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『経理部の魔王』は、チートスキルの貸出人~クールなイケメン氷室先輩と自爆する凡田君のポンコツ社畜コメディ  作者: cross-kei
第02部:日常編

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第22話:チートスキル『絶対序列(ランク・オーバーライド)』

「凡田! 貴様、この現状をどう責任取るつもりだ!」


 営業三課のフロアに、鬼塚課長の怒号が響き渡った。

 俺、凡田は、直立不動で冷や汗を流していた。


「は、はい……ですが課長、妹さんのWeb小説のランキングが上がらないのは、俺のせいでは……」


「口答えするな! 俺の可愛い妹、クリスタル鬼塚が執筆した『異世界転生したらスライムの粘液まみれだった件』が、投稿サイト『ヨミカキ』で圏外なんだぞ!」


「(タイトルからして地雷臭しかしない……)」


「ミッションはトップ10入りだ。もし達成できなければ、貴様の営業エリアを『樹海』に変更する」


 横から、泥川主任が割り込んでくる。


「ミーもアグリーですね。凡田クン、これは妹さんのモチベーションという名のシナジーを高めるための、クリティカルなアサインメントだよ。エビデンスとして結果を出してくれたまえ」


 中身のない横文字を並べる上司たちに囲まれ、俺は絶望した。

 樹海行きを回避するには、神頼みしかない。


 俺が給湯室で頭を抱えていると、不意に背後から、冷蔵庫のような冷気が漂ってきた。


「やあ、凡田君。随分と『低い位置』で悩んでいるな」


 振り返ると、そこには黒いスーツを完璧に着こなした経理部の魔王、氷室先輩が立っていた。

 手にはいつもの赤い手帳がある。


「ひ、氷室先輩! 借金の催促ですか……?」

「そうだ、借金の催促だ。累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」

「む、無理です! それどころか樹海送りのピンチで……!」


 俺は事情を説明した。

 理不尽な業務? 命令と、鬼塚課長の妹の小説を救うための「努力」が必要なことを。


「……なるほど。システム上の数値を動かしたい、と」

「はい! 俺は、埋もれた才能を世に出すための『努力』がしたいんです! それはきっと、おそらく、多分、俺の営業力強化にもつながるはずですっ!」


 俺が「努力」という言葉を強調すると、先輩はわずかに口角を上げた。


「……ほう」


 氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、赤い手帳のページをめくりはじめた。


「このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」


 先輩が手帳から引き抜いたページが、光となって俺のスマホに吸い込まれる。


チートスキル:『絶対序列ランク・オーバーライド

効果:指定した二つの対象の「順位」や「内容」を入れ替える。物理的な強さや中身は変わらないが、ランキングを入れ替えた場合は、特に周囲の「扱い」が劇的に変化する。


「対象の『中身』は変わらない。あくまで入れ替えるだけだ。扱いが変われば、相応の振る舞いが求められる。心して使うことだ」


 先輩はそう言い残し、給湯室から去っていった。

 俺は早速、スマホで小説投稿サイト『ヨミカキ』を開く。

 現在1位の超人気作『勇者の俺がハーレム王』と、圏外のクリスタル鬼塚の作品を視界に収める。


「頼む……! スキル発動!」


 念じた瞬間、画面が歪み、1位の座に『異世界転生したらスライムの粘液まみれだった件』が鎮座した。

 鬼塚課長は大喜びで、俺の樹海行きは回避された。


 だが、ここで終わる俺ではない。


 俺はふと、オフィスの壁に貼られた『今月の営業成績グラフ』を見た。

 1位はエリート社員・神宮寺。最下位は、俺。

 中身が変わらなくても、順位さえ1位になれば、扱いが変わるはずだ。


「スキル発動……『絶対序列』ッ!」


 電子掲示板の表示が書き換わる。

 1位:凡田。最下位:神宮寺。


 その瞬間、オフィスがざわめいた。


「おい見ろよ、凡田が1位だぞ!?」


 泥川主任が飛んでくる。


「アメイジング! 凡田クン、今まで爪を隠していたんだね! このリザルトは、まさにトップパフォーマーの証だ!」


 ここまでは計画通りだった。

 しかし、泥川主任の言葉が俺を凍りつかせた。


「では、トップパフォーマーの『義務』を果たしてもらおうか。今から役員会議で、君の『革新的な営業手法メソッド』を発表してもらう。さあ、行こう!」


 俺は会議室へ強制連行された。ズラリと並ぶ重役たち。


「さあ、凡田君。君の1日のスケジュールと行動指針を教えてくれ」


 社長が期待の眼差しを向けてくる。

 やばい。俺の昨日のスケジュールは「公園で鳩に餌やり(4時間)」だ。

 これを言ったら殺される。


 そうだ! スキルで、俺の脳内にある「鳩への餌やり」の行動スケジュールを別の内容に入れ替えればいい!


 俺は、たまたまスマホに表示されていた「ランキング1位の小説(鬼塚課長の妹の作品)の主人公の行動スケジュール」と、俺の「行動スケジュール」の序列を入れ替えた。

 営業の鬼とも言われる鬼塚課長の妹さんの作品の主人公なら、きっと素晴らしい英雄的な行動が書かれているはずだ!


「えー、私の昨日の営業活動報告ですが……こちらになります!」


 俺は自信満々にスクリーンにスマホ画面を投影した。

 そこに表示されたのは――


【09:00】 ギルドに行く。受付嬢のエルフの尻を凝視。

【10:00】 ギルマスの指示で、地下ダンジョンへ向かう。

【13:00】 地下ダンジョンにて、スライムの粘液を採取。

【15:00】 触手責めの実践と研究。


 会議室が、死のような静寂に包まれた。


 やってしまった。物語だけでなく、主人公の行動まで「クリスタル鬼塚の小説は、地雷」だった。


「……ぼ、凡田君?」


 社長が震える声で尋ねる。


「こ、これは……?」


 絶体絶命。


 しかし、ここで引けば終わりだ。

 俺は泥川主任の顔を見た。彼は「何か言え!」という目で俺を見ている。

 俺は腹を括った。


「こ、これは高度な『メタファー(隠喩)』です!」

「メタファー?」

「はい! スライムの粘液とは……そう、顧客との『密着度』を表しています! 触手責めとは、あらゆる角度から顧客のニーズを探る『多角的アプローチ』のことです!」


 苦し紛れの嘘。しかし、泥川主任が食いついた。


「な、なるほど! エクセレント! つまり君は、顧客に対して『スライムのように粘り強く』『触手のように絡みつく』営業を行ったわけか! これぞパラダイムシフト!」


 まさかの高評価。社長も深く頷いた。


「うむ……確かに、最近の若手には粘り強さが足りない。凡田君のこの『触手・スライム粘着営業』こそ、我が社に必要な精神かもしれん!」


「え?」


「よし、決定だ! 来月から全社一丸となって、この『触手営業』を導入する! 凡田君、君は『触手リーダー』として、全社員にその粘液……いや、極意を指導してくれ!」


 は?

 俺が? おっさんたちに? 触手の指導を?


「いや、あの、それは……」

「謙遜するな! まずは手始めに、私にその『粘着アプローチ』を見せてくれ!」


 社長が立ち上がり、俺に迫ってくる。

 地獄だ。

 嘘を真実に変えるため、俺は今から社長に粘り気のあるハグ(触手風)をしなければならないのか?


 その時、会議室の扉が開いた。


「失礼します。経理部です」


 救世主、氷室先輩だ!


「ひ、氷室先輩! 助け……!」


 先輩は、俺と社長の間の微妙な空気と、スクリーンに映る「触手責め」の文字を一瞥した。

 そして、顔色が青ざめた。


「……不潔です」


 先輩は極度の不衛生嫌い。特に「粘液」とか「触手」とか、生理的に無理なタイプだ。


「凡田君。君の提示した予算案だが、『ローション代』と『触手コスプレ費』は経費として認められない。即刻却下だ」

「えっ、いや、これは……」

「それと、社長。そのような不衛生な営業活動を強要する場合、労働基準法および公衆衛生法に基づき、経理部として監査に入らせていただきますが?」


 氷室先輩の絶対零度の視線に、社長が「ひっ」と声を上げて後ずさる。

 場の熱狂が一瞬で冷めた。

 泥川主任が掌を返したように叫ぶ。


「ミーもそう思っていたよ! 触手なんてナンセンス! 凡田クン、君の妄想には付き合いきれないね!」


 梯子を外された俺は、ただの「触手好きの変態社員」として一人取り残された。


 ――夕暮れの給湯室。


「……あの、先輩。助けてくれて、ありがとうございました」

「勘違いするな。私は単に、会社の経費でヌルヌルした液体が購入されるのを防ぎたかっただけだ」


 先輩は手帳を開き、ペンを走らせる。


「今回の収支だが……借金総額に変更はない」

「えっ、本当ですか!?」

「ああ。ただし、君が役員会議でプレゼンした『触手リーダー』の称号は、社内報に掲載されたようが。それが君への『罰』になるだろう」

「やめてぇぇぇ! それこそ社会的死デスですよ!」


 先輩は、ほんの少しだけ楽しそうに口元を緩め、去っていった。

 俺の背中には、翌日から「ヌルヌル凡田」という、誰も望まない二つ名が刻まれることになった。


 ――キーンコーンカーンコーン。

 定時のチャイムが、俺の新たな(そして不名誉な)称号の誕生を祝うように鳴り響いた。


■今回の収支

借金総額:【51,300円】(変動なし)

得たもの:社内あだ名「ヌルヌル凡田」、「触手リーダー」の称号

失ったもの:まともな社会人としての尊厳、女子社員からの生理的な好感度(マイナス限界突破)

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