地球滅亡予定日まで 残り20日
今日は日曜日、由利に直接手紙を届ける日だ。前日までに文面は思い付き、後は便箋を決めてから清書をして間に合うことができた。
まずは由利に書く手紙の便箋で悩みに悩んだ。キャラクターが付いた可愛らしいのだと子供っぽ過ぎるし、かと言ってシンプル過ぎるのは味気ない。
でも、大人っぽい薔薇の花とかは何か由利のイメージとは合わないんだよな……。
由利は7月生まれだから夏の花のついたのにしようかと思ったけど、今は真逆の冬だからちょっと空気が読めてないって思われるかも……。
結局のところ無難ながらの便箋を買ってから、深呼吸をしてから書き出した。
1行目でいきなり大きく間違えたときは心が折れそうになったが、今できる最高の出来になった!
ただ、持って行ってもまた返事が来なかったら? 今度こそ僕のメンタルは崩壊してしまうかもしれない……。
一旦、日課になっているニュースをチェックして切り替えよう……。
ニュースでは国会で病欠届を出していた議員がコンテナ船に紛れ込んで国外脱出を図ろうとしていたことが話題になっていた。
隕石衝突することが決まってから、いたずらに国外に出たり入ったりすることが出来なくなっているようで、この出来事で国民の不満が爆発しているようだ。
ただ、僕はそんなニュースを見ても自分から遠いことのように感じた。
ひたすら手紙をどうするかということばかり考え続けていたから……。
SNSでの他の人の不満を見ていると、逆に少し頭がクリアになった。
「岡目八目」という奴だろう。第三者的な視点を得ることで冷静に物事を見ることができるのだ。
そうだよ。失敗した時のことは失敗した後に考えればいいんだ。何もやっていないうちからウダウダと悩んでいても仕方がないんだ。
◇
再び自転車で阿坂家に向かった――のだが、今度は主要道路が完全に封鎖されていたので、前回よりも迂回しなくてはいけなくなった。
SNSからの情報によると僕の周りでも急激に海外の人が増えて隕石衝突による社会不安も相まって問題を起こしているらしい。
確かに迂回する直前にチラリとバリケードの向こう側が見えたが日本人と中東系の顔の人とが何人も揉みあっており警察がそれを止めている……。
その他の道も封鎖されたり、自転車を持って上がったりと機動力は完全に落ちていると言っても過言では無い。
場合によっては徒歩の方が早く着くんじゃないか? と思わせるぐらい物が散乱していたり道がボロボロだったりなど厳しい場所もあった。
この間見た情報によると、海外のSNSでは日本が世界で一番治安が良いという話が広まり、大陸から無理やり貨物船に密入国してやってくると言うスキームが紹介され、海外から日本に押し寄せる人が波状的に増えたらしい。
取り締まる側も仕事に来なくなっているためか取り締まることも出来なくなっているとか……。
でも外国の人たちに言ってやりたかった――日本の治安はもはやかなりヤバい部類だから噂だけで来ると痛い目を見るぞと……。
海外の紛争地域から相対的に見たらまだマシと言うかもしれないけど、以前から住んでいる身としては今の日本の異常さが身に染みて感じていた。
日本に元から住んでいた人たちも言語が違う外国人が増えたら不安になるだろうし、
これからどうなっていくんだろうな……。
もしかしたら日本でも大規模テロや暴動などが起きてしまうのだろうか。そしたら外にも出れなくなってしまうのかもしれない――だが、これも起きていないことだし、起きた時に考えれば良いか……。
◇
本来なら僕の家から1時間で着くところ5時間かけてようやく阿坂家の玄関前に立った。
今度は前回と違ってわざわざ迂回してきたこともあってインターフォンを押す手は震えなかった。
ここで後悔したくないからな。今日僕の人生を大きく変えるんだ!
ピンポーン! という音が鳴り響くと、“はい?”とお母さんの声がした。
「伊崎裕司です。今日は、由利さんに手紙を届けに来ました」
はーい。と言って少し沈黙した後、由利のお母さんが姿を現した。
「あら……裕司君。ここら辺は道路も封鎖されているところが多いらしいじゃない。
こんな大変な中、わざわざ手紙を届けに来るだなんてあの子も幸せ者ね」
由利のお母さんは顔が青ざめている印象を受ける。一体何かあったのだろうか……。
でも今は相手の心配をしている場合じゃないんだよな……。
「い、いえ。先日お訪ねしても会うことが出来ませんでしたので……。
そんなに体調もすぐに回復することはないかなと思いましたので、
どうしても気持ちを伝えたくて、手紙を書かせていただきました。
こんなものを貰っても由利さんは喜んでくれないかもしれませんが……」
手が震えそうになるのを抑えながら由利のお母さんに渡した。
「そんなこと無いと思うわ。由利は裕司君のことをとっても好きだったと思うから、飛び上がるほど喜ぶと思うわ」
「あの……由利さんをお見舞いすることは出来ますでしょうか……?」
由利のお母さんは眉間に皺を寄せて厳しい表情になる。こんな顔は見たことが無かった……。
「ちょっと……それは出来ないわね。うつってしまうかもしれないからね」
何かの感染症なのだろうか……正直なところここまで想いが膨らんでしまったなら由利から病気をうつされて例え死んでしまったとしても別に構わないけどね。
でも、そんなことを由利のお母さんに言ったら流石に気持ち悪がられるだろうからな……。
「あの……どんな形でもいいのでこの手紙のお返事を由利さんからいただければと思うのですが……」
「ええ。言っておくわ」
今思うと僕のやってしまったことは、顔から火を噴くほど恥ずかしかった……。
僕達が付き合っていると知っているとはいえ、よくよく考えれば相手のお母さんにラブレターの仲介を頼んだのだから……。
◇
由利の家から少し離れたところから振り返る。
先ほどは火を噴くような緊張と興奮があったために、
今初めて冷静になれた。
そこで思い返してみて少し気になったのは、お母さんの顔色が優れない点だった。
どうにも“何かを隠している”ような気がしたのだ。
ただ単純に由利の看病をしてお母さんまで具合が悪くなってしまっただけなのかもしれないけど……。
あの顔色からすると、もしかしたら、何か「家庭の事情」みたいなものがあるのかもしれない……。
由利、もしも病気なら早く元気な姿で戻ってきて欲しい。
病気でない何か別の問題なら一刻も早く解決してくれ……。
もう残りの僕の人生が、地球の残る砂時計が、20日と僅かになっているのだから……。




