第05話:チートスキル『完全言語理解(パーフェクト・リンガル・マスタリー)』
「誰か! このメールが読めるヤツはいないのか!」
週明けの営業第3課に、鬼塚課長の怒声が響き渡った。
課長がタブレットを片手に、泥川主任のデスクに詰め寄っている。
「泥川! お前、外国に留学してただろっ! これ何とかしろ!」
「イ、イエス……しかし課長、これはどう見ても文字化けかと……」
「うるさい! 送信元を見ろ! 『ブータン王国』だぞ! 王室御用達の大口案件かもしれんのだ!」
ブータン?
同期のマドンナ、聖奈さんも困った顔でモニターを覗き込んでいる。
「うーん……。文字コードが特殊みたいで、翻訳サイトにかけても全部文字化けしちゃいますね……。これ、たぶんゾンカ語です」
「ゾンカだかドンタコスだか知らんが! 商機を逃したらどうするんだ!」
課長のイライラが頂点に達している。
俺は自分の席でこっそりスマホ検索した。
「ゾンカ語」。
ブータンの公用語。
(読めるわけないだろ……)
しかし、俺の脳内電卓がカチカチと音を立てた。
もし、これが読めたら?
このピンチを救えば、ボーナス査定はSランク。
聖奈さんからも「凡田さん素敵!」と抱きつかれ、そのままゴールイン……。
(借金返済どころか、人生の勝ち組ルート確定じゃん!)
「へへ……じゅるり……」
俺が汚い笑みを浮かべていると、スッと背後に冷たい影が差した。
いつもの黒いスーツ姿。
経理部の氷室先輩が、無表情で立っていた。
先輩は赤い手帳を眺めながら、静かに告げる。
「凡田君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」
「ひ、氷室先輩! 今、まさにそのチャンスが目の前に!」
俺は先輩の袖を掴んで、小声で訴えた。
「あのゾンカ語です! あれさえ読めれば、俺は出世コースに乗って、借金なんて秒速で返せるんです! 言葉の壁を超える『努力』をしたいんです!」
「……ほう」
氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、赤い手帳のページをパラパラとめくりはじめた。
「学習意欲があるのは良いことだ。……これだな」
先輩の指が止まったページには、『完全言語理解』と書かれていた。
「『完全言語理解』。あらゆる言語、暗号、古代文字を、母国語レベルで直感的に理解するスキルだ」
「パーフェクト・リンガル……! カッコいい! それです!」
「ただし」
先輩はページをビリリと破りながら言った。
「効果は、今日の業務終了チャイムまでだ。それと、情報量が多すぎるため、脳の処理が追いつかない場合がある。用法用量を守ることだ」
「大丈夫です! 俺の脳みそは未使用領域だらけですから!」
先輩は俺に紙片を手渡すと、いつもの定型文を口にした。
「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」
俺は紙片を受け取り、強く握りしめた。
(勝った! 今日から俺は、グローバル・エリート凡田だ!)
***
「課長。そのメール、俺が見ましょうか?」
俺は颯爽と鬼塚課長の前に進み出た。
「あぁ? 凡田、お前に何ができるんだ」
「まあまあ。……ふむ」
俺はタブレットを覗き込んだ。
スキル発動。
さっきまで意味不明な記号の羅列だった文字列が、脳内で鮮明な日本語に変換されていく!
(『拝啓。貴社の新製品に深い関心あり。至急1,000足の見積もりを……』)
「なるほど。……これ、ただの発注メールですね」
俺は即座に翻訳し、タブレットに打ち込んで見せた。
「なっ……!?」
鬼塚課長が目を見開く。
「ほ、本当だ! 文脈も完璧だ! 凡田、お前いつの間にゾンカ語を!?」
「ええ、まあ。週末にちょっと『努力』しまして」
俺は髪をかき上げた。
「凡田クン、すごいじゃないか!」
泥川主任が、手のひらを返したように肩を叩いてくる。
「凡田さん! すごいです! 尊敬しちゃいます!」
聖奈さんが、キラキラした瞳で俺を見つめている。
(キタキタキタァァァ! これだよ!)
俺は有頂天だった。
全能感が半端ない。
(待てよ? 『あらゆる言語』ってことは……)
俺は自席に戻り、PCに向かった。
狙うは、社内チャットのログだ。
俺への本当の評価が知りたい。
(見える……! 暗号化されたログも、俺にはただの日本語だ!)
俺は泥川主任と鬼塚課長のプライベートチャットを覗き見た。
『泥川:凡田のやつ、調子乗っててウケますねw ミーは引くわー』
『鬼塚:まぐれだろ。どうせ翻訳サイトの受け売りだ。あいつのボーナス査定は今年も最低ランクでいい』
「……」
(こいつらァァァァ!! ぶっ殺す!!)
あまりに鮮明に読めすぎて、精神的ダメージを負った。
だが、俺は諦めない。
(なら、実力で黙らせてやる!)
その時、鬼塚課長が血相を変えて俺のデスクに走ってきた。
「凡田! 大変だ! 今度はドイツ支社からだ!」
「ドイツ語なら泥川主任が……」
「違う! 現地の古代遺跡から発掘された石板だ! そこにウチの商品のルーツらしき記述があるらしい! 解読できれば、世紀の大発見だぞ!」
課長がモニターに映したのは、ドイツ語ですらない、禍々しい謎の古代文字? が刻まれた石板の写真だった。
「凡田! お前なら読めるんだろ!? やれ!」
フロア中の視線が俺に集まる。
(ふっ……古代文字っていっても、ただの文字なんだから余裕だろ)
俺は自信満々に立ち上がり、モニターの前に立った。
スキルをフル稼働させる。
(見える……! 文字が語り掛けてくるぞ!)
「えー、読みますね」
俺は朗々と読み上げ始めた。
「『……我、深淵より来たりし漆黒の堕天使なり』」
「は?」
鬼塚課長がポカンとする。
「『……堕天使の靴に封印されし黒龍が空を駆ける刻、世界は紅蓮の炎に包まれん』」
「おっ……おい凡田? 何を言ってる大丈夫か?」
俺は止まれなかった。
文字が、俺の口を借りて溢れ出してくる!
「『……ククク、愚かな人間どもよ。我が真名はダークネス・オブ・ペイン。孤独と絶望を愛する者……』」
(……これ、謎の古代文字で書かれた、誰かの『黒歴史ノート』じゃねえかっ!?)
だが、スキルは「完全理解」を強制する。
俺は感情を込めて、その痛々しいポエムを読み上げ続けた。
「『……母上、今日の夕飯はハンバーグがいいな。なんちゃって(笑)』」
「凡田ァァァ!! ふざけてんのか!!」
課長の怒声が飛ぶ。
「違います! 本当にそう書いてあるんです! 信じてください!」
その時。
——キーンコーンカーンコーン——
業務終了のチャイムが鳴った。
フッ……と、脳内の翻訳機能が消え去る。
「あ」
俺は我に返った。
静まり返るオフィス。
俺を見る聖奈さんの、ゴミを見るような目。
泥川主任の「Oh……」という引きつった顔。
俺はただ、オフィスの中心で「中二病ポエム」を熱演した痛い男になっていた。
「凡田……貴様、俺をからかったのか?」
鬼塚課長のこめかみに、青筋が浮かび上がる。
「ち、違います! 本当に謎の古代文字で、ハンバーグって!」
「言い訳するなァァァ!」
俺が詰め寄られていると、スッと背後に影が差した。
「業務終了時刻だな、凡田君」
氷室先輩が、いつもの赤い手帳を閉じて立っていた。
「ひ、氷室先輩! 誤解なんです! あの石板、本当に……」
「ああ、あれか」
先輩はモニターの石板を一瞥した。
「あれはドイツ支社の日本人社長のアニメオタクの息子が、夏休みの自由研究で適当な文字で掘った『創作石板』らしい。さっき連絡があった」
「えええええ!?」
「偽言語でも、書かれた『言語(イタい設定)』を完全に理解して翻訳するとは。スキルの性能は完璧だったようだな」
先輩は憐れむような目で俺を見た。
「『口は災いの元』という言葉を、まずは理解した方がいいな」
「氷室せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
俺の絶叫が、営業第3課に響き渡った。
言葉は理解できても、オフィスの空気だけは最後まで読めなかったのだった。
■今回の収支
借金総額:51,300円(変動なし)
得たもの:ゾンカ語の知識(使い道なし)、中二病ポエムの朗読スキル
失ったもの:職場の空気、ドイツ支社社長の息子の尊厳(全損)
【作者あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
読めなくていい文字(悪口や黒歴史)まで読んで自爆!
「知らぬが仏」とはよく言ったものです。
凡田君のメンタル崩壊に笑っていただけたら、
ぜひ★★(星)とフォローで、凡田君への「慰め」をお願いします!
(次回、ついに『収納』のチートスキルであのバイトに挑みます!)




