地球滅亡予定日まで 残り19日
昨日は結局23時前に家に帰ったために母さんにこっぴどく怒られた。
でも仕方が無かった。帰りになると通ることができない道が更に増えていたのでかなり迂回したのだ……。
特に母さんは日本の治安が悪化しているために、僕のような“子供”は夜で歩いてはいけないと強く言われた。
僕としてはもう子供じゃないつもりなんだけど、両親として見ればまだまだ子供なんだろう。
ただ、気持ち的には大人でも親の稼ぎや庇護の下で暮らしていることも事実であるために何も言い返すことはできなかった……。
確かに今現在重大な犯罪でも無ければ警察は取り締まってくれる感じはないために、一人歩きは大変危険なのだろう。
そんなことを考えながら静かに怒られたのだった……。
しかし、とんでもなく疲れたために何の変哲もない夕ご飯がとても美味しく感じた……。
◇
学校に行く前に今日目についた記事では「不要不急の外出をしないように」というものがあった。
公立学校は休校になり、私立学校は自主性に任せるものの休んでも出席日数には影響しないとのことだった。
僕の周辺でもつい昨日、外国人の暴動があって道路封鎖の影響があり、由利の家まで往復するのに大きく迂回するハメになったぐらいだ。
時期にまともに交通も出来なくなってしまうんだろうな……。
でも公立学校はこの通知によって休校になるみたいだけど、ウチの学校は私立だから今日も普通に学校があるみたいなんだよね……。
家にいなくていい分嬉しいような、学校でいまだに授業を受けなくていけないのが嫌なような、複雑な気分のまま重い足取りで登校したのだ……。
由利の教室に寄って、何も変わらないことを確認して溜息を今日も吐きながら自分の教室に着くと、いつにも増して登校している生徒がさらに減ったことに気が付いた。
「熊田君おはよう。今日は12人しか登校していないんだね……」
元々が40人のクラスなのでちょうど3割の登校率だ。
公立学校が登校しなくていいとあっては、例え私立の進学校であってもモチベーションが低い学生たちは一気に登校したくなくなったのだろう。
出席日数が関係無くなれば学校なんて行きたくないという気持ちはよく分かる。
僕も家にいても気が滅入ることや由利の姿を確認できるチャンスであることから学校に登校しているだけで、勉強をしたいわけでは全く無いんだけどね……。
時間割は自習ばかりになった。担任の保坂先生は「先生最後の砦の1人」と言ってもいいぐらいに学校に来ていた。
僕目線で言うと高校はあってくれた方がありがたいが、他者目線で言えばいっそのこと休校した方が良いんじゃないかとも思う? 治安も悪化しているしね……。
「皆、報道に踊らされすぎなんだよ。恐らくは恐怖に脳がジャックされているんだね。
怖いという気持ちがそう言った怖い情報ばかり余計に目につかせるんだ」
昼休み、熊田君は相変わらずの調子でそんなことを言った。
「確か、フィルターバブルと言う現象だよね。自分が思い込んでいる情報ばかりを収集して、更にその考えを固めていくというやつだ。
しかし、実際問題としてデータの上でも劇的に犯罪件数が増えているみたいだけどそれについてはどう思う?」
「ここなら警備員の方もいるから家にいるより安全なんじゃないか? 最近は不安に駆られて犯罪を犯す奴らが多いからな。この校舎は耐震性にも優れているし、図書室では安心して勉強できるから学校になるべくいた方が良い。
生徒も減ったから集中して取り組むことも出来るしね」
「そうかもしれないね」
でも、学校側は泊まることを許可しているわけではないから、結局のところ登下校について結局は各々自己責任になる。登下校で襲われるリスクを考えると家に引き籠っていた方が良いのかもしれない……。
ただ、熊田君はどうしても学校で勉強をしたい雰囲気を感じられたのでそれについては黙っておくことにした。
確かに制服を着ている時の方が勉強に身が入るような気がするからな……。
もっとも、僕は全く勉強していないけど……。
そんな風に明後日の方向を見ながら色々と思い悩んでいると、
ピロリロリ~ン! ピロリロリ~ン! と今まで聞いたことの無いような気持ち悪いチャイム音が何回も鳴り響く。
大地震が来る前の緊急事態速報に近いような音だ。
スピーカーの方にクラス中が集中する。
「み、皆さん落ち着いてください! わ、わ、わ、わ我が校に今!」
とんでもなく動揺していて声になっていない。まず放送している先生が落ち着いてくれと言いたくなった……。
「今、暴漢が侵入しています! 速やかに学校から避難してくださいっ!」
「えっ!?」
クラスの生徒一同が事態を把握していないものの一斉に立ち上がった。体だけが逃げようと反応したのだ。
その瞬間にガラッ! と教室のドアが開いた。
「動くんじゃねぇ! さもないとぶっ放すぞ!」
鉄パイプを持った金髪の男、金属バットを持った鼻ピアスをしている男、銃を持った赤髪の男が入ってきた。
「キャアッー!」
女子生徒は叫び声を上げながら友達同士で抱き合い、男子生徒は机の中に潜り込む!
12人しかいないクラスだったがもう大パニックだ!
しかし、ここは4階のために飛び降りて逃げることも難しいだろう……。
大変なことにいきなり巻き込まれた……。
そんな中、熊田君はそそくさと勉強道具を鞄の中に詰め込み、スルッと教室の後ろに向かおうとする――。
「逃がすかっ!」
しかし、熊田君が逃げ出そうとしたことに気づいた不良の一人が鉄パイプで殴りかかった!
妙にスローモーションに感じた。
つい昨日のことだった。熊田君から東大に入り、官僚になって日本を変えると聞いたのは……。
自分がヒーローになって日本を変えてやるって……。
あの時の熊田君は活き活きとした表情で語ってくれたものだった……。
その熊田君が鉄パイプで殴られ崩れ落ち、僕の目の前で倒れた。
頭からゾッとするぐらい大量の血を滝のように流している――。
そして僕に向かって手を伸ばしてきた。
「伊崎君――君は……幸せになってくれ……。夢を叶えて――」
そこで熊田君はグッタリと顔を伏せって動かなくなった。
動いた奴が逆に狙われるという事なんだろう……。
「嘘だろ……。く、熊田君……」
熊田君が息絶えてしまった。少なくともこの血だまりでは、今生きていても亡くなるのは時間の問題だろう……。
官僚になるために一心不乱に勉強していた熊田君は何も成し遂げられないまま、そして死んだ。
官僚になる以外にもやりたかったことは山ほどあっただろうに……。
――起きた事実は理解できたとしても、何か悪い夢であって欲しいと思った。
「静かにしろぉ! コイツみてぇになりたくなきゃ、大人しくするんだな!」
赤髪の男が銃を向けて来る。
僕を含む残る11人の生徒は完全に沈黙した。
泣いていた女子生徒も涙が一瞬で枯れたのだろう……。
“第二の熊田君“に誰もなりたくなかったのだ。
コイツらは人の命を奪う事に何の躊躇も無い……。
これまでは、何となくの体感や活字でしか体験できない治安の悪化だった。
でも目の前でアクション映画や世紀末映画のようなシーンが展開されるとまだ信じられないという気持ちと、いよいよ僕のところまで来てしまったのかと言う気持ちに襲われた。
映画との違いは救い出してくれるヒーロが現れないことだろう。
次殺されるのは自分かもしれない……。
そしてクラスにいる皆が思っていることが分かった。何が目的かも分からないヤクザかチンピラみたいな奴らのせいで一足早く人生最期の日が来てしまったのかもしれない――と。




