地球滅亡予定日まで 残り8日
昨日、火星に行かないことを決めて新たな人生の出発を由利と始めるぞ! と思ったわけなのだが――運命の女神は早速と言っていいほどの試練を与えてくれた。
――トイレの水が流れなくなったのだ。
「あれっ……どうしたのかな?」
由利が朝からトイレで格闘していたのを見て
最初はトイレそのものが壊れたのかと思ったのだが、すぐにそれは否定された。
洗面所からもお風呂からも水も出なかったからだ。
水そのものの供給がどこかで寸断されてしまったのだろう……。
「……道路がボコボコになっている状況や電気がつかなくなったことを考えるとむしろ今まで使えていたことが不思議なぐらいだったよね。これからどうしようか?」
由利は困惑した表情で見上げて来る。正直言って、これは今までにないほどの死活問題だ。
父さんや母さんや学校がなくなって精神的支柱を失った。
電気が通っていないことは、
日課になっていたスマートフォンによる情報収集は出来なくなったし、
夜は残った懐中電灯の光を貴重に使うしかない生活は非常に不便だ。
しかし水が流れなくなり“異臭とお友達”と言う状況は正直言って精神にも堪える。
これまではプラスの力が無くなっていただけだったが、今度はマイナスになったのだ。
缶詰を先日宮前さんから供給してもらったとは言え、人間の体は水分が6割を占めていることを考えると水が無いことは死活問題と言っても過言ではない。
「……裕司はやっぱり宇宙に行った方が良かったんじゃない? 宇宙船は水や食料は人数分あるだろうし、こんな目に遭うことはなかったよ……」
由利は目を潤ませながらちょっと嗚咽気味でそんなことを言ってきた。
「何、覚悟の上だよ。後たった8日になったんだから何とかして見せるさ。終わってしまったこと振り返っても仕方ないと思う。由利が寂しいと思うだろうから残ったんだし、その選択に後悔なんてないよ」
昨日、由利といればどんな困難だって乗り越えられると心に誓ったばかりだった。こんなことでへこたれている場合ではなかった。
「あ、ありがと……」
由利が顔を赤くして俯いた。何かヘンな雰囲気になりそうなので現実に戻らないと……。
「それにしても、取り敢えずトイレの臭いを何とかしたいね……。水については川から汲んでくるしかないよ」
「やっぱりそうなるよね……。あたし、お母さん聞いたことがあるんだけど重曹で取り敢えず臭いはどうにかなるみたいだよ。粗い布で覆っておくだけで何とかなるんだって」
”お母さん”という用語が出た瞬間また由利が泣きそうな顔になったのは本当に痛々しかった……。
「そうなんだ。由利は物知りだな。まだ重曹はあったはずだから当面の間はそれで臭いをしのごうか」
「水についてはどうしようか?」
「ここから3キロほど離れたところに川があったよね? そこで水を汲むしかないよ」
「それしかないよね……」
そう話している間にも喉が渇いてきた。
蛇口をひねれば水が出てくる昨日までがとても恋しく思えた……。
当たり前だけど水は重いのだ。1回あたり15キロ~20キロぐらいが僕の持てる限界だ。
それでいておきながらトイレまで考えると1日に使う総量を考えると非常に少ない。
僕なんかは野外でトイレをすることにあまり躊躇はないが、由利のような女の子はそうではないだろう。
ここは何とかしなくてはいけない。
「あ、あたしも行くよ」
「え、由利は体がまだ戻っていないみたいなんだから待ってろよ」
「1人にしないで……お願い……怖いの……」
由利の訴えるような眼差しの前に僕は無力だ。
「分かったよ。ただ、無理だけはするなよ」
「うん」
由利の歩幅に合わせるとゆっくりになるが、一緒に時間を歩んでいるような気はした。
外は危険だから由利は何もしなくて良いからそばにいてくれと伝えるとギュッと僕の腕を握ってきた……。
そのようにして、僕たちは川到着すると水を求めて各地から人がやってきているようでかなり賑わっていた。
地域全体――いやもはや日本や世界全体で水の獲得競争となっているのだろう。
「ふぅ……やっと水が手に入ったねぇ~。何か生き返る~」
由利は、持ってきたペットボトルを使って何回も美味しそうに水を飲んでいた。水のCMに出られそうな雰囲気だ。
本当は煮沸消毒とかもしなくちゃいけないんだろうけどね。半日ぶりの水なのだから、そんなことを言っていられる場合ではないのだ。
普通に生活をしていれば1日なんと200リットル以上も使うそうだ。風呂は我慢するとしても、飲み水とトイレを流す水を考えるだけでも3往復ぐらい必要だ。
もう自宅と川を往復するだけで1日が終わりそうだ……。
「そうだよ。洗濯もしなくっちゃね。次の往復の時は洗濯物も持って来なきゃ」
川で洗濯をしている人を見て由利はそう呟いた。電気や水道に生活が支えられていたところが非常に大きかったということを痛感させられた……。
2回目に川に到着し、由利が洗濯をするのを手伝っていたら10メートルぐらい先で口論になっていた。
洗濯物を乾かしていた人が盗んだ。盗んでいないの大論争になっていた。
晴れているから干していたのだろうけど、
この状況下になってしまえば秩序もあったものじゃないのだから強盗や強姦や殺人といった凶悪犯罪が起きても
不思議ではないだろう……。
体が万全には程遠そうな由利を守れるのは僕だけなんだ。
「今日は重い方をずっと持たせてゴメンね……」
由利はタオルを持って僕の汗を拭いてくれたり、洗濯物が乾くまでの間、川のほとりでマッサージをしてくれたりした。
マッサージは握力が無くなってしまったのかあまり効果はなかったけど気持ちだけでも嬉しかったし、
それだけで体が軽くなったような気がした。
「案外、隕石が衝突するまであと何日とか数えて怯えているよりかは、
こうやって水を汲みに行くことに集中することで恐怖から逃れることができるかもしれないな……」
「でも疲れて倒れている時間も勿体ない気がするよ……。
それなら昔話でもした方が和むかな……」
「確かにね……火星に行くの断ったこと本当に後悔してない? こんな目に合わずに済んだんだからさ……」
由利はとにかくこれについて拘っていた。自分が足手纏いになっているのではないか? 負担になっているのではないか? 宇宙に行った方が解放されたのではないか? そのことで頭がいっぱいなのだろう。
「馬鹿言うなよ。僕はむしろ由利を助けることが出来て嬉しいぐらいだ。
ただでさえ女の子1人だと力仕事も大変だろ? 今の由利の状態じゃ水を運ぶのだって一苦労だよ」
僕も誇れるほど腕力があるわけでは無いが、それでも今の栄養不足の由利よりかは体力はあると言って良いだろう。
由利のためなら僕に本来は無かった力も湧き上がってくるような気もした。
「ありがとう……。そう言ってもらえると凄い気が楽になるよ……」
「過去は変えられないんだから、未来を見ていかないとね」
「未来もあと1週間ちょっとしかないけどね……」
「その1週間だとしても生きていることを実感して、噛みしめておこうよ」
「うん……死んでも忘れないように頑張るよ……」
とにかく由利を最期の瞬間まで守り通すんだ……。それが僕の生きている意味であり価値なんだ……。
日没まで川に汲み上げに行きながらそんなことを思った。




