地球滅亡予定日まで 残り5日
今朝は起きた時、一体ここはどこだ? と当惑したものだった。何回か瞬きをしていると、柏瀬さんと言う女性に「夢のような楽園」に連れてこられたことを思い出した。
ベッドの寝心地も良かったためにすぐに寝てしまった。だからこそ、部屋の印象すらままならなかったのもあるのかもしれない。
男子塔と女子塔に別れているために由利とは違ったところで寝ることになった。
ここ数日、感じ続けてきた由利のぬくもりは、この寝心地と引き換えにしても代えがたいものがあった……。
マズイマズイ……完全に由利に依存してしまっている……。
暖かい屋内で寝ることができるだけでありがたいというのに……。
◇
ここでは、規則的な生活が求められているようで、朝はご飯前からラジオ体操、夕方の風呂前にはランニングが強制参加となっている。
皆が集まれるぐらい広いグラウンドがあるだけで凄いことだが、最近の疲れが溜まっていることもあってラジオ体操と言えど辛かった……。
ジャージに着替えてゾンビのような足取りでグラウンドに向かう。
ついこの間まで恋しかった気がした“学校生活”が突如として戻ってきたような気分にさえなった。
現金なモノでこうした強制参加の生活が戻ってきたら戻ってきたで不満を言うのだから人間と言うのは本当に救えない……。
さっきも思ったが本来であれば雨風が凌げるだけで大変ありがたいはずなのに……。
「あれ? 君は見ない顔だね。最近来たの?」
グラウンドに行って女子の方のどのあたりに由利がいるのかな~? とか思って見ていたら声をかけられた。
「うん。昨日から、柏瀬さんに北公園で誘われたんだ。友達も一緒にね」
彼女と一緒に来たなんて言ったらいきなり顰蹙を買うかもしれないから、“友達”とさせてもらった。
由利に聞かれたらブチ切れられるか皮肉を言われるかのどちらかだが、幸い由利とは距離が離れているため大丈夫だろう……。
「あの人は”スカウト”として色々と活躍しているみたいだね。俺は北村渉っていうんだ。よろしく」
「僕は伊崎裕司。一昨日このあたりで大火事があったんだけど、その際に家が全焼したところを柏瀬さんが声をかけてくれたんだ」
「お気の毒に……。ここには雨水を飲み水やお風呂の水に換える施設があって、そこでスプリンクラーが外で作動して無傷だったみたい。
でも柏瀬さんに声をかけられたのは不幸中の幸いだよ。
ここの子たちは外界からは完全に守られていて安心して暮らしていけるからね」
「本当に何でも揃っているんだね。昨日ここに来た時に地下の施設を見せてもらったけど驚いたよ。人工肉製造工場まであるんだもん」
「凄いよね。でも、その代わり“奉仕活動”が過酷だけどね……」
「奉仕活動?」
「あ……新人の君はまだ知らないか。でも、知らないうちが華だろうね……」
「えっ、そんなに壮絶な“奉仕活動“とやらなんだ……」
「“順番“が来たら嫌でも分かるだろうから……。俺の口からはとても言えないね……。
今の瞬間を愉しむことだね……」
“奉仕活動”とやらを話し始めてから北村君の眼から光が失われた。そんなに過酷な労働が待ち受けているのだろうか……?
こんなに素晴らしい待遇の邸宅なのだから大抵の労働は耐えることができると思うんだけど。
「ではラジオ体操を始めます!」
柏瀬さんがそう言うと体操が始まった。昨日は何だかボロボロなセーターを着ていた印象だったが、今日は質の良さそうなジャージを着ていた。
小学生の夏休みに強制参加させられた以来の「ラジオ体操第一」だった。
ゾンビのような緩慢な動きでやり遂げると、由利が見えるところにいて手を振っていた。
他人が見ている中、あんまりやりたくないが僕も小さく手を振った。
その後も別の体操をして、頭が澄み渡ってくると先ほどの「奉仕活動」について非常に気になってきた。
「柏瀬さん。おはようございます。今日は良いジャージを着ているんですね」
柏瀬さんはジャージと言えど高級ブランドであることが分かるほど品質が一人だけ違う。
僕たちとは”ランク”が違うという事は一目見て分かるほどだ。
「あぁ……あまりに良い身なりだと外では泥棒や襲撃をされるからね。
極力周りの人たちと変わらない格好をしていたのよ」
とはいえ、昨日の服装も結構質が高そうに見えたけどな……。
「なるほど……今、治安が深刻な状況ですからね。
ところで、聞きたいことが一つあるんですけど、良いですか?」
「ええ、何でもいいわよ」
「さっき北村君から聞いたんですけど、“奉仕活動”って一体何ですか?
凄い過酷だって話を聞いたんですけど、そんなに過酷なボランティア活動でもあるんですか?」
そこで柏瀬さんから表情が一瞬消えた。そして、その後笑顔が戻る。
「……そうね。どちらかと言うと、肉体的と言うより精神的ダメージの方が大きいかな? 奉仕活動の日程についてはおいおい伝えるから。それじゃ、私は忙しいからこれで」
そう言ってそそくさと柏瀬さんは足早に立ち去ってしまった。
何だか解せない気持ちが残ったので、取り敢えず由利とまた話したくなった。
「おはよう、由利。昨日はよく眠れた?」
「おはよ。うん、久しぶりにぐっすりね」
「ねぇ~! その人、由利の彼氏~!?」
由利に他の同じぐらいの年齢の女子が数人、声をかけて来て囲まれる。
持ち前の明るさからかもう友達が何人もできたようだ。
「うん。そうだけど。幼馴染で幼稚園に入る前からずっと一緒なんだ。
両想いになって付き合い始めたのは最近だけどね」
由利は僕と違ってあっさりと認めた上に僕の腕に絡みついてきた。
良いのかよ……。
「へぇ~。ずっと一緒にいて恋人同士になるだなんて理想的じゃん!
顔も良いし、好青年って感じ!」
髪の毛に赤いリボンを付けた子がそんなことを言った。
値踏みされるのは正直言ってあんまりいい気分はしない……。
「でも、彼氏がいるとここじゃキツイかもしれないね……」
「あ、そうかも……」
またしても意味深なことを今度は黄色いブレスレッドをした子がそう言った。
「え? どいうこと?」
「ああ、ううん、何でもない。取り敢えずは隕石から逃れることができるかもしれないんだし。喜ばないとね!」
「そうそう! 幸せは噛み締めないとね!」
そう言って彼女たちは立ち去っていった。
またしても、解せない雰囲気になったのが本当に気になった。
「なぁ、由利。ちょっと気になる話があるんだけどさ――」
皆が“奉仕活動”の話をすると柏瀬さんや北村君が顔を曇らせることについて話した。
「ま、あんまり気にしなくて良いんじゃない?
裕司、最近不幸なことばかりが起き過ぎて細かいことに気にし過ぎなんだよ」
と、由利はあっけらかんに言ってきた。
「でも、ここにいる誰もがやらなくてはいけないことみたいなんだ。
近い将来、他人事ではなくなると思うんだよ。
さっきだって“彼氏がいるとキツイかも……”とか意味深なこと言ってたじゃないか。
「細かいことばっかり気にしてるとハゲるよ? そう言えば、てっぺんの方最近薄くなってきてない?」
「え! ハゲてないはずさ! 多分……」
鏡でも頭頂部は見えないからどうなっているのか推移が分かりにくいんだよ……。
「アハハ! 冗談だって! 真に受けすぎッ!」
由利がそう言うのならそうなのかもしれない。
僕の考え過ぎなのかも……。
こんな風に由利の笑顔が戻ることが一番だからな。多少統制はされているとはいえ、こんな風に由利が笑って暮らせる幸せな生活が続けばいいけど……。




