地球滅亡予定日まで 残り15日
3人家族の日々を思い出しては泣く、謝罪と後悔ばかりが口を出る――そんなことをして1日が終わった。
この日の午前中はぼんやりとテレビを眺めていた。
芸人が下らないトークを繰り広げており、しばらくすると専門家が隕石衝突や僕の市の逃亡した市長が逮捕された話やダメダメな政治家について論評する――。
別のチャンネルでは再放送の時代劇やいつ届くのか分からないだろうショッピング番組が元気よく流されており、
こんなのほほんとした日常の番組が「まだ出来ているのだな」とある意味感心した。
でも虚無でしかない。
ニュースに戻すとNASAが米軍と連携し核兵器を隕石に対して100発放ち、10発を直撃させた。
しかし、それによって隕石の総重量を3%削ることに成功するものの、地球直撃の軌道や破滅的な状況を一切変えることが出来なかったと言った絶望的な状況を悲壮感溢れる表情でキャスターが伝えていた。
再度、核兵器を打つ計画や破壊を重視した兵器を搭載した作戦が複数考案されているようだが、軌道を変更させる効果は薄そうだということを暗に伝えていた。
一発で何十万人もの命を失わせる核兵器ですら隕石に対しては無力なのか……。
確かに広島や長崎に原爆が放たれても生物が失われ、放射能汚染があっても、地形そのものは変わってないからな……。
悪魔的な人類の叡智の結集も自然の前には無力だという事を痛感した。
これで本当に地球が終わってしまうのだ……。毎日の行く場所も無くなり完全に日常から破滅へとフェーズが移行しているという事を痛感した……。
こんな時だからこそ笑えればいいと思ってお笑い番組にチャンネルを戻したが、先ほどよりも深い闇を感じた。
画面越しからの笑い声を聞くと自分の中にある重要な何かが完全に壊れてしまう気がしたために、テレビを消した。
どのチャンネルを見ても違った形で気が滅入るばかりだ。
昼になり缶詰を開けて食べ始めるが、学校は暴漢に襲撃されて熊田君や佐藤さん達が殺されて閉鎖になり、母さんは日頃の鬱憤が大爆発して父さんを殺して逮捕されたなんて今でも信じられない。
更にはどちらも目の前に居合わせておきながら冷静に分析しているだけで何も出来なかった自分に嫌気がさした。
でもまだ2日の間で僕の中の“日常“の全てが壊れてしまったことにまだまだ実感が湧かなかった。
まるで映画を観ているか、夢の中の世界にいるようなそんな気がしたから……。
ふと、頬を触ると湿っていた。泣いていたのだ。それもかなり長く泣いていたのか、鏡を見ると白い跡になっていたのだ。
気づかないほど泣き続けていたのは心の中の重要な何かが大きく壊れてしまったのかもしれない。
◇
とんでもないことがここ連日起き続けていたためにすっかり重要なことを忘れてしまっていたのだ。
由利からも由利のお母さんからも手紙に対する返事が電話でもメールでも無い。
物流や食品産業、学校などの社会的なインフラが機能不全に続々となっていっているものの、電話や電波はまだ繋がっているようで、届いていないということは無いのだ
手紙の返信は「無し」ということなのだろうか?
僕はそこまで嫌われてしまったのだろうか……。
でもどちらかと言うと由利は怒りを表に出して撒き散らすタイプだ。
小さい頃は今よりもお転婆で、怒ったら物を投げつけてきたり、虫を筆箱に入れてきたりした。
今回の「胸の大きな子に市役所の道を教えていた問題」だってビンタをすぐにやってきたぐらいだ。
こういった「無言の圧力」をかけてきたことはない。
僕の渾身の手紙に対して何のアクションも無いこの状態は“異常”とも言える。
もしかすると――あまり考えたくは無いことだが、由利はお母さん若しくは両親2人に“拘束されている”のかもしれない。
虐待という最悪の状況も考えられた。
そうなるとメールや手紙の返信が出来ないのも、会わせてくれないのも、由利のお母さんの表情が微妙だったのも全て合点がいった。
由利のお母さんとは何度も会ったことがあるし、ちょっとしたことでも気が利いていてで料理も美味しかった。
パートで忙しければ“レンジでチンしてね“と言って余り物を置いていくウチの母さんよりも良いイメージしかない。
だから、そんな酷い想像は考えたくなかったが、現時点の情報では――「返信無し」について納得のいく答えはそれぐらいしか思いつかなかったのだ。
阿坂家にそんなことが起きていることは信じられないのだが、僕の家だって母さんが父さんを殺すという殺人事件が突発的に起きてしまったぐらいなんだ。
こんな時だけ妙に自分にとって都合のいい考え方だと思われるかもしれないが、そう考えなければ僕は自殺してしまうだろう。
ウチだって外からは窺い知ることが出来ない暗い気持ちの「闇」や爆発寸前だった。
「マグマ」みたいなものをどんな幸せそうに見える家庭でも抱えているのかもしれない。
父さんと母さんだってずっと言えなかったことがこの状況になって感情が一気に爆発してしまった。
みんな密かに抱えていた“本能“に近いものを人生の最後が”見えてしまった“ために出し切ろうとしているのかもしれない。
あの学校を襲撃してきた暴漢だってやった暴力性は絶対に許されることではない。
でも、ある意味救われたい、生き残りたいという一心で行った行動だったのだろう。
「隕石衝突するかもしれない」という“起きるかもしれない“と言う現象でここまで世の中の価値観が変わってしまったのだという事に改めて愕然とした。
僕の“本能”に近いものと言えばやはり由利と仲直りすることだ。
由利の両親によって電話も手紙も妨害がなされていることを考えると、
新たな手段で由利に対して手紙を届けなければいけない――でもどうやって?
もう正攻法では由利に今の僕の気持ちを届けることが出来ないかもしれないと思った。
「……でも、由利との仲直りが最優先なんだから手段は選んでいられないよな」
学校での暴漢の事件も両親の喧嘩も、目の前で人が人を殺してしまうという最も起きてはいけないことが起きていたのに何もすることが出来なかった。
それも自分に火の粉が飛んでこないようにする保身のために……。
あの時の虚無感と絶望感に襲われたのを由利で繰り返してはいけない。
今度こそ手をこまねいて見ているだけのポジションから脱却するんだ!
もう本当に僕には由利しか残っていない。友達も家族も皆、失ってしまったんだから……。
僕はその日、徹夜をして再び手紙を書き直した。この間書いた手紙より良くなったのか悪くなったのか分からなかったが、この日できるベストの文章を書き上げたつもりだ。
負った心の傷はまだ深かったので休みながらだったが由利にどうやって手紙を届けるのかについての作戦も考えた。
とにかく、隕石衝突予定日まで残された時間があまりにも短すぎるのだ……。




