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『経理部の魔王』は、チートスキルの貸出人~クールなイケメン氷室先輩と自爆する凡田君のポンコツ社畜コメディ  作者: cross-kei
第02部:日常編

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タイトル未定2026/02/18 01:27

「おい凡田! この資料はなんだ、小学生の作文か! ゴミ箱に捨ててこい! それから聖奈くん、俺のコーヒーまだ? 泥川、お前のその喋り方、耳障りなんだよ!」


 営業第3課に、鼓膜を劈くような怒鳴り声が響き渡る。


 新しく中途採用で着任した悪野わるの部長は、他社で実績を上げたという触れ込みだったが、その本性は最悪だった。


 高圧的な態度、日常的なセクハラとパワハラ。


 着任早々、第3課は地獄と化していた。


 だが、悪野の横暴はそれだけではない。


「悪野部長、深夜にUSBで機密データのエビデンスを吸い出していました。完全にコンプライアンス違反ですよ」

「ああ。俺も外回りの時に見たぞ。あいつ、ライバル企業の担当者と密会してやがった」


 泥川主任と鬼塚課長が、声を潜めて報告する。

 さらに聖奈さんも青ざめた顔で頷いた。


「私、もうあの人と同じ空気吸うのも限界です……。みんなで協力して、決定的な証拠を掴みましょう!」


 普段はいがみ合う同期入社メンバーだが、今回ばかりは完全に意見が一致していた。

 俺たちは固い結束のもと、悪野の不正を暴くための隠密作戦を開始した。


   * * *


 決行は翌日の昼休み。

 ターゲットは、悪野のPC内に隠された不正アクセスのログデータだ。


「部長、第一会議室のプロジェクターの調子が悪くて……少し見ていただけませんか?」


 まずは聖奈さんがオトリとなり、涙目で悪野に助けを求めて席から引き剥がす。

 セクハラ気質の悪野は「まったく、君は俺がいないとダメだな」と鼻の下を伸ばしてついて行った。


「よし、今のうち! ミーのスキルで、パスワードをクラッキング!」


 すかさず泥川主任が悪野のPCに張り付き、猛烈な速度でキーボードを叩き始めた。


 しかし、悪野はすぐに会議室の異常がないことに気づき、苛立った足取りでオフィスへ引き返してこようとする。


「部長! お疲れ様です! 実はこの前の大型案件のスキームなんですが、どうしても部長の高次な視点からのアドバイスを頂きたく!」


 廊下で待ち構えていた鬼塚課長が、必死の形相で悪野の前に立ち塞がり、どうでもいい相談を持ちかけて時間稼ぎをする。


「ええい、後だ後! 俺は今忙しい!」

「そこをなんとか! 部長の才覚が必要なんです!」


 強引に振り切って進もうとする悪野。

 その先には、まだデータコピーを続けている泥川主任がいる。

 マズい!


「ああっ! すみません部長! 手が滑って!」


 俺は廊下の角から飛び出し、抱えていた大量のシュレッダーゴミを悪野の目の前に盛大にぶちまけた。


「きさまぁ! 何をしている凡田! 早く片付けろ!」

「す、すみません! 今すぐ拾いますから、ちょっと通らないでください!」


 俺は床に這いつくばり、悪野の足に纏わりつくようにして必死に通路を塞いだ。


 その時だった。


「やあ、凡田君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」


 騒ぎの最中、俺の背後に黒いスーツを着こなした氷室先輩が立っていた。

 赤い手帳を開き、前髪の隙間から覗く鋭い瞳で、床に這いつくばる俺を冷たく見下ろしている。


「せ、先輩! すみません、今は無理です!」


 俺はゴミをかき集めながら、必死に叫んだ。


「俺、今、チート能力(手帳)なんかじゃなく……自分の力で、みんなと協力して『努力』してるんです! 俺たちの居場所を守るために!」


「……ほう」


 先輩は、俺の言葉にわずかに眉を動かした。


 その視線の先には、廊下で必死に悪野を引き留める鬼塚課長、遠くで安堵の息を吐く聖奈さん、そして「データコピー完了!」とガッツポーズをする泥川主任の姿があった。


 先輩は静かに手帳を閉じると、ほんのわずかに口角を上げた。


「……今日は、取り立てる空気ではなさそうだな。せいぜい、己の職務を全うしたまえ」


 それだけ言い残し、足音もなく去っていく。

 ……気のせいか、俺たちを見守るその眼差しは、いつもより少しだけ優しかったような気がした。


   * * *


 その日の午後。

 俺たちが泥水すする思いで手に入れた完璧な証拠を手に社長に直訴した結果、悪野部長の背任行為は白日の下に晒され、即刻懲戒解雇となった。


 ――キーンコーンカーンコーン――

 オフィスのスピーカーから、業務終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、俺たちの完全勝利だな!」

「ミーたちのシナジーが生み出した、最高のエビデンス!」

「凡田の足止めも、まあ……少しは役に立ったんじゃないか?」

「鬼塚さん素直じゃないですね。凡田さん、すごくかっこよかったです!」


 会社を出た俺たちは、これまでにない達成感と連帯感に包まれていた。

 いがみ合っていた同期たちが笑顔で肩を叩き合っている。

 不覚にも、少しだけ胸が熱くなった。


「よし! 今日は俺のおごりで、朝まで祝勝会だ!」


 歓声を上げながら、俺たちは夜の歓楽街へと歩き出した。


   * * *


 だが、俺たちは気づいていなかった。


 俺たちが通り過ぎた直後。

 暗い路地裏の影で、会社を追われた恨みでどす黒く染まった悪野が、金属バットを握りしめて待ち伏せしていたことを。


「おのれ……! よくも私の計画を……ここで全員、再起不能になるまで叩き潰してやる……!」


 悪野がバットを振り上げ、無防備な俺たちの背後に忍び寄ろうとした、その時。


「――せっかくのハッピーエンドなのに。まったく無粋だな」


 路地のさらに深い闇から、黒いスーツの男が静かに進み出た。

 鋭く冷たい瞳が、悪野の底知れぬ殺意を真っ向から射抜く。


「なんだ貴様! 邪魔をするなら、お前から……!」


 悪野がバットを振り被った瞬間、その男は手にした赤い手帳のページを、静かに一枚破り捨てた。


「チートスキル『善悪反転モラル・リバーサル』効果時間は、無期限。」


 淡い光が悪野を包み込んだ。

 カラン、と乾いた音を立ててバットが地面に落ちる。


「……はっ! わ、私はなんて恐ろしいことを……! 会社を裏切り、あまつさえ罪なき人たちを傷つけようとするなど、万死に値する行為だ!」


 悪野は突如としてその場に崩れ落ち、大粒の涙を流して懺悔を始めた。

 極悪人だった悪野の倫理観が完全に裏返り、清く正しく美しい「善野」さんに改心した瞬間だった。


「私は生まれ変わりました……! これからは、絶対的な『善』のためにこの身を捧げます! まずは、アフリカで井戸を掘ってきます!」


 泣き叫びながら、善野は夜の街路を空港の方向へと猛ダッシュで走り去っていった。


嵐のように去っていった善野の背中を、男はただ無言で見送っていた。


「……ふむ」


 男は、遠くの居酒屋に吸い込まれていく後輩たちの楽しげな背中を、静かに見守っていた。


「たまには、ああいう非生産的な努力も悪くないだろう」


 暗がりの中、男は誰にも見せないかすかな笑みを浮かべ、夜の闇へと溶けていった。


■今回の収支

借金総額:51,300円

得たもの:同期との確かな絆、泥臭く勝利を掴み取った達成感

失ったもの:なし(今回ばかりは、凡田君も何も失わなかった)

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