地球滅亡予定日まで 残り7日
その夜は水を汲みに往復した疲労からか日没とほぼ同時に眠ってしまった。
そのために最初にパチパチとした音が鳴ったのを聞いた時、まだ夢の中にいるのかと思った。
しかし、どうにも何かが焼けているような焦げ臭い空気になっている――一体どうしたんだと思って窓に向かうと町の辺り一帯が赤く染まっている。町全体が悲鳴を上げているようにも見えた。
そして窓を開けて外を確認すると、既に火の手がこの家にも移っていた!
起きている事態がようやく現実だと分かってきたと同時に頭の中で警笛が鳴り響いた!
「由利! 起きて! 隣の家が火事になっている! 貴重品だけ持って出てくれ!」
由利の身体を揺すりながらそう叫ぶとハッ! としたような表情で飛び起きる。
「そ、そんな火事だなんて!」
「良いからこっちに!」
一目散に消火器を取りに台所まで降り行く――しかし、想像以上に火の手が早く、既に僕の家にも火は移っていた。
外は辺り一面火の海で消火器一つや昨日貯めた水をぶちまける程度では焼け石に水状態だ。
恐らくは水道が各地で使えなくなっているために消化することが出来ず、延々と燃え広がっているのだろう。
「ゴホッ! ゴホッ! ここはもうダメみたいだ……。逃げよう!」
「でも……あたしたちの思い出が!」
由利はこの家に何度も遊びに来たことがある。由利は僕の母さんと仲が良く一緒に裁縫を作ったりもしていた。父さんは由利と僕が結婚してくれたらどんなに嬉しいだろうと言ってくれていた――それらが走馬灯のように一気に蘇ったが、頭をブンッと振って振り払った。
「そんなことはどうでもいい! 今は命の方が大事だ! 折角残って生きようと決めたんだから! 缶詰とか今後必要な物だけ持てるだけ持って逃げよう!」
避難訓練では命を守るためになるべく物を持って行ってはいけないと言われていたが、
今の僕たちは物資の調達が非常に困難な状況に追い込まれているため、
残り僅かな日数でも生き延びるためには食料だけはどうしても必要だった。
買い物袋に火で熱くなりつつある缶詰を流し込むように詰め込むと、右手で由利の手を握り締めると一目散に外に走り出した。
「はぁ……! はぁ……!」
外に出ると焦げ臭いものの空気が妙に美味しかった。
室内は一酸化炭素中毒が充満し、中毒になる寸前だったのだろう。
あと一歩遅れていれば危なかったかもしれないと思うと、ゾッとした……。
由利はどうやら多少煤けてはいるものの大丈夫そうだった。僕もかすり傷が少しあるだけで無事だ。最悪の事態は免れたのだ……。
「裕司……大丈夫?」
由利が僕の顔を覗き込んでくる。
そこで僕は泣いていることに初めて気が付いた。
「だ、大丈夫だよ」
大丈夫なはずはない。僕のこれまでの17年間の思い出、家族との絆――それらお金で替えられないがモノが、火に包まれ灰になっていく……。
燃えていく音は僕が心の底であげている断末魔のようにすら思えた……。
「ゴメン……。あたしなんかを選んだばっかりに……。
裕司が火星行きを選んでいたなら火事には遭わなかったんだ……。
もっと強くいくのを勧めて、ここにとどまることを諦めさせないといけなかったんだ……!」
由利がそう言って泣き出したのを見て僕はハッと我に返った。
「何言ってんだよ。僕は由利が何よりも大事だったんだ。
政府の人が迎えに来た日も断水になった昨日も言ったけど、由利のいない人生なんて僅かな期間ですら不毛な灰色の景色しか無かったんだ。
仮に生き延びたとしても絶望と悲しみしかないからすぐに死んじゃうよ」
「でも……何だか、あたしが引き留めたばかりに裕司が不幸な目にばかり遭っているような気がしてもういたたまれないの!」
「そんなのは結果論でしかないよ。僕はその時の最善の選択をしたんだ。
全く悔いはないさ。それより、由利がそんなに落ち込んでいる姿を見る方が辛いよ。
この家が燃え尽きて失ったものは”想い出”だよ。だから、これから2人で紡いでいけばいい。
だから、もう火星に行くのを辞退したことは忘れて欲しいんだ」
「分かった……ゴメン……。2人でこれから頑張っていこうね……」
由利は僕の腕の中に飛び込んでくる。目の前の火の熱さとは対照的に酷く冷たかった……。
「君たち! ここは危ないから避難しなさい!」
声の方向を振り向いたら、消防隊の人だった。どうやら消防車では来られなかったためか、歩きできたようだった。
「鎮火は難しそうなんですか?」
「残念だけどここまで燃え広がってしまうと、もはや人の手で鎮火することは難しい。
自然に収まるのを待つしか無いね。
ただ、冬は乾燥していて風も強いから中々自然鎮火も難しいと思うけど……」
「はい……分かりました」
僕は全てが燃え尽きるまで家の最期を見届けようと思っていたが、周りから火が迫っているため無理そうだった。
小さくサヨウナラと最期の別れの挨拶を心の中でした。
昨日、未来を見ていくと決意したばかりだったが、いよいよ過去の全てを失ったのだ。
「こんな想いをするなら、想い出とともに燃え尽きた方が良かったのかな? 小さい頃よく遊んだあの家で……」
「由利だって家を出て更には家族を失ったんだ。僕も同じ状況になっただけだよ……」
「そうと言えばそうなのかもしれないけど……。
そ、そうだ! どうせなら私の家に来ない? もうお父さんもお母さんもいないわけなんだし……。
裕司が割った窓から入れば……」
「……ダメもとで行ってみるか」
しかし現実は過酷だった。ヨロヨロと昼過ぎまでかかってようやく由利の家の近くまで到着したが――。
「君たち、ここから先はまだ火の手がある。通行禁止だよ」
大規模火災は由利の家まで及んでいた……。
由利の家の残骸と思わしきものが視界に入ったとき、由利は泣き崩れた。
文字通り僕たちはルーツの全てを失ったと言ってよかった。
高校を卒業したら家を出て自活をして独り暮らしを始めようと思っていたけど、こんな形で家を出ることになるなんて……。
◇
北公園が避難所となっているらしく、僕は力がある方ではないが、由利を背負って休み休み向かうことにした。
正直言ってかなりドキドキするのだが、由利の身体のためだから仕方ないよね……?
も、もう”それより先”も行っちゃったわけなんだし……。
「私たち、いよいよ何もかも失っちゃったね……。でも良いのかな。どうせここで生き残っても数日後には地球が滅んじゃうんだから……。それよりも先に心中しない? あらゆる苦しみから解放されるよ?」
由利の目は虚ろになり、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまっているに違いない。
それだけ深い絶望を受けてしまったのだろう……。
「これは答えの無い話だとは思うけど、僕はそうは思わないけどね。
最後まで必死に生きた末に何か掴み取れるものがあると思う。
仮にあの世や輪廻転生があるのだとしたら、やっぱり“死ぬ直前の魂“で決まるだろうからね。
母さんも似たような考えだったし……」
「そういう風に考えたことは無かったな……。死んだ後のことなんてどうなるかは分からないから……。
でも、何となくそう思いたいよね。
現世で悪逆非道の限りを尽くした人が来世でも幸せに暮らしていたら嫌だもん」
「現世で最後まで権力に守られ続けて“逃げ切る”奴もいるからな……」
「世の中って不条理で世知辛いよね……。あの世があるのならせめて頑張った人が報われて、悪い人が罰せられる世界であって欲しいよ」
「それこそ全て燃え尽きて欲しいよね」
「ふふ、全部リセットしていて欲しいよね」
「でもある意味、「死」は人生の過程はどうあれどんな人にも平等に訪れるから残酷と言えば残酷だけど、
救いと言えば救いかもしれないよね……」
「そうだね。でも、あたしはどっちかって言うと大好きな裕司と死ぬ前に一緒にいたいからある意味とっても幸せ化も……」
「そ、そう……」
「ありがと。なんだか元気が出てきたよ」
由利が背中にいてくれてよかった。僕の顔はずっと真っ赤だっただろうから……。
そしてようやく北公園に到着した。明朝に火災があったのにもう真っ暗になっていた。移動だけで1日が終わってしまった……。
辺りには逃げてきた人たちで溢れていてた。
まだ配給などを配れるだけの余力があるらしい。僕たちもその列に並ぶことにした。
「思い出と言えばここでも結構遊んだよね。ここが最期の地でも良いんじゃないか?」
「そうだね。自然豊かなところが最期でも悪くないのかも」
「ところで、由利寒くないか? 結構冷えると思うけど」
「ううん大丈夫。裕司といれば少なくとも心は暖かいよ」
「嬉しいこと言ってくれるな。由利がパートナーで本当に良かったよ。
もしかしたら生まれた時からこの日は決まっていたのかもな」
「ふふ、そうなのかもね。でも、裕司。本当にありがとう……。
残り時間は短いかもしれないけど、最期までよろしくね。この世界の行く末を最後まで味わいたくなったよ。
魂ぐらいは清らかでないとね……」
由利は涙を右手で拭い取ると笑顔を向けてくれた。
僕は由利を抱き寄せた。その身体は細いが暖かく、確かにそこに存在した。
良いんだこれで。僕はこの瞬間のために、宇宙に行くことも諦め、襲ってくる由利の親も殺した。そしてその因果応報かのように家まで燃え尽きた――文字通り全てを棄てて無くなったんだ。
でも全てを尽くして本当に大事な由利を守ることが出来たんだから。本懐を果たせたと言えるのだろう……。




