第04話:チートスキル『身体機能超越(フィジカル・トランセンデンス)』
「はぁ……なんで会社に入ってまで、運動会なんてやらなきゃいけないんだ……」
秋晴れの空の下、俺は深くため息をついた。
今日は我が社の「秋季社内レクリエーション大会」。
休日返上で強制参加させられる、社畜にとっての地獄のイベントだ。
「おい凡田! もっと気合を入れろ! 優勝して賞金を勝ち取るぞ!」
赤ハチマキを巻いた鬼塚課長が、猛獣のような咆哮を上げている。
「イエス、サー! 凡田クン、ミーたちの足を引っ張らないでくれたまえよ?」
隣でストレッチをしている泥川主任が、ニヤニヤと嫌味を飛ばしてくる。
「ミーは期待してるからね?」なんて言ってるが、目は全く笑っていない。
(くそっ……帰りたい。家で寝ていたい……)
運動神経ゼロの俺にとって、ここは公開処刑場に等しい。
だが、俺には逃げられない理由があった。
「凡田さん! 一緒に頑張りましょうね!」
お揃いのチームTシャツを着た聖奈さんが、天使の笑顔でスポーツドリンクを渡してくれたのだ。
そして何より、ポスターに書かれた『優勝賞金:金一封 100,000円』の文字。
(10万円……! これがあれば、あの日々増え続ける借金を一気に返済できる!)
(そして聖奈さんに「凡田さんカッコいい!」と言われて、そのまま……ぐふふ)
不純な動機だけは人一倍燃え上がっていたが、現実は非情だ。
俺の貧弱な肉体では、活躍どころか恥をさらして終わる未来しか見えない。
その時、俺の背後のパイプ椅子に、いつの間にか男が座っていた。
経理部の氷室先輩だ。
先輩はプログラムから視線を外し、手元の赤い手帳を確認した。
「凡田君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」
「ひ、氷室先輩! 待ってました!」
俺は周囲を警戒しながら、小声で先輩に詰め寄った。
「見てください、この賞金! 10万円です! 俺、これを手に入れて借金を返すために、死ぬ気で『努力』して運動会で優勝したいんです!」
「……ほう」
氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、赤い手帳のページをパラパラとめくりはじめた。
「……肉体そのものを作り変えるのはリスクが高い。一時的なバフ(強化)でいいだろう」
先輩の指が止まる。
そこには『身体機能超越』と書かれていた。
「『身体機能超越』。対象の筋力、反応速度、耐久値を限界突破させ、一時的に超人レベルまで引き上げる」
「トラン……? とにかく、それデンス! それを貸してください!」
「ただし」
先輩はページをビリリと破りながら、釘を刺した。
「効果時間は、合計10分間だ。小分けにして使えるが、貸出期間は閉会式まで。それと、このスキルは『紙片』自体が発動媒体になっている。肌身離さず持っておくことだ」
「10分! 余裕です! ありがとうございます!」
先輩は俺に紙片を手渡すと、いつもの定型文を口にした。
「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」
俺はその紙片を、ジャージのポケットの奥深くにねじ込んだ。
(勝った……! 今日……俺は、ウサイン・ボルトを超越する!)
***
「位置について、よーい……ドン!」
最初の種目は「障害物競走」。
俺はスタートと同時にポケットの紙を握りしめ、念じた。
(発動! 『身体機能超越』ォォッ!)
ドクンッ!! 心臓が早鐘を打ち、全身の血管に灼熱の力が駆け巡る。
視界がクリアになり、周囲の動きが止まって見える。
「しゃらぁぁぁぁ!!」
俺は地面を蹴った。
一歩で5メートル進むような加速!
網をくぐり、跳び箱を飛び越え、平均台を忍者のように駆け抜ける。
「なっ……!?」
「速すぎる! あれは本当に凡田か!?」
会場がどよめく中、俺はぶっちぎりの1位でゴールテープを切った。
(タイム、1分消費! 残り9分!)
「凡田! お前、いつの間にあんな脚力を!?」
鬼塚課長が目を丸くしている。
「いやー、毎朝の走り込みの成果が出ちゃったかなー」
俺は鼻の下をこすった。
聖奈さんも「すごーい!」と手を叩いている。
(快感……!)
続く「綱引き」。
相手は筋肉自慢の物流部チームだ。
(ここで1分、パワー全開だ!)
スキル発動。
俺は一人で、ダンプカーのようなトルクを発揮し、綱を引っこ抜く勢いで勝利をもたらした。
(残り8分。余裕すぎる!)
午前中で営業第3課はトップに躍り出た。
完全に調子に乗った俺は、昼休みに入ってもスキルの無駄遣いを止められなかった。
「あー、喉渇いたな。あの自販機、長蛇の列かよ」
鬼塚課長がぼやいた。
「(チャンス!)」
俺はすっ飛んでいく。
「課長! 俺が裏門の自販機までひとっ走りしてきますよ!」
スキル発動!
往復500メートルの距離を、残像が見える速度で往復。
(残り6分)
「はぁ、はぁ……どうぞ、課長!」
「お、おう。速すぎて見えなかったぞ……」
「あ、日差しが強くなってきましたね」
聖奈さんが眩しそうにしている。
「聖奈さん! 俺がテントの日陰のベストポジションを確保してきます!」
スキル発動!
おばちゃん達との場所取り戦争を、超人的な反射神経で制して席を確保。
(残り5分)
「凡田クン、今日だけ張り切っちゃって。あとでバテても知りませんよ?」
泥川主任が、悔しそうに嫌味を言ってくる。
カチンときた。
俺は主任の目の前で、無意味にスキルを発動させた。
「おっと、準備運動しなきゃな!」
その場で高く跳躍し、空中で3回転ひねりを加えたバク転を披露。
着地も完璧に決める。
(残り3分)
「オーマイガー……(なんだこいつ、普段はあんなに怠け者なのに……)」
泥川主任が口をあんぐりと開けている。
***
そして迎えた最終種目「部署対抗リレー」。
これに勝てば、総合優勝と10万円は俺たちのものだ。
俺はチームの期待を背負うアンカーに抜擢されていた。
「凡田! お前に全てがかかってるぞ!」
鬼塚課長の熱い視線。
「凡田さん、お願いします!」
聖奈さんの祈り。
「任せてください! (残り3分あれば、世界新記録でお釣りがくるぜ!)」
俺はバトンゾーンで構えた。
第3走者の泥川主任が、死にそうな顔で走ってくる。
「ぼ…凡田ぁ! 頼んだぞぉぉ!」
俺はバトンを受け取った。
同時に、ポケットの紙を握りしめ、勝利を確信して念じた。
「(よし! 最後の『身体機能超越』、発動!)」
ドクンッ! 心臓が跳ねる。
スキルが発動し、筋肉が膨張する感覚!
いける!
俺は地面を蹴ろうと、右足に力を込めた。
「ぐぎゃああああああああ!!!」
突然、俺の口から悲鳴がほとばしった。
進むどころか、俺はその場に倒れ込み、のたうち回った。
「足が! 足がああああ!?」
右足も左足も、ふくらはぎが石のように硬直し、ピクリとも動かない。
激痛が脳天を突き抜ける。
こむら返りだ!
それも特大の!
「凡田ァァァ! 何やってんだ貴様ァァァ!」
鬼塚課長の絶叫が聞こえる。
後続のランナーたちが、無様に転がる俺を次々と抜いていく。
「(なんでだ!? スキルは発動してるはずなのに!)」
結局、俺は激痛で立ち上がることすらできず、棄権となった。
優勝も、10万円も、聖奈さんの笑顔も、全てが俺のふくらはぎの痙攣と共に消え去った。
***
閉会式後。
お通夜状態の営業第3課のテントの裏で、俺は足をさすりながら膝を抱えていた。
鬼塚課長にはボロクソに怒られ、聖奈さんには「救護室に行かなくて大丈夫ですか?(引き気味)」と心配され、泥川主任には「ププッ、自業自得だね」と鼻で笑われた。
「……凡田君」
「ひっ!」
顔を上げると、氷室先輩が立っていた。
手には赤い手帳。
「お疲れ様。派手に転んでいたな」
「ひ、氷室先輩……。スキルがおかしいんです! 発動したのに、足が動かなくて……不良品ですか!?」
「不良品ではない」
先輩は呆れたように言った。
「『身体機能超越』は、脳のリミッターを外して、筋肉の出力を100%引き出すスキルだ。だが、動かすための『燃料』や、負荷に耐える『基礎体力』までは補填してくれない」
「え……?」
「君は普段、全く運動をしていないだろう? そんな貧弱な肉体で、午前中からトップアスリート並みの動きを連発し、無駄なバク転まで披露した」
先輩は俺の痙攣している足を指した。
「ガス欠の車でF1レースに出るようなものだ。君の筋肉繊維はとっくに限界を迎えて断裂し、エネルギーも枯渇していたんだよ」
「そ、そんなぁ……」
「事前に基礎体力をつける『努力』があれば、最後まで持ったかもしれないな」
先輩の言葉が、筋肉痛よりも鋭く俺の胸に突き刺さった。
「うぅ……痛い……足も、心も……」
俺の情けない呻き声は、秋の空に虚しく吸い込まれていった。
10万円どころか、全身の筋肉痛という負債だけが残った運動会だった。
■今回の収支
借金総額:51,300円(変動なし)
得たもの:午前中だけの栄光、身体の限界についての医学的知識
失ったもの:優勝賞金10万円、聖奈さんからの黄色い声援、両足の自由(重度のこむら返り)
【作者あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
チートも基礎体力がなければ使いこなせない!
「楽をするためにも、最低限の努力は必要」という教訓でした。
凡田君の不運(自業自得)に笑っていただけたら、
ぜひ★★(星)とフォローで、凡田君への「救済」をお願いします!
(次回、凡田君が『言語の壁』に挑みますが……やっぱり壁に激突します!)




