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『経理部の魔王』は、チートスキルの貸出人~クールなイケメン氷室先輩と自爆する凡田君のポンコツ社畜コメディ  作者: cross-kei
第02部:日常編

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第21話:チートスキル『自動筆記(オート・ライター)』

 ――キーンコーンカーンコーン――

 オフィスのスピーカーから、業務終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「おい、凡田クン。ちょっとウェイトだ」


 帰宅の準備を始めた瞬間、粘着質な声が俺を呼び止めた。

 振り向くと、営業3課の泥川どろかわ主任が、分厚い紙の資料の束を俺のデスクに「ドン! 」と積み上げているところだった。


「ド、泥川主任……なんですかこれ」

「今月のセールス・レポートだよ。ミーはこれから鬼塚課長と会食だからさ。凡田クン、この紙の資料を全部まとめておいてくれよ。明日の朝イチでチェックするから」

「はあ!? これ全部ですか? 明日までなんて無理ですよ!」

「ノンノン。無理かどうかは『マインド』の問題だよ。君には『コミットメント』が足りないんじゃないかな? ちゃんと数字という『エビデンス』を出してくれよ。じゃ、頼んだよ」


 泥川主任は自分の革靴のつま先を気にしながら、颯爽とオフィスを出て行ってしまった。

 残されたのは、高さ30センチはある未整理の伝票と紙の資料の山。


「ふざけんなよ……! 俺、今日こそ定時で帰って、録画した『楽して大金持ちベスト1000大発表』の特番見るつもりだったのに!」


 絶望で机に突っ伏す俺。

 これだけの紙の資料を手書きで集計して、報告書にまとめるなんて、徹夜しても終わらない。

 手首が腱鞘炎になる未来しか見えない。


「……はあ。いまどき紙かよ。楽して一瞬で終わらせる魔法でもありゃいいのになぁ」


 俺が虚空に向かって嘆いた、その時だった。


「随分と景気のいい独り言だな」


 心臓が跳ね上がった。

 いつの間にか俺のデスクの横に、黒いスーツを着こなした氷室先輩が立っていた。

 手にはいつもの赤い手帳。

 今日も今日とて、足音ひとつ立てずに現れた。


「ひ、氷室先輩……! 驚かせないでくださいよ」


 先輩は赤い手帳を眺めながら、静かに告げる。


「やあ、凡田君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」


 先輩は涼しい顔で手帳を読み上げる。

 俺は涙目で資料の山を指さした。


「見てくださいよこれ! 泥川の野郎、自分の仕事を全部俺に押し付けてきやがったんです! こんなの終わるわけない……借金返すどころか、過労で死んじゃいますよ! 先輩、なんとか助けてください!」

「ほう……」


 氷室先輩は眼鏡のない端正な顔を少し歪め、資料の山を見下ろした。

 そして、パラパラと赤い手帳をめくり始める。


「確かに、これは一人の人間が一晩で処理する量ではないな。理不尽な業務命令には同情する」

「でしょ!? だから、こう……パパッと終わらせる便利なスキルとか……」

「……凡田君。これを終わらせるための『努力』をする気はあるのか?」

「あります! めちゃくちゃありすぎます! ただ、物理的に手が追いつかないだけなんです!」


 俺が必死に訴えると、先輩は一つ頷き、手帳のページを破り取った。


「いいだろう。その『努力』を効率化するスキルを貸そう」


 先輩が俺の額に紙片を貼り付けると、カッと熱い光が走った。


「これは『自動筆記オート・ライター』。ペンを持った手を机に置けば、君の脳内にある知識と目の前の資料をリンクさせ、最適な文章を自動かつ高速で記述してくれるスキルだ」

「す、すげぇ! 勝手に手が動いて書いてくれるんですか!?」

「ああ。ただし、注意点が一つ。このスキルは君の『思考』をダイレクトに文字にする。作業中は余計なことを考えず、報告書の内容だけに集中するんだ。いいな?」

「了解です! 全集中の……いや、全神経を研ぎ澄まして集中します!」


 先輩は「ルールを守って正しく使うようにな」と言い残し、給湯室の方へと消えていった。


 俺は早速、ボールペンを握りしめてレポート用紙に向かった。

 スキル発動を念じると――右手が勝手に動き出した!


『〇〇年度 第3四半期 営業報告書』


「うおっ、はっや!」


 俺の右手が残像が見えるほどの速度で走り、正確無比な文字を刻んでいく。

 資料をパラパラとめくるだけで、内容が脳に入り込み、即座に要約されていく感覚。

 これなら30分……いや、10分で終わるぞ!


「へへっ、これぞ才能の無駄遣い! 泥川主任め、明日の朝、完璧なレポートで度肝を抜いてやるぜ」


 順調に進む作業。

 しかし、人間というのは贅沢な生き物だ。

 あまりにも順調すぎて、開始5分で俺は退屈し始めた。


(……これ、俺が手を見てる必要なくないか? 脳と直結してるんだろ?)


 右手が勝手に動いている間、左手でスマホをいじるくらいなら許されるはずだ。

 俺はポケットからスマホを取り出し、SNSを開いた。


「おっ、今日の『鬼滅の豆』の考察記事あがってるじゃん。へー、なるほどなー」


 スマホ記事に夢中になる。

 右手は相変わらず猛烈な勢いで動いている。

 すげぇ、完全に並列処理できてる。

 俺、天才か?


(泥川の野郎、いつも『エビデンス』とか言ってるけど、あいつの髪型こそ『エビ』みたいデンス……プッ)


 主任のテカテカした顔を思い浮かべてほくそ笑む。

 思考がどんどん脱線していく。

 深夜のオフィス、誰もいない解放感。

 次第に俺のまぶたは重くなっていった。


(……あー、眠い。右手は動いてるし、ちょっとくらい寝ても……レポート……完璧……むにゃ……)


 俺は机に突っ伏し、意識を手放した。

 右手が、狂ったような速度で動き続けていることにも気づかずに。


   ◇


「――おい! 起きろ凡田クン!」


 バン! と机を叩く音で飛び起きた。

 窓の外はすでに明るい。

 目の前には、出社してきた泥川主任が腕を組んで立っていた。


「うわっ! あ、おはようございます泥川主任!」

「おはようじゃないよ。頼んでいた『タスク』は完了しているのかい?」

「ええ、もちろん! 完璧ですよ!」


 俺は自信満々で、机の上に積み上がったレポートの束を差し出した。

 厚さは十分。

 文字もびっしり。

 我ながら完璧な仕事ぶりだ。


「ほう……分量は『サティスファクション』だね。どれ」


 泥川主任がレポートの一枚目を手に取る。

 俺はドヤ顔でその反応を待った。

 しかし、読み進める主任の顔が、みるみるうちに赤黒く変色していく。


「……凡田クン」

「はいっ! 出来栄えはどうですか?」

「これは……どういう『ジョーク』だい?」


 主任が震える手でレポートを俺に突きつけた。

 そこに書かれていたのは、営業報告ではなかった。


『第1章:泥川の頭皮における植生分布と砂漠化の相関関係について』


「は?」


 俺は慌てて2枚目、3枚目をめくった。


『考察:なぜ泥川の一人称は「ミー」なのか。古い海外ドラマの悪役への憧れか、単なる中二病か』

『提案:経費削減のため、泥川の無駄に長い横文字トークを禁止し、日本語の使用を義務付けるべきである』

『追記:あー、羊羹食いたい。氷室先輩の机に入ってるやつ盗み食いしたらバレるかな』

『妄想:聖奈さんと無人島に漂流したら、俺が火起こし係で……』


「ぎゃああああああああああああ!」


 報告書じゃない!

 これ、俺が寝落ちする直前の雑念と、寝ている間に見ていた夢日記だ!

『自動筆記』は俺の脳内情報をダイレクトに出力し続けていたのだ!


「き、君という男は……ミーを……ミーをこれほど『ディスリスペクト』するとは……!!」

「ち、違います! これは誤解で……いや、潜在意識の暴走で……!」

「鬼塚課長――ッ! 凡田クンが!! 始末書ものです!!」


 顔を真っ赤にした泥川主任が、レポートを鷲掴みにして課長席へ走っていく。

 終わった。

 社会的に、完全に、終わった。


「……やれやれ」


 騒ぎの裏で、いつの間にか給湯室から出てきた氷室先輩が、コーヒー片手に溜息をついていた。


「思考を文字にするスキルで、思考を垂れ流してどうする。……今回の失態は、給与査定という形で返済してもらうことになるだろうな」


 先輩は手帳に何かを書き込むと、静かに去っていった。

 俺の悲鳴だけが、朝のオフィスに虚しく響き渡った。


■今回の収支

借金総額:51,300円(変動なし)

得たもの:自分の最低な潜在意識の可視化、100ページに及ぶ泥川主任への悪口論文

失ったもの:泥川主任からの信頼、人事考課、安眠

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