表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

第05話:チートスキル『完全言語理解(パーフェクト・リンガル・マスタリー)』

「誰か! このメールが読めるヤツはいないのか!」


 週明けの営業第3課に、鬼塚課長の怒声が響き渡った。

 課長がタブレットを片手に、泥川主任のデスクに詰め寄っている。


「泥川! お前、外国に留学してただろっ! これ何とかしろ!」

「イ、イエス……しかし課長、これはどう見ても文字化けかと……」

「うるさい! 送信元を見ろ! 『ブータン王国』だぞ! 王室御用達の大口案件かもしれんのだ!」


 ブータン?

 同期のマドンナ、聖奈さんも困った顔でモニターを覗き込んでいる。


「うーん……。文字コードが特殊みたいで、翻訳サイトにかけても全部文字化けしちゃいますね……。これ、たぶんゾンカ語です」

「ゾンカだかドンタコスだか知らんが! 商機を逃したらどうするんだ!」


 課長のイライラが頂点に達している。

 俺は自分の席でこっそりスマホ検索した。

「ゾンカ語」。

 ブータンの公用語。


(読めるわけないだろ……)


 しかし、俺の脳内電卓がカチカチと音を立てた。

 もし、これが読めたら?


 このピンチを救えば、ボーナス査定はSランク。

 聖奈さんからも「凡田さん素敵!」と抱きつかれ、そのままゴールイン……。


(借金返済どころか、人生の勝ち組ルート確定じゃん!)

「へへ……じゅるり……」


 俺が汚い笑みを浮かべていると、スッと背後に冷たい影が差した。

 いつもの黒いスーツ姿。

 経理部の氷室ひむろ先輩が、無表情で立っていた。

 先輩は赤い手帳を眺めながら、静かに告げる。


凡田ぼんだ君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」

「ひ、氷室先輩! 今、まさにそのチャンスが目の前に!」


 俺は先輩の袖を掴んで、小声で訴えた。


「あのゾンカ語です! あれさえ読めれば、俺は出世コースに乗って、借金なんて秒速で返せるんです! 言葉の壁を超える『努力』をしたいんです!」

「……ほう」


 氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、赤い手帳のページをパラパラとめくりはじめた。


「学習意欲があるのは良いことだ。……これだな」


 先輩の指が止まったページには、『完全言語理解』と書かれていた。


「『完全言語理解パーフェクト・リンガル・マスタリー』。あらゆる言語、暗号、古代文字を、母国語レベルで直感的に理解インストールするスキルだ」

「パーフェクト・リンガル……! カッコいい! それです!」

「ただし」


 先輩はページをビリリと破りながら言った。


「効果は、今日の業務終了チャイムまでだ。それと、情報量が多すぎるため、脳の処理が追いつかない場合がある。用法用量を守ることだ」

「大丈夫です! 俺の脳みそは未使用領域だらけですから!」


 先輩は俺に紙片を手渡すと、いつもの定型文を口にした。


「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」


 俺は紙片を受け取り、強く握りしめた。


(勝った! 今日から俺は、グローバル・エリート凡田だ!)


***


「課長。そのメール、俺が見ましょうか?」


 俺は颯爽と鬼塚課長の前に進み出た。


「あぁ? 凡田、お前に何ができるんだ」

「まあまあ。……ふむ」


 俺はタブレットを覗き込んだ。

 スキル発動。


 さっきまで意味不明な記号の羅列だった文字列が、脳内で鮮明な日本語に変換されていく!


(『拝啓。貴社の新製品に深い関心あり。至急1,000足の見積もりを……』)


「なるほど。……これ、ただの発注メールですね」


 俺は即座に翻訳し、タブレットに打ち込んで見せた。


「なっ……!?」


 鬼塚課長が目を見開く。


「ほ、本当だ! 文脈も完璧だ! 凡田、お前いつの間にゾンカ語を!?」

「ええ、まあ。週末にちょっと『努力』しまして」


 俺は髪をかき上げた。


「凡田クン、すごいじゃないか!」


 泥川主任が、手のひらを返したように肩を叩いてくる。


「凡田さん! すごいです! 尊敬しちゃいます!」


 聖奈さんが、キラキラした瞳で俺を見つめている。


(キタキタキタァァァ! これだよ!)


 俺は有頂天だった。

 全能感が半端ない。


(待てよ? 『あらゆる言語』ってことは……)


 俺は自席に戻り、PCに向かった。

 狙うは、社内チャットのログだ。

 俺への本当の評価が知りたい。


(見える……! 暗号化されたログも、俺にはただの日本語だ!)


 俺は泥川主任と鬼塚課長のプライベートチャットを覗き見た。


『泥川:凡田のやつ、調子乗っててウケますねw ミーは引くわー』

『鬼塚:まぐれだろ。どうせ翻訳サイトの受け売りだ。あいつのボーナス査定は今年も最低ランクでいい』


「……」

(こいつらァァァァ!! ぶっ殺す!!)


 あまりに鮮明に読めすぎて、精神的ダメージを負った。

 だが、俺は諦めない。


(なら、実力で黙らせてやる!)


 その時、鬼塚課長が血相を変えて俺のデスクに走ってきた。


「凡田! 大変だ! 今度はドイツ支社からだ!」

「ドイツ語なら泥川主任が……」

「違う! 現地の古代遺跡から発掘された石板だ! そこにウチの商品のルーツらしき記述があるらしい! 解読できれば、世紀の大発見だぞ!」


 課長がモニターに映したのは、ドイツ語ですらない、禍々しい謎の古代文字? が刻まれた石板の写真だった。


「凡田! お前なら読めるんだろ!? やれ!」


 フロア中の視線が俺に集まる。


(ふっ……古代文字っていっても、ただの文字なんだから余裕だろ)


 俺は自信満々に立ち上がり、モニターの前に立った。

 スキルをフル稼働させる。


(見える……! 文字が語り掛けてくるぞ!)


「えー、読みますね」


 俺は朗々と読み上げ始めた。


「『……我、深淵より来たりし漆黒の堕天使なり』」

「は?」


 鬼塚課長がポカンとする。


「『……堕天使の靴に封印されし黒龍が空を駆ける刻、世界は紅蓮の炎に包まれん』」

「おっ……おい凡田? 何を言ってる大丈夫か?」


 俺は止まれなかった。

 文字が、俺の口を借りて溢れ出してくる!


「『……ククク、愚かな人間どもよ。我が真名はダークネス・オブ・ペイン。孤独と絶望を愛する者……』」


(……これ、謎の古代文字で書かれた、誰かの『黒歴史ノート』じゃねえかっ!?)


 だが、スキルは「完全理解」を強制する。

 俺は感情を込めて、その痛々しいポエムを読み上げ続けた。


「『……母上、今日の夕飯はハンバーグがいいな。なんちゃって(笑)』」

「凡田ァァァ!! ふざけてんのか!!」


 課長の怒声が飛ぶ。


「違います! 本当にそう書いてあるんです! 信じてください!」


 その時。


——キーンコーンカーンコーン——


 業務終了のチャイムが鳴った。

 フッ……と、脳内の翻訳機能が消え去る。


「あ」


 俺は我に返った。

 静まり返るオフィス。


 俺を見る聖奈さんの、ゴミを見るような目。

 泥川主任の「Oh……」という引きつった顔。

 俺はただ、オフィスの中心で「中二病ポエム」を熱演した痛い男になっていた。


「凡田……貴様、俺をからかったのか?」


 鬼塚課長のこめかみに、青筋が浮かび上がる。


「ち、違います! 本当に謎の古代文字で、ハンバーグって!」

「言い訳するなァァァ!」


 俺が詰め寄られていると、スッと背後に影が差した。


「業務終了時刻だな、凡田君」


 氷室先輩が、いつもの赤い手帳を閉じて立っていた。


「ひ、氷室先輩! 誤解なんです! あの石板、本当に……」

「ああ、あれか」


 先輩はモニターの石板を一瞥した。


「あれはドイツ支社の日本人社長のアニメオタクの息子が、夏休みの自由研究で適当な文字で掘った『創作石板』らしい。さっき連絡があった」

「えええええ!?」

「偽言語でも、書かれた『言語(イタい設定)』を完全に理解して翻訳するとは。スキルの性能は完璧だったようだな」


 先輩は憐れむような目で俺を見た。


「『口は災いの元』という言葉を、まずは理解した方がいいな」

「氷室せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


 俺の絶叫が、営業第3課に響き渡った。

 言葉は理解できても、オフィスの空気だけは最後まで読めなかったのだった。


■今回の収支

借金総額:51,300円(変動なし)

得たもの:ゾンカ語の知識(使い道なし)、中二病ポエムの朗読スキル

失ったもの:職場の空気、ドイツ支社社長の息子の尊厳(全損)

【作者あとがき】

お読みいただきありがとうございます!

読めなくていい文字(悪口や黒歴史)まで読んで自爆!

「知らぬが仏」とはよく言ったものです。


凡田君のメンタル崩壊に笑っていただけたら、

ぜひ★★(星)とフォローで、凡田君への「慰め」をお願いします!

(次回、ついに『収納』のチートスキルであのバイトに挑みます!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ