第18話:チートスキル『肉体編集(ステータス・エディット)』
「はぁ……終わった。俺の人生、これにて終了」
営業三課のデスクで、俺、凡田は頭を抱えていた。
手元にあるのは、先日行われた健康診断の結果通知書。
そこには無慈悲にも『要再検査』の文字が赤く印字されている。
特に肝機能の数値が壊滅的だ。
健康診断前日は22時から絶食というルールに対し、21時59分に駆け込みで「ギリギリセーフ」と判定し、安酒と揚げ物、デザートを大食いしたのが祟ったらしい。
「ヘイヘイ、凡田クン。何をブルーになってるのさ?」
声をかけてきたのは、向かいの席の泥川主任だ。
今日も今日とて、中身の薄いカタカナ語を乱発する意識高い系(偽)である。
「ミーなんて見てよ。この完璧なボディ・マネジメント。毎朝のスムージーとジムでのワークアウトで、全てのエビデンスがA判定さ。ビジネスパーソンにとって、ヘルスケアは基本のキ、アグリー?」
うざい。
絶望的にうざい。
だが、言い返せないのが悔しい。
再検査で悪い結果が出て、最悪、入院なんてことになれば借金返済どころではなくなる。
「……あーあ。数値だけチャチャッと書き換えられたら楽なんだけどなぁ」
現実逃避気味に天井を仰いだ、その時だった。
「――ならば、その数値を『努力』で改善したらどうなんだい?」
背後から冷ややかな声が降ってきた。
振り返ると、そこには黒いスーツを完璧に着こなした経理部の魔王、氷室先輩が立っていた。
いつものように赤い手帳を開いている。
「せ、先輩! い、いつの間に!」
「やあ、凡田君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」
先輩は表情一つ変えずに、定型文を告げる。
俺は藁にもすがる思いで食いついた。
「へ、返済したいのは山々なんですが、このままだと健康診断の再検査で引っかかって、入院確定。入院中は回復に専念する必要があり努力できません! 健康じゃなきゃ働けないですし、働けなきゃ返済もできない! つまり、俺が健康でなければ、返済のための『努力』ができないんです!」
「……ほう」
俺の必死の詭弁を聞き、先輩は手帳のページをパラパラとめくる。
「資本となる身体のメンテナンス。それを怠ったツケを、安易な手段で清算しようという考えは感心しないが……『健康でなければ努力ができない』という点においては、一理ある」
先輩は一枚のページを破り、俺に差し出した。
「チートスキル『肉体編集』。自身の肉体パラメータを数値として視覚化し、自由に割り振ることができる能力だ。これで弱い部分を一時的に補い肉体を健康化すれば、真の健康を手に入れるための努力が、効率よくできるだろう」
「す、すげぇ! ゲームみたいにステータスを変えられるんですよね!?」
「そうだ。このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」
そう言い残すと、先輩は「あと、そこの給湯室にネズミ捕りを仕掛けておいてくれ。気配がして落ち着かない」と眉をひそめながら、足早に去っていった。
相変わらず小動物への恐怖心が異常だ。
俺は早速、トイレの個室に駆け込み、スキルを発動させた。
目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
【氏名:凡田 状態:不健康(肝機能低下、内臓脂肪過多)】
【STR(筋力):15 VIT(耐久):10 INT(知力):3……】
「うわ、知力ひっく! 一桁かよ! そして肝臓の数値、真っ赤じゃん」
俺はニヤリと笑った。
これを操作すれば、再検査なんて余裕でクリアできる。
俺は手始めに、今の俺には無駄に高い『金銭欲』や『出世欲』のポイントを削り、それを全て『肝機能』と『代謝』に割り振った。
「よし、ガンマGTPを下げて……いや、待てよ?」
ここで俺の悪知恵が働く。
ただ正常値に戻すだけじゃ面白くない。
どうせなら、今後いくら酒を飲んでも二日酔いしない最強の肝臓にしておけば、飲み会でも無双できるし、接待で評価も上がるんじゃないか?
「『努力』して最強の肉体を手に入れる……これぞ意識高い系!」
俺はスライダーを限界まで動かした。
さらに、余ったポイントで『肌ツヤ』や『フェロモン』といった無駄なパラメータも少し上げておく。
「完璧だ。これで俺は、生まれ変わった! スーパー地球人・凡田の誕生だっ!」
◇
数日後。
再検査の日。
俺は自信満々で病院を訪れていた。
身体の調子はすこぶるいい。
朝起きても体が軽いし、肌もツルツルだ。
待合室にいる看護師さんの視線も、なんだか熱い気がする(※フェロモン効果)。
採血を終え、診察室に呼ばれる。
医師は検査結果のシートを凝視したまま、小刻みに震えていた。
「……ぼ、凡田さん」
「はい! どうですか先生、完璧な数値でしょう?」
俺はドヤ顔で身を乗り出した。
医師はゆっくりと顔を上げ、信じられないものを見る目で俺を見た。
「……ありえません」
「へ?」
「肝機能の数値が……測定不能を振り切っています。通常の人間が『5』だとしたら、あなたの数値は『53万』です」
「『53万』って……ほっほっほっ、冗談を言うなら殺しますよ。って言いそうな、宇宙の帝王かよ!」
「冗談ではありません! さらに、血液中のアルコール分解酵素の働きが、もはや生物学的反応を超えています。あなたの血液一滴で、ウィスキーの樽一本を瞬時に真水に変えるほどの分解能力……これはもはや、肝臓というより『有機化学プラント』です!」
え。
やりすぎた?
「それに、代謝機能も異常です。摂取したカロリーが瞬時に熱エネルギー変換されている。あなたは今、体温が常に42度あるはずですが、平気なんですか?」
「あ、言われてみればちょっと暑いかも……」
医師はガタッと椅子から立ち上がり、興奮気味に電話をかけ始めた。
「あ、もしもし学会ですか!? 発見しました! 新種です! 外見は人間に酷似していますが、内臓機能が完全に別次元の生命体です! 直ちに隔離施設の手配を! ええ、場合によっては解剖も視野に……!」
「ちょ、先生!? 解剖!?」
「凡田さん、動かないでください! あなたは貴重なサンプルだ! 日本の、いや人類の医学の進歩のために、その身を捧げてください!」
「いやあああああ! ただの再検査だろおおおお!」
診察室に屈強な警備員となぜか防護服を着たスタッフが雪崩れ込んでくる。
俺は必死に抵抗したが、無駄に上げた『フェロモン』のせいで、取り押さえに来た女性看護師に「キャッ♡珍獣さん素敵♡」と強く抱きしめられ、身動きが取れなくなった。
――その時、診察室の隅の影から、氷室先輩が静かに現れた。
「やれやれ。過ぎたるは及ばざるが如し、とは言うが……人間を辞めるほどの『努力』をする馬鹿がどこにいる」
「せ、先輩! 助けて! 俺、人間です! ただの社畜です!」
先輩は呆れたように赤い手帳に何かを書き込みながら、捕獲ネットに入れられる俺を見送った。
「パラメータをいじる前に、まず自分の『常識』というステータスを上げるべきだったな。……まあ、隔離病棟なら酒も飲めないし、健康的な生活が送れるだろう。よかったな、凡田君」
「そんなオチいらな――むぐっ!」
俺はストレッチャーに乗せられ、一般病棟とは逆の、重厚な扉の奥へと運ばれていった。
泥川主任、見てるか。
これが本当の、ボディ・マネジメント(失敗)だ……。
■今回の収支
借金総額:51,300円
(※変動なし。医療費は国の研究費で賄われるため請求なし)
得たもの:新種の生命体としての学術的評価、絶対禁酒の環境
失ったもの:人間としての尊厳、シャバの空気




