第06話:チートスキル『異次元格納庫(ディメンション・ハンガー)』
「はぁ……」
営業第3課の俺のデスクで、俺は世界の終わりみたいなため息をついた。
目の前には、今日中に取引先3社に配り切らなければならない、新商品のサンプル(業務用加湿器・重量5kg)とパンフレットの山。
物理的に、俺の営業カバンに全部入るわけがない。
カバンどころか、シェルパを雇って登山するレベルの物量だ。
「凡田さん……それ、一人で持てるんですか?」
隣の席の聖奈さんが、心配そうに声をかけてくれる。
「だ、大丈夫だよ、聖奈さん。これくらい、男の気合で……」
「凡田ァ!!」
俺の虚勢を遮ったのは、鬼の鬼塚課長だった。
「まだ出発しとらんのか! ぐずぐずするな! そんな荷物も運べんのか、このモヤシっ子が!」
「す、すみません!」
「まったく、凡田クンは要領が悪いですねぇ。ミーならタクシーを経費で落とす交渉をしますけど?」
課長の横には、泥川主任。
同期入社のくせに、俺を見下す目が最高にムカつく。
「鬼塚課長、こいつの分は私が後でフォローしますので」
「うむ、泥川君、君だけが頼りだ」
(あーあ、なんで俺だけこんな目に……)
(楽して営業回りして、ついでに一攫千金とかないかなぁ……)
結局、両手に加湿器、背中にリュック、首からカバンという「歩く苦行」スタイルで、俺は会社をヨタヨタと出発した。
ロビーに出ただけで、すでに汗だくだ。
その時、スッと背後に影が差した。
「凡田君」
冷たく、整った声。
経理部の氷室先輩だ。
先輩は赤い手帳を眺めながら、静かに告げる。
「借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」
「ひ、氷室先輩! それどころじゃないんですよ!」
俺は必死に訴えた。
この荷物、この汗、この理不尽!
「見てください、この荷物! これじゃ重くて営業どころじゃありません!」
「効率が悪すぎます! これじゃ契約も取れなくて、借金返済なんて夢のまた夢ですよ!」
俺はハッとした。
「そ、そうだ! 先輩、チートスキルでなんとかなりませんか!?」
「荷物をこう、シュッと消して軽くするみたいな能力! 貸してくださいよ!」
「……ほう」
氷室先輩は、赤い手帳のページをパラパラとめくりはじめた。
「『物理的な重さ』という枷を取り払い、営業活動に邁進したいというわけか」
「そうです! この重い荷物を運ぶ無駄な『努力』を、契約を取るための『努力』に振り向けたいんです!」
「……いいだろう」
先輩の指が止まる。
そこには『異次元格納庫』と書かれていた。
「『異次元格納庫』。亜空間ゲートを開き、質量・サイズを無視して物体を無限に収納できるスキルだ」
「ディメンション・ハンガー! カッコいい! それです!」
「ただし」
先輩は手帳の1ページをビリ、と破って俺に差し出した。
「収納・取出しには、対象に触れる必要がある。期限は本日24時まで。それと……このスキルを管理している『空間の神』は、極度の潔癖症でな」
「潔癖症?」
「ああ。『整理整頓』を怠ると、手痛いしっぺ返しを食らうかもしれんぞ」
「大丈夫です! 俺、部屋の片付けとか得意ですから!」
先輩は俺に紙片を手渡すと、いつもの定型文を口にした。
「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」
俺は紙片をひったくり、ガッツポーズをした。
(勝った! これで俺は、手ぶらで営業ができる! 営業王に俺はなるっ!)
***
外に出た俺は、さっそくスキルを試した。
まずは重たい加湿器。
『異次元格納庫』と念じながら、紙片を握りしめた手で触れる。
シュンッ……。
加湿器が、まるで最初から存在しなかったかのように空間に吸い込まれて消えた。
「すげぇ……!」
俺は残りのサンプルとパンフレットの山に次々と触れていく。
「収納! 収納! 収納!」
あれだけあった荷物の山が、ものの数秒で消え去った。
俺は完全な手ぶらだ。
「ハッハッハ! 軽い! 羽のようだ!」
俺はスキップしながら取引先へ向かった。
商談もスムーズだった。
「あ、サンプルですね。少々お待ちを」
カバンに手を入れるフリをして、亜空間からスッと加湿器を取り出す。
「おお! まるでマジックだね、凡田君!」
取引先のお偉いさんも上機嫌だ。
気分は凄腕のエリート・ビジネスマン。
(……あれ? このスキル、営業だけじゃ勿体なくないか?)
帰りの電車で、俺の頭に悪魔的な閃きが走った。
(そうだ、うちの会社、副業OKだったよな!)
(この『異次元格納庫』があれば、引っ越しのバイトなんて最強じゃないか?)
(荷物を全部「収納」しちまえば、俺は手ぶらで移動するだけ! 汗ひとつかかずに日給ゲットだ!)
これぞ一攫千金!
借金返済どころか、大金持ちへの第一歩だ!
俺は会社に戻ると光の速さで日報を書き上げ、定時ダッシュを決めた。
そして、そのまま日雇いバイトの登録センターへ直行。
運良く、今夜一件、急ぎの引っ越し作業の枠が空いていた。
「よし! やってやるぜ!」
俺は意気揚々と現場のアパートへ向かった。
「おう、兄ちゃん、遅いぞ! 人手が足りなくて困ってたんだ!」
現場監督らしき強面のおっちゃんが怒鳴る。
「すみません! すぐやります! 全部俺に任せてください!」
「あぁ? なんだその自信は。じゃあ、この部屋の荷物、全部トラックに運んでくれ! 特にそこのタンスと冷蔵庫! 重いから気をつけろよ!」
「お、押忍! 楽勝っす!」
俺はニヤリと笑った。
(見てろよおっちゃん。俺の『異次元輸送術』にビビるなよ)
俺は部屋に入ると、誰にも見られないように手当たり次第に荷物に触れていく。
「収納、収納、収納!」
整理? 分別? 知ったことか!
とにかく全部ぶち込め!
ダンボール、タンス、冷蔵庫、ベッドのマット、こたつ布団……。
俺は何も考えず、次々と亜空間へ放り込んでいった。
数分後。
「……あれ? 兄ちゃん、もう終わったのか?」
部屋が空っぽになっているのを見て、おっちゃんが目を丸くしている。
「はは、まあ。体力には自信あるんで。トラックまで運びました(亜空間で)」
俺は手ぶらでトラックに向かった。
(ククク……最高だ! これなら1時間もかからず終わるぞ!)
俺はトラックの荷台に乗り込んだ。
(さて、ここで「全取出」だな)
先輩が言っていた「整理整頓」なんて言葉は、すっかり忘れていた。
俺は何も考えず、荷台の中で念じた。
「出ろ! 俺の荷物たち!」
ボフンッ!!!
一瞬、空間が歪んだ。
次の瞬間。
「え?」
ドカカカカッ!!! メキメキメキッ!!!
「ぐえぇぇぇぇぇ!?」
俺が適当に放り込んだせいで、亜空間の中でタンスと冷蔵庫とベッドが知恵の輪のように複雑に絡まり合い、巨大な『家具の塊』となって射出されたのだ!
しかも、無理やり詰め込んだ反動で、圧縮されていた布団が一気に膨張!
「狭い! 狭いってば!」
俺は膨れ上がったこたつ布団と、巨大な家具の塊の間に挟まれ、トラックの壁に押し付けられた。
ミシミシッ……パァァァン!!!
トラックのアルミボディが内側からの圧力に耐えきれず、弾け飛んだ。
荷台の扉が吹き飛び、中身が道路に雪崩のように溢れ出す。
「な、何やってんだテメェ!!!!」
おっちゃんの絶叫が夜の街に響き渡る。
タンスはバキバキ、冷蔵庫は凹み、トラックは半壊。
「べ、弁償だ! この損害、どうしてくれるんだ!」
俺は家具の下敷きになりながら、空を見上げた。
(先輩……『整理整頓』って、こういうことっすか……)
翌日。
俺は第3課のデスクで、全身湿布だらけのミイラ男みたいな姿で項垂れていた。
バイト代はゼロ。
トラックと家具の修理費で、俺の夏のボーナスが消滅することが確定した。
「凡田君」
氷室先輩がやってきた。
手には赤い手帳。
「あ、先輩……」
「聞いたぞ。引っ越し先で『現代アート』を作ったそうじゃないか」
先輩は呆れたように言った。
「空間の神は言ったはずだ。『整理整頓を怠るな』と。亜空間の中で整理もせず乱雑に詰め込めば、取り出す時に絡まるのは道理だろう」
「そ、そんな物理法則が亜空間にも……」
「『努力』を惜しんで楽をしようとすれば、必ず歪みが生じるということだ」
先輩は手帳をパタンと閉じた。
「まあ、今回の損害は君のボーナスで相殺されたようだから、借金には加算しないでおいてやろう」
「あ、ありがとうございます……(涙)」
「ただし、君の社内評価は『家具破壊神』として定着したようだがな」
「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の絶叫が、営業第3課に虚しく響き渡った。
荷物は運べても、自分の運命まではコントロールできなかったのだった。
■今回の収支
借金総額:51,300円(変動なし ※損害はボーナスで相殺)
得たもの:整理整頓の重要性、二度とバイトに呼ばれない実績
失ったもの:夏のボーナス全額(損害賠償)、トラック一台、家具一式
【作者あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
収納上手は整理上手!
「とりあえず突っ込む」のは破滅への第一歩です。
凡田君のボーナス消滅(自業自得)に笑っていただけたら、
ぜひ★★(星)とフォローで、凡田君への「カンパ」をお願いします!




