地球滅亡予定日まで 残り14日
スマフォで時間を確認するとすでに日を跨いでいた。
残り14日――つまり残りの期間は2週間となったわけだ。
しかし、星が綺麗だ。もしかすると人間の活動がままならなくなり空気そのものが綺麗になってきているのかもしれない。
それはそれで皮肉な話なんだけど……。
夜空を見てボーっとしているとツンツンと肩に由利が触れてきた。
「あたしのことを助けに来てくれて嬉しかった……。もうダメなのかと思っちゃってたから……」
「一体何があったのさ? メールを何通も送っても反応なし、由利のお母さんに手紙を渡しても こんなに連絡を取るのすら手間取るだなんて夢にも思わなかったんだけど……」
由利は目を伏せしばらく答えにくそうにしていた……。僕は少し待つと……。
「実はあたし、ここ最近両親に虐待されていたの……」
「……!」
もうここまでくればそれしかないのだろうけども、いざ由利の口から聞かされると衝撃は大きかった。
「前々からお父さんがお母さんに対して虐待をしてて、隕石を理由に会社が即日出社できなくなってからは、あたしも被害者の一人に追加されちゃった感じ……。更にはお母さんも一緒になってあたしのことを……」
由利はポロポロと涙をこぼし始める。僕の胸までギュッと掴まれた気分になった。
「そうだったのか……どうりでメールをしても由利のお母さんに手紙を渡しても反応が無いわけだ……」
「お母さんは“若くて将来のあるアンタのことが憎くて憎くて仕方なかった”って言われた時はもうこの世の終わりかと思ったよ」
「それは辛いね」
由利のお母さんは自分が被害者になりたくないばかりに自分も加害者側に回ることにしたのだろう。いつも被害を受けるのは立場が一番弱い存在だ……。
「でも、毒親とか思ってないよ。ただ単に歯車が隕石衝突するかも? っていう話でショックを受けてたまたま嚙み合わなくなっただけだと思うんだ」
「僕の両親もそうだと思うね。ボタンが掛け違っていたのを気づけなかっただけなんだと思う。実は僕の家では母さんが父さんを殺して、母さんは自分で自分を通報したんだ。だから今は一人暮らしさ」
「そ、そんなことが……」
「どこの家庭でも『地球が滅ぶ』と思ったためかこれから後のことを考えなくて良くなっちゃったんだろうね。これまでの人間関係を「清算」若しくは「ストレスをぶちまける」方向に行こうとしているのかもしれないね」
「あんまりだね……」
昨今、子供が巣立ってから熟年離婚が増えてきたように、
「仮面家族」は地球そのものが終わるとなれば、もはや仮面を被る必要が全世帯的に無くなりつつあるのだろう。
キュルルル~! と何かスリップしながら急ブレーキがかかって止まったのが分かった。
どうやら、夜のために色は分からないがワゴン車のようだ。そこから2人が降りて来る。こんな時間に一体どうしたのだろう……。
ふと横を見ると由利が青ざめている。
「お父さん……」
その言葉で何が起きているのか悟った。
僕は愕然としている由利の手を取って無理やり走らせた! 自転車を拾うと再び由利を自転車に括りつけてガタン! と鈍い音を立てながら急発進した!
チリ―ッという自転車のタイヤが回る音が妙にうるさく感じる。
後ろを振り返ると、ワゴン車を降りた2人もすぐさま乗り直し、僕たちの方に向かってくる!
やっぱり追ってきているんだ! 振り返った時に一瞬見えた由利の表情は怯えきっており、僕の服をギュッと握っている。
何とか僕の命に代えてでも守ってやりたいと思った。
最初のスタートこそ、僕たちが早かったが、当たり前だが自動車に勝てるわけがない。
ここは、僕たちにとっても危険な道だが、どうにかしてでも振り切らなくてはいけない!
「由利、ちょっと危ない道だけど車を振り切るためにちょっと無茶するけど良いかな?」
由利に囁くように言うと由利は唇を震わせながらも小さくうなずいた。
僕は敢えて道が荒れており険しい道を選んだ。
自転車もパンクするリスクがあるし、途中からは自転車を担いで徒歩になるが、それは車であっても同じと言える。
むしろ、自動車は担いで持ち歩けない分、こちらの方に分があるのだ。
由利は僕の背中に指の跡が残るんじゃないかと思うぐらい必死にしがみ付いている。
それぐらい彼女は離れたくないのだろう
僕の思った通り、目の前には前回由利の家に来た時に遭遇した倒れた電柱に遭遇した。
電柱の倒れた場所以外にも地面はヒビが入っており持って上がるしかない。
その電柱は前回見た時には自転車を担いで上がらないといけないことを恨んだものだが、今日ばかりは救世主だ。
「由利、部屋からやっと出れたところ悪いけど。自転車から降りてくれないか。道が酷くてね」
「うん」
由利は頷くと自転車を降りて自転車を一緒に持った。
「せーのっ!」
僕達は自転車を持ち上げて何十メートルか歩いた。ヨロヨロと歩いていて心配になったが、由利まで持ち上げるほどの力はない……。
数秒後には由利の両親たちも追いついて止まったものの、足を止めていた。
流石に立ち往生しているようだった。
「さぁ、今度はこっちが足が速いぞ!」
疲れはあったのだが、うまく巻けたという達成感の方が遥かに上回った。
◇
しかし――自宅が見えてきたと思いきや由利の両親が自宅周辺を歩いているのが見えた。
「くっ……待ち構えていたか……」
どうにかして車でここに来るルートを見つけ出したらしい。そうまでして由利を連れ戻したいのか? とんでもない執念だ。
よくよく考えてみれば僕たちの行き先は“僕の家“と目に見えていた。
親戚は九州地方だし、この家以外に行きようが無いのは家族ぐるみの付き合いが災いしたと言える……。
「どうするの……?」
由利が不安そうな顔をしている。僕は唇を噛み締めた。
「こうなったら、やるしかないよ。あの家に帰りたくないだろ?」
「うん……お父さんとお母さんにもう殴られたくない……」
「向こうだって物資が無いことは同じなんだ。振り回してガソリンを尽きさせれば追ってこなくなる。後は僕の家に籠城だ」
もっとも、籠城できるだけの物資がほとんど残っていないわけなんだけどね……。
「そうだね。あたしも帰りたくは無いから……」
由利の思いつめた表情をしている。ここまできたらまた虐待生活に逆戻りするぐらいなら僕と心中や餓死をしても厭わないと思っているのかもしれない……。
「取り敢えずは、何回かさっきみたいに撒いてこの家に戻ることを繰り返すことでガソリンを切らせよう。由利の家だってそんなに物資が潤沢ってわけじゃないだろ?」
「そうだね。来る途中のガソリンスタンドも全部閉まってたしね……」
どこの店も売るものが無くなってきているのだろう。
仮にあったとしても下手に店を開ければ荒らされてしまうために「自主的休業」の作戦を取っており、気が付けば自動的に地域社会全体が“ロックダウン”状態になっているのだ。
「これから僕についてきても過酷なことしか待っていないと思う。それでもいいかい?」
「……裕司を信じてるから。全部任せるよ」
由利は心底疲れ切っているようだった。僕が守らなくてはあっという間に砕け散ってしまうことだろう……。
僕はチリン! チリン! と敢えて挑発的にベルを鳴らしその後は発進した。
狙い通り僕たちを追ってくる。
道路には今様々なモノが散らばっていたり、ヒビが入ったりしている状況なので、
お互いに道は決まっていた。徐々に登りに入り大きな木のある公園が見えてきた。
ここら辺はよく子供の頃によく木登りをしに遊びに来たものだった。
“大木公園“と言われていたものだった。
僕は灯油タンクを見てあることを思いついた。通りがかりに手に取るとずっしりと重さがあった。
必死に自転車をこぎながら由利に聞くことにした。
「由利……もしかしたらご両親と最期になってしまうかもしれない。
僕が手を汚してご両親を葬るか、
僕たちが諦めて捕まるかの2択だと思うのだけど、どうする?」
「あたし……裕司と一緒にいたい。お父さんとお母さんとの思い出も大事だけど……今どうであるかが一番重要だから」
「分かった……覚悟が決まっているのなら、これを地面に一気にばら撒こう」
涙が出るほど嬉しかった。見捨てられる可能性もあったからだ。
だが、涙と歓喜に浸っている暇は一切無い。
大木公園前の最後のカーブは狭く、急になっており、何事も無くても事故が多発していたために「危険! 減速して!」との看板が立っているほどだ。
僕はそこで持っていた思いっきり灯油をぶちまけた。
それと同時に車のエンジン音が迫ってくる。由利の車だ。
僕は由利を乗せて再び少し大きくカーブを描くように走る。まるで挑発するかのように――。
一心不乱に追ってきている由利の両親の車は灯油のことは気づかずスピードを上げた。そして、カーブを曲がり切れずガードレールに向かって直進していく……ガードレールは壊れ空中に投げ出されていった。
――まるで、嘘のような、映画の中のような現実味のないシーンだった。
車が僕が撒いた灯油で真っ逆さまに落ちていったのだ……。
ボォォォォォォン!!!! という大きな音が鳴ると落ちた先の森林が燃え始めた……。
あれでは流石に無事では無いだろう……。
周りの木にもうつったのか徐々に火は大きくなり、2つの命の火が今消えていこうとするのと対象的だ。
「お父さん。お母さん……」
由利は燃え盛っていく森を悲しげながらも直視していた……。
「本当にゴメン……でも、こうでもしないと由利を守る方法が思いつかなかったんだ……僕はもう殺人鬼さ。怖いかい?」
思惑通りいったとはいえ、由利の表情を見ていると純粋に喜べなかった。
そりゃそうだろう。この半月ほどで一気に世界が崩れ去っただけで、それより前は幸せな家族だったのだから……。
「いいよ……捕まったらまた虐待されるか、もっと酷いことされちゃうかもしれなかったわけだし……」
「強いね、由利は……」
「ただ……。ちょっとの間だけでいいから抱きしめてくれない?」
「うん……もちろんだよ……」
由利は僕にしがみつくようにしながら胸の中に顔をうずめた。
ビューッという冷たい風が吹き荒れる中、由利は静かに僕の服を暖かく濡らしていったのだった……。




