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第07話:チートスキル『全属性支配(エレメンタル・ドミネーション)』

「……で、この部分の市場分析なんだけど、凡田君、説明できるの?」


 月曜日の午後。

 俺は会議室の隅で、泥川主任のネチネチとした追及に脂汗を流していた。


 今日は、我が営業第3課の命運を握る「新規顧客開拓プロジェクト」の最終プレゼン日。

 ターゲットは、あの厳格で知られる鬼塚課長だ。


「凡田君、そんな浅い分析じゃ、鬼塚課長は激怒するよ? もっとロジカルに! パッションを持って! このミーが直々に(サボりながら)指導してあげてるんだからさぁ」


 泥川主任は、会議室でスマホをいじりながら、俺にだけプレッシャーをかけてくる。


(泥川の野郎、俺のプレゼンを失敗させて、自分の手柄にする気か……?)


 いったんトイレで気を落ち着けようと、会議室を出た。

 すると、殺意と焦りが入り混じる俺の背後に、スッと冷たい気配がした。


「やあ、凡田君」


 振り返ると、いつもの黒いスーツ姿。

 経理部の氷室ひむろ先輩が立っていた。

 先輩は赤い手帳を眺めながら、静かに告げる。


「借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」

「ひ、氷室先輩!?」


 俺は先輩の腕を掴み、給湯室に引きずり込んだ。


「せ、先輩! 助けてください! このままじゃ泥川主任の妨害で、俺のプレゼンは失敗! 借金返済もパァです!」

「何かこう、プレゼンを劇的に成功させて、ついでにムカつく上司もギャフンと言わせるような、派手なスキルはないですか!?」

「……派手なスキル?」


 先輩が呆れた顔をする。

 俺は必死に言葉を継いだ。


「そ、そうです! 俺、最高のプレゼンをするために、魔法の力を借りてでも『努力』したいんです! 邪魔する上司を排除するのも、プロジェクト成功のための『努力』ですっ!」

「……ほう」


 氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、赤い手帳をパラパラとめくりはじめた。


「……プレゼンを『派手』に、か」


 先輩の指が止まる。

 そこには『全属性支配』と書かれていた。


「『全属性支配エレメンタル・ドミネーション』。地・水・火・風・光・闇……森羅万象の元素を自在に操る、大魔導師クラスのスキルだ」

「エレメンタル・カーネーション?……! 名前だけで勝てそうです!」

「ただし」


 先輩は手帳の1ページをビリ、と破り、俺に手渡した。


「現代のオフィスは魔素マナが薄い。初心者が使うと出力調整が効かず、暴走する危険がある。くれぐれも慎重に使うことだ」

「お任せください! 俺の繊細な指先でコントロールしてみせますよ!」


 先輩は俺に紙片を手渡すと、いつもの定型文を口にした。


「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」


 俺はその紙片を胸ポケットにしまった。


(勝った! 俺の魔法で、最高のプレゼン(ショータイム)を見せてやる!)


***


 プレゼン本番まであと1時間。

 俺は誰もいなくなった給湯室で、こっそりと魔法の練習をしていた。


「まずは手始めに……『ファイア』!」


 指パッチンと同時に念じる。


 ボッ!!!


「うわっ!?」


 指先にライター程度の火を出すつもりが、火炎放射器のような業火が噴き上がった!


 ジリリリリリリ!!!

「火事です! 火事です!」


「や、やべぇ! 火災報知器が!」


 俺は慌てて次の魔法を叫んだ。


「『ウォーター』! 消火!」


 バシャアアアアア!!


 天井の空調から滝のような水が降り注ぎ、俺はずぶ濡れになった。


「げほっ、ごほっ……。……ま、まあいい。威力は申し分ない(強すぎるけど)」


 俺は濡れたスーツを魔法ウインドで強引に乾かし、不敵な笑みを浮かべた。

 この力があれば、泥川主任への小さな嫌がらせも、プレゼンの演出も思いのままだ。


***


 そして、運命のプレゼン。

 会議室には、腕組みをした鬼塚課長と、ニヤニヤした泥川主任が座っている。


「では、凡田君。始めてくれたまえ」

「はい!」


 俺はスクリーンの前に立った。


(見てろよ……まずは『ライト』で、俺自身を神々しく演出だ!)


「(小声で)……ライト!」


 カッ!!!!


「うわああああ! 目が、目がぁぁぁ!!」

「眩しいっ! なんだこの光は!?」


 俺の体から、スタジアムの照明弾並みの閃光が放たれた。

 鬼塚課長と泥川主任が目を覆ってのたうち回る。


「あ、すみません! スポットライトの調整が!」


(やべ、強すぎた!)


 気を取り直して、スライドを進める。


「えー、続きまして、競合他社の動向ですが……」


 ここで泥川主任が、いつものように茶々を入れてきた。


「凡田クンさぁ、そのデータ古くない? ちゃんとリサーチした?」


(出たな、チャチャ入れマン! お前には『ウインド』の制裁だ!)


 俺は指先をこっそり主任に向けた。

(カツラかどうかわからんが、その七三分けを吹き飛ばしてやる!)


「(小声で)……ウインド!」


 ゴオオオオオオオ!!!


「Oh、Nooooooo!?」


 局地的な竜巻が発生し、泥川主任の資料、ペン、そして飲みかけのコーヒーが宙を舞った。

 さらに、主任の整髪料で固めた髪が、バリバリバリッと音を立てて真横になびく!


「な、何だこの風は!? ビルの隙間風か!?」


 鬼塚課長が書類を押さえて叫ぶ。


「あ、窓が開いてましたかね!? すぐ閉めます!」

(くくく……ザマァみろ!)


 俺は心の中でガッツポーズをした。

 しかし、魔法の暴走は止まらない。


 俺が熱弁を振るうたびに、『火(情熱)』が反応してプロジェクターがオーバーヒートし、『氷(冷静)』を意識すると会議室の気温が急低下して全員が震えだす。


「さ、寒い……凡田、早く終わらせろ……」


 鬼塚課長がガタガタ震えている。

 プレゼンはカオスな状況になっていた。


(くそっ……これじゃ評価が下がる一方だ!)

(こうなったら、最後の手段だ!)


 俺はチラリと泥川主任を見た。

 こいつさえいなければ、もっとスムーズに終わるはずなんだ。


(『土』の魔法で、泥川主任の椅子の下に『落としピット』を作る!)

(あいつを穴に落として、物理的に退場願おう!)


 俺は最後の魔力を振り絞り、泥川主任の尻の下を凝視した。


「(小声で)……穿て! 大地よ! アース・ピット!!」


 その瞬間。


——キーンコーンカーンコーン——


 無情にも、業務終了(定時)のチャイムが鳴り響いた。


「あ」


 チャイムと同時に、魔法の効果が切れる。

 いや、「発動しかけ」の状態で、魔力が強制遮断された。


 ブボボボボッ……!


「ん?」

「なんだ今の音は?」


 俺のズボンの中から、不穏な音が響いた。

 そして、ズボンの裾から、サラサラ……と何かがこぼれ落ちる。


 茶色い、湿った、土。


「……え?」


『落とし穴』を作るはずの魔力が行き場を失い、俺の体内で「土」そのものに変換されて排出されたのだ!


 サラサラサラ……ボトボトッ。


 俺の足元に、茶色い山が築かれていく。

 会議室に、沈黙が落ちた。


「凡田さん……?」


 騒ぎを気にして駆けつけた聖奈さんが、悲鳴を押し殺したような声で俺を見る。


「凡田クン……ユー、まさか……プレゼンの緊張で……」


 泥川主任が、鼻をつまむ仕草をした。


「ち、違います! これは土です! 魔法の土なんです!」


 俺は必死に叫んだが、状況証拠は真っ黒(茶色)だ。


「凡田ァ!! 神聖な会議室で、なんと破廉恥な!!」


 鬼塚課長の顔が真っ赤に染まる。


「違うんです! 臭くないです! ほら、嗅いでください!」


 俺は土を掬って課長に突き出したが、それがさらに火に油を注いだ。


「寄るなァァァ!! 衛生班を呼べェェェ!!」


 阿鼻叫喚の会議室。

 俺が涙目で立ち尽くしていると、入り口に氷室先輩が立っていた。


「……やれやれ」


 先輩は赤い手帳を開き、呆れたように呟いた。


「『全属性支配』。制御不能な魔力は、術者の体内で物質化する副作用があると言い忘れていたな」

「ひ、氷室先輩! 助けてください! カーペットが! 弁償が!」

「ふん」


 先輩がパチンと指を鳴らすと、足元の土の山が一瞬で消滅し、汚れたカーペットも新品同様に蘇った。


「あ……! き、消えた! ありがとうございます!」


 俺は安堵した。

 先輩は手帳をパタンと閉じて、冷ややかに俺を見下ろした。


「しかし」

「え?」


 先輩は、凍り付いたまま俺を見つめる聖奈さんや鬼塚課長、泥川主任に視線を向けた。


「部屋の汚れは消せても、彼らの網膜に焼き付いた『凡田君が大量ののようなものを漏らした』という記憶までは消せないぞ」

「……あ」

「ぼ…凡田さん…疲れてるなら、休んでいいんだよ……?」


 聖奈さんが、完全に「ヤバい人」を見る目で後ずさりしている。


「失った社会的信用の回復は、魔法よりも困難だ。せいぜい『努力』することだな」

「氷室せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


 俺の絶叫が、ピカピカになった会議室に虚しく響き渡った。

 部屋は綺麗になっても、俺の経歴キャリアには消えないシミが残ったのだった。


■今回の収支

借金総額:51,300円(変動なし)

得たもの:ピカピカの会議室(先輩のおかげ)

失ったもの:聖奈さんからの生理的な好感度(修復不可能)、人としての尊厳(土漏らし疑惑)

【作者あとがき】

お読みいただきありがとうございます!

物理的な汚れは消せても、心の汚れ(評判)は消せません。


凡田君の社会的死に笑っていただけたら、

ぜひ★★(星)とフォローで、凡田君への「慰め」をお願いします!

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