第14話:チートスキル『全鑑定(オムニ・アプレイザル)』
――キーンコーンカーンコーン――
オフィスのスピーカーから、業務終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「う、嘘だろ……。これ、縄文時代の土器じゃなくて、ただのプラスチック製植木鉢!?」
定時のチャイムと同時に、俺、凡田の絶望的な悲鳴が営業第3課に響き渡った。
机の下に転がっているのは、週末のフリーマーケットで「国宝級の掘り出し物だ」と太鼓判を押されて3,000円で買ったボロボロの壺。
さっきスマホで画像を検索したら、100円ショップの園芸コーナーで同じものが売られていた。
しかも『電子レンジ不可』って底に書いてある。
土器に電子レンジ対応も何もあるか。
「学習しないねぇ、凡田クン」
粘着質な声と共に、ニヤニヤ顔の泥川主任が近づいてくる。
彼はこれ見よがしに、左腕でギラつく金色の腕時計をチラつかせながら、前髪をかき上げた。
「ビジネスマンにとって最もインポータントなのは『オーセンティシティ(真贋)』を見極める眼力だよ。ミーのように本質をスキャンするアビリティがないと、いつまでもカモにされるだけさ」
泥川主任は、うっとりとした表情で自分の時計を撫でる。
「このロレックスのように、揺るぎない価値を身につけないとね。君のそのチープな壺がお似合いだけど」
ムカつく。
本当にムカつく。
あいつの時計が本物かどうかなんて知らないが、俺に物の価値を見抜く目さえあれば、こんな屈辱は味わわずに済むのに。
「ああ、畜生……。俺も『真実を見抜く目』が欲しい……。楽して儲かるお宝を見つけて、あいつを見返したい……」
机に突っ伏して嘆いていると、不意に背後の気温が氷点下まで下がった気がした。
「やあ、凡田君、借金の催促なんだが、累計、51,300円だな。返済は出来そうなのか?」
心臓が跳ね上がって振り返ると、そこには黒いスーツを完璧に着こなした氷室先輩が立っていた。
涼やかな瞳が、俺と偽物の壺を、汚物を見るような目で見下ろしている。
「ひ、氷室先輩! ち、違うんです、これは市場調査の一環というか……」
俺は慌てて言い訳をしつつ、藁にもすがる思いで先輩に泣きついた。
「お、俺は、真実を知りたいんです! 世の中に埋もれたガラクタの中から真の価値を見出し、それを世に送り出す……そんなトレジャーハンターのような血の滲む『努力』がしたいんです!」
「……ほう」
氷室先輩は、俺の「努力」という言葉にピクリと反応し、赤い手帳のページをめくりはじめた。
「物の価値を正しく評価する。それは経理だけでなく、商売の基本だ。その心意気、認めてやろう」
先輩は赤い手帳を1ページ破り、俺の眉間にピタリと貼り付けた。
「今回貸し出すのは、チートスキル『全鑑定』だ。期限は、本日20時までとしよう」
「オムニ・アプレイザル……! 響きだけで億万長者になれそうです!」
「対象を見るだけで、名称、状態、そして『真の市場価値』が数値化されて見える。ただし、このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。ルールを守って正しく使うようにな」
先輩が指を鳴らした瞬間、俺の視界がデジタル空間のように歪んだ。
世界中のあらゆる物体に、タグのような情報ウィンドウが浮かび上がって見える。
俺はすぐさま、目の前の泥川主任を睨みつけた。
【名称:泥川主任の腕時計】
【ブランド:ROLEXFU(ロレックス風)】
【状態:メッキ剥離進行中・リューズ故障・金属アレルギー誘発物質あり】
【真の市場価値:980円(ディスカウントストア在庫処分品)】
「ぶふっ!」
俺は思わず吹き出した。
あんなに自慢していた時計が、まさかのパチモン。
しかも980円。
さらに「金属アレルギー誘発」って、あいつの手首が赤いのはそのせいかよ。
「凡田クン? 何がおかしいんだい? ミーのステータスに圧倒されたのかな?」
「いえいえ! 主任の『プライスレス』な存在感に感動しただけですよ!」
俺は笑いを噛み殺し、勝利の確信を得て会社を飛び出した。
これさえあれば、世界は俺のATMだ!
◇
会社からの帰り道、俺は駅前で開催されている「ナイト・アンティーク・マーケット」に立ち寄った。
いつもならガラクタにしか見えない古道具の山も、今の俺には宝の山に見える。
薄暗い露店の間を練り歩き、次々と商品を鑑定していく。
【欠けた皿:10円】
【昭和の玩具(復刻版):300円】
【謎の木彫りの熊:0円(粗大ゴミ手数料が必要)】
「ちっ、やっぱり大したもんはないか……ん?」
ふと、ワゴンセールの隅にある、埃を被った紙束に目が止まった。
乱雑に紐で縛られた、古びた手紙や封筒の束だ。
「どうせただの紙くずだろ」
期待せずに視線を向けた瞬間、俺の目の前に黄金色のウィンドウが表示された。
【名称:明治時代の未整理郵便物セット】
【状態:汚れあり(カビ・シミ)】
【真の市場価値:1,200,000円】
「い、いっぴゃくにじゅうまんえんッ!?」
声が裏返った。
心臓が早鐘を打つ。
これだ。
これこそが俺の求めていた一攫千金だ!
俺は震える手でその束を鷲掴みにし、店主に値段を聞いた。
「おじさん、これいくら?」
「あー、それ? 汚いし、まとめて500円でいいよ」
「買ったぁ!!」
500円が120万に化ける。
錬金術だ。
現代のわらしべ長者だ。
俺はホクホク顔で会計を済ませると、興奮を抑えきれず、近くの公園のベンチで戦利品を確認することにした。
「へへへ……さて、何がそんなに高いんだ?」
束を解いて確認する。
中身は、達筆な文字で書かれた古い手紙ばかりだ。
有名な作家の未発表原稿だろうか?
俺は一枚の封筒を手に取った。
そこには美しい筆文字で住所が書かれているが、左上に貼られた切手が全てを台無しにしていた。
茶色く変色し、端が破れ、見るからに汚い。
「うわ、汚ねぇ切手。カビてるし、なんかシミになってるじゃん」
鑑定額は120万。
だが、俺の「商売人」としての勘が囁く。
コレクターというのは状態を気にする生き物だ。
こんなカビた紙切れが貼ってあったら、封筒自体の価値が下がってしまう。
少しでも綺麗にしたほうが、さらに高値がつくはずだ。
「よーし、凡田流メンテナンスだ。この汚い切手を剥がして、封筒をピカピカにしてやる」
俺は慎重に、しかし大胆に、爪でカリカリと古びた切手を剥がした。
カピカピに乾燥していたので、案外ポロリと綺麗に取れた。
「よし、スッキリした! これで見た目もバッチリだ」
剥がした茶色い切手の残骸を「ふっ」と息で吹き飛ばし、夜風に乗せて捨てた。
美しい筆文字がより強調されている。
「ふふ…、これで価値は爆上がり、200万くらいになったか?」
俺はワクワクしながら、再度『全鑑定』を発動し、綺麗になった手元の封筒を見た。
【名称:明治時代の古封筒(切手欠損により価値消滅)】
【状態:破損あり】
【真の市場価値:10円】
「……は?」
思考が停止した。
120万が、10円?
ゼロの数が足りない。
バグか?
「え? 故障? スキルが壊れた?」
俺はパニックになり、慌てて周囲を見渡した。
さっき吹き飛ばした、あの汚いゴミ屑のような切手。
風に舞い、公園の公衆トイレの裏、ドブ川の方へとヒラヒラ落ちていくのが見えた。
俺は急いでその「ゴミ」に視線を集中させる。
【名称:手彫り竜文切手(エラー印刷・極美品)】
【特記事項:現存数枚の幻の切手】
【真の市場価値:1,199,990円】
「……あ」
その瞬間、無慈悲な突風が吹いた。
ヒラヒラと舞い上がった120万円の紙切れは、暗闇の向こう、下水道の側溝の中へと吸い込まれていった。
「ああああああああああああああッ!!!」
俺の絶叫が夜の公園にこだました。
本体は封筒じゃなくて、切手の方だったのかよおおお!
「……実に滑稽だな、凡田君」
不意に、ベンチの隣から聞き覚えのある冷たい声がした。
いつの間にか、氷室先輩が優雅に足を組んで座っていた。
手には缶コーヒーを持っている。
いつものクールな表情だ。
「せ、先輩! い、いつからそこに!?」
「君がその『お宝』を買った時から見ていたよ」
先輩は静かにコーヒーを一口飲む。
「君は表面的な美しさや、分かりやすい部分にしか目を向けない。その『汚い切手』にこそ歴史と価値があったというのに、君は自分の浅はかな物差しでそれを『汚れ』と判断し、排除した」
先輩の言葉が、鋭いナイフのように胸に突き刺さる。
「本物を見る目というのは、スキルの有無ではない。対象への知識と敬意だ。それを怠った君には、10円の封筒がお似合いだよ」
「そ、そんなぁ……120万がああ……」
俺はその場に崩れ落ちた。
手元に残ったのは、ただの古い紙切れと、500円の損失、そして虚しさだけだった。
「さて、時間だ。スキルの効果がそろそろ切れるぞ」
俺の視界から数値が消えた。
夜空を見上げると、月だけがやけに綺麗に輝いていた。
あれは鑑定するまでもなく、プライスレスな輝きだった。
……いや、今の俺にはただの光る丸い物体にしか見えない。
■今回の収支
借金総額:51,300円(変動なし)
得たもの:知識がないのに手を出すと痛い目を見るという教訓
失ったもの:フリマでの購入費500円、120万円の逸失利益、立ち直れないほどの精神的ダメージ




