっとそのためなんだよ。
朝や夜に体操やランニングをさせているのも盗撮をするためだって古株の子が言ってたね。
とんでもないヘンタイだよ……」
「君はここを出ていくという話をしていたけど、行く宛はあるの?」
「無いけど……もう隕石が衝突する目前だし、もう良いのかなって……。
ここで生きていても身体が壊れちゃうだけだし、まともに動けるようになったらここを出ようかなって」
「なるほど……」
この子も隕石の衝突予定日を起因として家庭が壊れてしまって行く宛が無かったのかもしれない。
絶望的な状況から脱したくて藁をもすがる思いでここに希望を抱いて来たのだろう。
でも希望の先に待ち受けていたのは新しい絶望だったんだ……。
「教えてくれてありがとう。部屋まで送ろうか?」
「ううん。いいよ。男子が女子塔に侵入したら怒られちゃうよ」
「そうだね。お大事に……」
「君も気を付けた方が良いよ。そして、残りの人生どう過ごすのか決断した方が良いよ。
飢えや寒さ、隕石が衝突して死ぬことを選ぶか、ここの施設で生き残るけど尊厳を失う事を選ぶか……」
這うようにしながらその子は去っていった。
恐ろしいことを聞いてしまった。
やっぱりこれまでの違和感は間違っていなかったんだ……。
最悪僕はどうなってもいい。
でも、由利だけは何としても守りたかった。
あの這うように部屋に戻るような姿が由利になってしまう事だけは避けなくてはいけない……。




