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『経理部の魔王』は、チートスキルの貸出人~クールなイケメン氷室先輩と自爆する凡田君のポンコツ社畜コメディ  作者: cross-kei
第02部:日常編

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第24話:チートスキル『至高の料理人(マスター・シェフ)

「料理が出来る男性って、なんだか魅力的で素敵よね」


 給湯室から戻ってきた聖奈さんの同僚女性社員との何気ない一言が、営業第3課の空気を一変させた。


 その言葉を聞き逃さなかった鬼塚課長が、バンッとデスクを叩いて立ち上がる。


「俺もそう思う! よし、明日の昼休みは営業3課の男子社員全員参加で『第1回・営3手作り弁当ブラインド審査会』を開催する! 審査員は聖奈たち女子社員だ!」

「ミーも完全アグリーです!」


 泥川主任が前髪をかき上げながら、滑り込むように賛同した。


「フッ、言っておくが俺は学生時代、銀座の高級寿司屋でバイトをしていた。魚の目利きはプロ級、マグロだって釣り上げて自分で一本捌ける男だ。お前ら、覚悟しておけよ」


 鬼塚課長が腕を組んでドヤ顔を浮かべる。


「ノンノン。ミーだって負けませんよ。毎月、西麻布の高級フレンチシェフが主宰するシークレットな料理教室にコミットしていますからね」


 泥川主任も不敵に笑う。


(料理教室に『通っているだけ』という噂だが、知識だけは無駄に豊富だ)


 周囲の男子社員たちが「マジかよ」「勝てるわけないだろ……」とどよめく中、俺、凡田は自席で静かに絶望していた。


 料理? 俺の辞書において、料理とは「お湯を注いで3分待つ」か「レンジで5分温める」の二択である。


 包丁など引っ越し以来ダンボールから出した記憶すらない。


 だが、ここで逃げれば聖奈さんからの好感度は地に落ち、鬼塚課長たちからは未来永劫「非生産的な男」としてマウントを取られ続けるだろう。


 敗北の予感が全身を包み込んでいた。


「どうすれば……俺も料理男子としてチヤホヤされたい……」


 他の男性社員を呪殺するしかないかと諦めかけた、その時だった。


「やあ、凡田君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」


 静謐な声とともに、黒いスーツを完璧に着こなした氷室先輩が背後に立っていた。


 手にはいつもの赤い手帳が握られていた。


「先輩! 助けてください! 俺、料理のスキルを身につけて、マドンナの胃袋を掴みたいんです! 健康な肉体は美味しい料理から作られます。料理上手なら、健康的な肉体で『努力』もはかどるはずなんです」


 俺は這いつくばり、先輩の磨き上げられた革靴にすがりついた。


「……ほう」


 氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、赤い手帳のページをめくりはじめた。


 ピリッ、と一枚の紙片を破り取り、俺の目の前に差し出す。


「チートスキル『至高の料理人マスター・シェフ』。制限時間は3時間。このスキルを使えば、凡田君の肉体は、異世界で料理だけで成り上がる主人公クラスの技術が宿る」

「うぉー。料理の神が、今まさに舞い降りた……!」

「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」


 先輩は冷静な口調で忠告を残し、風のように去っていった。


   * * *


 その日の夜。


 俺は近所のスーパーに走り、スキルを使って完璧な食材を見繕った。


 しかし、見栄を張って最高級のA5ランク和牛やキャビアに全財産をつぎ込んだため、見栄えの良い弁当箱を買う金がなくなってしまった。


 仕方なく、戸棚にあった全く同じ「100均の無色透明なタッパー」を二つ用意した。


 チートスキルの紙片を破った瞬間、脳内に膨大なレシピと食材の知識が流れ込み、両手が勝手に動き始める。


「す、すげえ!」


 タマネギの極細微塵切り。


 肉の完璧な筋切り。


 フライパンの絶妙な温度管理。


 完成したのは、色鮮やかな野菜のテリーヌに、低温調理されたローストビーフが添えられた、宝石箱のような最高級弁当だった。


「俺、天才じゃん! これで明日は出世も聖奈さんの胃袋も俺のものだ!」


 調子に乗った俺は、ふとまな板の横に残った端材――野菜のヘタや、筋張った肉の切れ端――に目をやった。


「もったいないな。明日の自分用の朝飯として炒めておくか」


 ちょうどその時、チートスキルの制限時間が切れ、極度の集中状態から解放された反動で、ひどい二日酔いのような猛烈な疲労感と思考の低下が襲ってきた。


 朦朧とする意識の中、俺は残った端材をフライパンにぶち込み、醤油とソースと謎のスパイスをドバーッと投入して強火で炒めた。


 結果、真っ黒に焦げた消しゴムのような「ダークマター」が完成した。


 俺はひどい頭痛に耐えながら、それをタッパーに詰め、冷蔵庫にしまうと、そのまま泥のように深い眠りに落ちてしまった。


   * * *


 翌日。


 営業第3課、昼休み。


 会議室のテーブルには、男子社員たちが匿名で持ち寄った色とりどりの弁当が並べられていた。


 聖奈さんを含む女子社員たちが審査員として、次々と弁当を評価していく。


 鬼塚課長の作った「男の豪快・海鮮ミルフィーユ寿司」、泥川主任の「オーガニック・キヌアとアボカドのイノベーション・サラダ」。


 どちらもプロ顔負けの出来栄えに、女子たちから歓声が上がる。


 そして、いよいよ俺の弁当の番。


(フフフ、雑魚どもよ驚け。俺の至高のフレンチ弁当のパンドラの箱がついに開く……!)


「では、こちらを開けますね」


 聖奈さんが、俺が持参したタッパーのフタを開けた。


 ――その瞬間、会議室に鼻を突くような硫黄と焦げた醤油の異臭が立ち込めた。


「……えっ?」


 審査員の女子社員たちが一斉に息を呑み、後ずさる。


 タッパーの中には、野菜のテリーヌでもローストビーフでもなく、原形を留めない漆黒の炭化物が、どす黒い油の沼に沈んでいた。


 もはや食べ物ではなく、魔界のヘドロと呼ぶべき代物だった。


「な、なんだこの産業廃棄物は!」

「オーマイガー! 視覚と嗅覚へのハラスメントですよ!」


 鬼塚課長と泥川主任が悲鳴を上げる。


「あ、あれ……?」


 俺は血の気が引くのを感じた。


(やっちまった……!)


 間違いない。


 朝、疲労で寝ぼけたまま冷蔵庫から掴み出したのは、本命のフレンチ弁当ではなく、昨夜自力で作った「余り物の残骸タッパー」の方だったのだ。


 ケチって同じタッパーを使ったことと、スキルの反動が、最悪の形で裏目に出た。


 結果は言うまでもない。


 ぶっちぎりの圧倒的最下位である。


(俺の評価は地の底へ落ちた……)


「誰だこんなバイオテロ仕掛けたやつは! つーか凡田、お前顔面蒼白じゃねえか!」

「アグリーです! 凡田クンの仕業というエビデンスが顔に出ていますよ!」


 大爆笑する上司たちと、完全にドン引きして遠巻きにする女子社員たちの中で、俺は崩れ落ちた。


 終わった。


 俺の天才料理人としての人生は、はじまった瞬間に終わった。


 だが、周囲の冷ややかな視線の中、聖奈さんだけがそっと俺の隣に歩み寄ってきた。


 そして、地獄の釜の底のような惨状を前にしても嫌な顔一つせず、俺の耳元に顔を近づけ、甘い香りと共に密やかに囁いた。


「ふふっ。凡田さん、一生懸命作ってくれたんですね。……今度、私がお料理教えてあげるね」

「聖奈さん……!」


 圧倒的な敗北感の中、周囲には聞こえない二人だけの秘密のやり取り。


 その女神のような振る舞いに、俺は思わず涙をこぼした。


 会議室のドアの隙間から、その一部始終を見ていた氷室先輩は、赤い手帳に何かを書き込みながら静かに呟いた。


「どれほど完璧な『仕込み』をしようと、最後の『提供』を誤れば全てはゴミになる。ビジネスも料理も同じだな、凡田君」


 呆れたような、しかしどこか教訓を与えるような視線を残し、黒スーツの男は足音もなく去っていった。


■今回の収支

借金総額:51,300円

得たもの:聖奈さんからの秘密の料理指導の約束、黒焦げのダークマター

失ったもの:料理男子としての見栄、同僚からの最低限の尊敬、最高級の食材

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