地球滅亡予定日まで 残り15日
残り15日になった夕方、由利の家に向かうための準備を完了し、
“作戦実行”に必要だと思われる大きな荷物を自転車に括りつけるように載せた。
前回の道路事情を考えると、片道で3時間以上は考えなくてはいけない。
手紙を書いた後、体をしっかり休めることが出来た。
妙に体が軽い。心まで羽が生えてしまったかのようだ。
犠牲になった僕の両親や熊田君や佐藤さんを弔って隕石衝突の日まで塞ぎ込みたいという気持ちは当然あった。
でも、それ以上に何も出来ないまま死んでしまうというのも人生勿体ない気がした。
ある意味吹っ切れてしまい恐怖や絶望から切り離されてしまったのかもしれない。
やれるだけのことはやっていかないと……。
ただ、調子に乗って自転車を飛ばし過ぎたりするのも問題だ。
もはや、町の清掃が行き届いていないのか地面を慎重に見ていかないと、何かを踏みつけてタイヤがパンクしかねかねない状況にあった。
それだけ治安が悪化し、仕事も滞り、公共サービスもままならなくなってきているという事なのだろう。
今回は車が少なかったので大きな事故は無かったが、道路事情は最悪だった。
むしろ、車もあまり走れないような状況になってきているのかもしれない……。
大きなガラス片を避けたり、倒れた木を自転車を担いで乗り越えたりしなくてはいけない。
そうした困難を乗り越えてやっと思いで由利の家が見えてきた。
今回は前回を超える4時間近くかかってしまった……。もう21時近くになり、周りは真っ暗になっていた。
周りに人の気配はない――妙に星が煌めいて見えた。
僕は由利の家を前にして息を大きく深呼吸をすると今回はインターフォンに向かわず、静かに庭の方に侵入した。
僕だってこんなことは本当はしたくない。
でも、ここまで来たら手段を選んでいる場合では無いんだ。
待っているだけじゃ何も変えられそうにない時間も解決してくれそうにない以上やむを得ないのだ。
倫理も秩序も崩壊しつつある中、
警察や自衛隊すらも離反する者が出てきてほとんど機能していないのが幸いだ。
「不法侵入をする条件」と言うのが悲しいほど揃いつつあるのだ。
僕は持ってきた伸ばすことが出来る脚立を使った――が、手は空を切った。今一歩届かない! 由利の部屋は思ったよりも高いところに位置しているようだった。
しかし、それでもめげずに二階に飛びついた。
別に体育の成績が良いわけでは無いが、ここまで来たんだ。本懐を果たさずして帰れるか!
何とか2階の柵を乗り越え由利の部屋に辿り着いた。
ここで安心してはいけない。ここからが本番だ!
「由利! 開けてくれ! いないのか!?」
息を整える間もなく冷たい窓を割れんばかりの勢いで叩いた。
時間は限られている。更に言うのなら、この物音を聞きつけて由利の家族が2階に上がってくるとも限らない。
――もしかしたらこの部屋にはいないのかもしれない。――どうする? このどうしたらいいか分からない時間は果てしないほどの緊迫と焦りを感じた。
何か、向こうで物音がした。由利かもしれないし由利のお母さんかもお父さんかもしれないが、由利が目の前にいてくれていることに賭けた。
何とかガラスを割ることが出来ないだろうか? と思って焦っているとカーテンがパッと窓が開けられた。
「ゆ、裕司……!?」
僕が追い求め続けていた由利がついに目の前に!
しかし、元々細身ではあったけれども更に痩せてしまった印象を受けた。
パッと観察すると鍵の場所はグルグル巻きで何かで固定されており、向こう側から開けることが出来ないという事も分かった。
やはり僕が思っていた“由利監禁・虐待コース”に乗ってしまっていたのだろう……。
この家にいては隕石衝突までの残る日数も幸せに過ごせないに違いない。
戸惑ったが、それと同時に熊田君の最期や母さんの別れ際の僕に託すような表情が思い起こされた。
彼らは僕の幸せを願っていた。当初は手紙を届けるだけのつもりだったが、ここは勝負を仕掛けるしかない!
僕はポケットの中にあった何かに使えるかもと思って持ってきた工具を取り出した。
それでガラス窓をバンバン! と叩く。強化ガラスのためか中々割れないが徐々にヒビが入り、ついには割れた!
由利は目を丸くしながら窓から少し離れたが、僕のことを幸いにも見守ってくれていた。叫んで家族を呼ばれたりしたらもう終わりだから……。
二重窓だったために一つ目が人が通れるだけの穴をあけられてもまだもう一つある。
そんな中、“あたしも協力する!“と恐らく言った由利が椅子を持ってきて内外からの圧力で2枚目はすぐに壊れた。
「裕司ぃ!」
由利は僕に飛びつくようにして抱きついてきた……。
「僕と最後の時を過ごさないか? 物質的に満足いくだけの生活をさせてあげられるかは分からないけど……この家にいるよりは幸せな暮らしをさせてあげられると思う」
「うん……」
由利は目からポロポロと涙をこぼしながら頷いてくれた。
しかし、僕はとんでもなく歯の浮くセリフを言ってしまったのだと思って赤面した……。
「く、詳しい事情とかは後で聞くし話すよ。今はここを抜け出そう」
由利を先に脚立から降ろさせて一安心していると、由利の家から明かりが付き、ガチャリと玄関ドアが開いた!
「誰!? 何してるのっ!
しまった! 由利のお母さんの声だ!
「くそっ!」
僕は思い切って2階から飛び降りた。靴底にかなりの衝撃があったが、奇跡的に何の怪我も無い。
由利の手を取って自転車を置いた場所に向かって一目散に走りだした。
「待ちなさい泥棒! あっ! 由利っ!」
由利のお母さんが向かってくる。どうやら僕と由利が逃げ出そうとしていることが分かってしまったようだった。
あまり暴力的な手段は使いたくないが、由利のお母さんを脚立で殴り飛ばした。
「きゃぁっ!」
由利のお母さんは脚立の足の部分が当たって倒れたので、すかさず僕は自転車の荷台の荷物を棄てて由利をロープで縛り付けると一気に自転車を発進させた。
後ろを振り返ると、追ってくることも無く、少ししてから起き上がって家に戻っていくのを見てホッとした。
流石に顔見知りである由利のお母さんを傷つけようという気は無かったからな……。
「うわっ! 速いねっ!」
由利はいくらか元気になったようで、僕にしがみついてきた。
正直ドキドキし過ぎてハンドル捌きが怪しくなりそうなのが怖い……。
暗いし、ある程度のところまで来たらスピードを落とした。
しばらく漕いであの公園に到着したところで倒れ込んだ。
かなり道が荒れているからここまでは追ってこないだろうし、これで一安心だ。
「やりきった……! やれることはやったんだ! ハハハハハ!
僕が笑いだすと由利もつられて笑い出した。
解放感と達成感で満ち溢れていた。




