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◆9 一体いつからフリーの同僚女なんて存在が身近に居るものと錯覚していた?

■ 煉獄無線局に登録された専用端末の御用意と通信料プランの加入契約を経てネザー内でも通信が可能となります。



 南日暮里公園の公衆トイレ。

 男子トイレの個室の一室はネザーに通じるゲートになっている。


 とはいえ広い空間があるだけで何処にも行けないから、地上では抜き身にする事すらもままならない武器種の鍛錬にはもってこいの空間だ。


 ツアー受付待機中の大哉は基本そこに入り浸って剣術の鍛錬に励んでいる。


「おい大哉、この後の受付番代わってもらっていいか?」


 この日初めて、そこに霊舞が顔を出した。


「ミンとゴーレンさんで今、千葉のテーマパークまでツアーに出てる。栗原さんは車使って何やかんやしてて、カヤさんは人と会って何やかんやしてる。ツアーが入ったらまずはカヤさんにコールしろ。出なかったら栗原さんにコールする順で対処してくれ」


 男子トイレを通ってきた事など意にも介さない風に大哉を見つけるや否や要件を投げつけてきた霊舞。


 白色寸前までブリーチした前髪を縛り上げ、雑なちょんまげにした髪型で平然と人前に出る性格には色気も糞もない。


 その前髪を下せば多分可愛気も出てくるんだろうが、見せてくれそうにない。


「…本当に悪い、子供が熱を出したんだ」


 大哉と同じ若干20歳にして、霊舞は女手一つで一児を育てているという。

 旦那とは別居していて、籍を切る方へ向けて養育費諸々の話し合いの最中だそう。


「あー、わかったわかった。とっとと行け」


 金剛輪切丸を鞘に納めた後、しっと追い返す風に手を振りやった。


 扱いが雑だろうか?

 冷たいだろうか?

 とはいえこれでも、協力は一切渋ってないつもりだ。


 家庭の事情への配慮はするが不要に深入りはしないし、あとは正直どうでもいい。


 現状の関係性ではしてやれる事など限られているし、大哉が今すべき事はどう(まか)り間違っても他人の世話焼きじゃない。


「所詮は職場の同僚。他所様の家庭なんかにかかずらう事なく剣に向き合いてぇよな...」


 ここ数日、大哉の剣への打ち込みぶりはひとつ話題になっている。


 普段は言動から何からふざけちゃいるが鍛錬時間の確保には平然と命を削りやがる、というのは栗原先輩からの評価だ。


 初対面では突慳貪(つっけんどん)だった霊舞でさえも今や遠慮が勝るこの有り様だ。


「お前の後ろ髪がどうなってるかはともかく、ガキは母親を待ってるだろが。んな事言ってる場合じゃねぇよ」


「実は子供の心境まで考えてくれてるのに、何故かそんな気がしないよな。大哉に彼女できないのはそういうとこなんだろうな」


 しおらしいかと思いきや、しっかりうるさかった。


「まあ、丁度息抜きの頃合いだったな」


 南日暮里公園ゲートすぐ傍のコインロッカーの上にはアカガネ煉獄運輸の味のあるマスコット像が鎮座している。


「おつかれさぁーっす!」

 

 武器を預ける前に振り返って一礼し、他の鍛錬者に一声かける。

 この場所そんな習わしはないが、大哉は勝手にそうしている。


 部活でも道場でも然り、体育会系はこういうのに好感を抱くものとされる。

 いつになく高い集中力が保たれた日に、後輩が爆音の声を張り上げた時はこいつマジでふざけんなよと思ったものだが。


「おう? 大哉の癖に女の出迎えたぁ良いご身分じゃねぇか! おっつかれー!」


 少し離れたところで弓術の鍛錬に励んでいた男性が活きの良い返事をくれた。


「誰?」と怪訝な顔をする霊舞。


「元2B2T役員の(かもり)さん」


「ブタ野郎じゃねぇか! 何でしれっと仲良くなってんだよ」


「出所後はきっぱり足を洗って協力雇用主の元でちゃんと働いてるカタギだから大丈夫」


「2B2Tを抜けたってのに、未だネザーくんだりまで来て弓の練習なんぞしてる様だが? 協力雇用主ってどっかのツアー会社か?」


 更生を受けた人材ならばツアー会社でも雇えなくはないが、元々がその辺りをシビアに査定せねばならない業界だけにほんの些細な不信感でも芽生えれば見送りにされる事が多いのが実情であり、更生人材が雇われる事は少ないという認知が事業関連者一般にある。


「いんや、普通に地上の企業で働いてる。何か自衛手段を磨いてないとこの世知辛い世間では不安で生き辛いんだそう。特に弓道は"射法八節"で精神統一を図るから、心の平穏を保つのにも良いんだ」


 射法八節は弓のみならず、ダーツゲーム等でも良く聞く。

 的を射貫く手合いの種目は、とかく心を鎮めて完璧なフォームをなぞる事が狙いを外さない神髄だ。


「わかるような、わからんような…」


 などいう話をしつつ、男女並んで男子トイレから出てきた。

 地上は秋風が吹き始めて、ネザーとの温度差が心地よい頃だ。

 近くに停めてあった白いママチャリの鍵を開き、後ろに投げた脚をやたら高く上げ、無駄に運動神経の良さを垣間見せながら颯爽と跨る霊舞。


「そんじゃ、受付番頼むな。今度、昼飯で…」


「30分ばかり交代が早まっただけの事なのに、随分得したな。ラーメン定食で!」


「いや、家で作れるものにしろよ。外食なんて贅沢な奴め」


 そういえば霊舞はいつも昼飯は持参なのだった。

 彩り抜群で見栄えが良いものの高カロリーと高蛋白を重要視する大哉には物足りなさそうなのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 "FITNESSGYM 踊る鉄アレイ"のバックヤードにあるデスクトップPCは、舞倉商事ネザーツアーガイドホームページのメインアクセスポイント。


 受付業務自体はスマホ一つあればどこでも出来るが、別画面でダイヤグラムが表示すると予定が組み易く、顧客との交渉も捗る。デスクの引き出しには売買証明書などの必要書類もあり、受付番が回ってくると基本的にこの場所に貼り付けになる。


 表のジムの創設に関わっている栗原先輩は手空きになればそちらの手伝いなんかもしているが、全く余所者の大哉は筋肉集団の不思議な生態系をうすらぼんやり眺めるばかりだ。


 たまに女性客が居ても、同士の男性らも暗黙の了解のように遠巻きに接しており、首を突っ込む余地はなさそうで。


 ツアー予約の電話が無ければひたすらに暇で、気が付けばそこらへんに転がってる握力器(ハンドグリップ)やダンベルで軽いトレーニングをし始めていたりする。


 もう少し負荷の強度を高めたいとか、専門家のアドバイスが欲しいなどと思ったらあえなく入会というジム側の営業戦略だろうか。

 大哉は週一で剣道道場に通っており、そんな懐の余裕も時間の余裕なくてなんとか踏み留まっている。


 「お疲れ様です須智部君。刀の扱いにはもう慣れられました?」


 鳴らない電話など放り出し、床に寝そべって腹筋をしていたら倉庫側の扉から阿良久佐管理者が帰って来た。


 舞倉商事に勤めて半月になるが、大哉がこなしたツアーはほんの5件ほど。

 鍛錬の時間はたっぷりあったわけで、ひとたび剣に打ち込むとなれば脇目を振らない大哉の性格でもある。


 それでさっぱり上達できていないなどとは例え謙遜でも言えずに「まあまあっすね」と答えた。


「対人戦術は道場でしか習えないので、普段は居合術ばかりっす。たまにプロテインの段ボールの空箱を貰って、巻き藁代わりにして斬術もやってんですが…もっと取り組みたいのを泣く泣く堪えてます。あっという間に消耗してしまうんで」


「本当ならこんな所に君を縛らないで練習とツアーだけに集中させてあげたいのですが、ごめんなさい」


 舞倉商事が直面している最も大きな問題が、受付や事務を専門とする人材の欠員である。


 そこの人材が補充されれば、霊舞がああも申し訳なさそうに交代を頼む事もなかったろう。

 一日に一人最低一件はツアーが入って欲しいといった会社の理想も遠い。


 3ユニットが出払ったら、その間は顧客にとって操作が煩わしいネット予約だけが頼りになる。

 予約プログラムではそこまで柔軟な対応もできない。準備時間も移動時間も大きめに見積もって予約枠を埋めてしまったが為に望みの枠を取れず依頼を諦めてしまった顧客も居た事だろう。


 ミン君はその手の調整も手際が良く、人当たりも温和で、戦闘はあまり得意ではない。

 それでも本人にはツアーに出たい意欲があり、その要望は無下に出来ないのだ。


「流石に俺もそこまで人付き合いを無関心にはしてないっすよ。一応は管理者クラスを目標にしてますんで、ツアーの最中以外にこうして顔を合わせられる機会に上司先輩から学ばせてもらいませんと」


「管理者クラスを目指して下さるんですか? 嬉しいです! 私応援しますので、なんだって訪ねて下さいね!」


「えっ、じゃあ彼氏は居ますか?」


「なぜそこ!?」


 冗談の反応を楽しんで笑いながら立ち上がろうとした矢先、何故か阿良久佐管理者が並んで床に座り込んできたため機会を逸した。


「さっきまで寝転んでた俺が言うのも何っすが、床あんまり綺麗じゃないっすよ」


 床に付いた手は妙にざらざらと気持ち悪い。

 砂埃だろうが、もしかしたらトレーナーの誰かがプロテインを溢した可能性もあるか。


「広告主さんのところに行ってたのですけど、無理に愛想を振り撒いてきたせいか何だか体の方も凝り固まってしまって私もストレッチがしたくなりました」


 そう言って、後ろに曲げた足の先を肘に引っ掛けた姿勢を組む。


「おお、ヨガ教室の広告なんかでよくみるやつ」


「鳩のポーズです。さらに深めると…」


 足先を両手で掴み、頭のてっぺんに触れるまで近づける。


「鳩の王様のポーズです」


「なんすかその何の捻りもない名称は」


「でも実際そういう名称なので…」 

 

「しかし柔っけぇっすね。俺は普通の鳩も厳しいっす」


 暇で腹筋していたぐらいなので真似してみたが、肘と足先が掠りもせず。

 無茶をすると腰を挫きかねない恐怖心で思いきる事ができない。


「私の持ち味はあくまで小柄さ特典ですよ。身軽な跳躍と、消耗が小さい分の持続力を売り所にしてます。柔軟さだったら霊舞ちゃんの方がずっとすごいんですよ。あの子なら股下を潜るぐらい余裕じゃないかなぁ」


「そういや、あいつも元新体操選手なんでしたっけ?」


「"徒手体操"を追及する私と違って、霊舞ちゃんは多様な手具を巧みに操る"手具体操"を得意とします。ああいうのも華やかで羨ましんですよねぇ。どうして私は手先が不器用なのか…」


 様々な道具の扱いに長けてこそ、ピッケルなどという本来武器ですらない代物を獲物にしようと思えるのだろう。


「しかもあの子、お料理まで出来るんですよ? 結婚も子育てもしてて、本当に女として何一つ敵いません」


 よせばいいのに、比較して嘆く阿良久佐管理者がいた。


「んまあ、早すぎた結婚に関しては霊舞本人も盛大に後悔している最中っすけども」


「人気タレントのお嫁さんになれたと思ったら、旦那さんがネットでの酷評を目にして精神を病んで働けなくなっちゃったんだよねぇ」


「霊舞もまたあの勝気さで、ただでさえ病んでる相手をきつい言葉で更に追い詰めてて、頑なに親権を譲らない姿勢もあって養育費が減額されそうになってんすよね」


 これが不倫とかだったなら単純に相手だけが一方的に悪いと言えようが、精神疾患が絡むとそう単純にはいかない。

 相手はタレントという元々収入の安定しない職種なのだし、婚姻の手前に予め落とし込むべき熟慮が足りなかったと見做される個所で話合いが停滞している。


 ある程度上下の波がある事は了承していたが、生活に困窮するほどぱったり収入が止むような想定ではなかったというのが霊舞側の言い分で。


 相手もろくに見つける事ができずに結婚などまだまだ遠そうな大哉としてはただ漠然と、ややこしそうだなぁと思う事しかできない。


 思考に気を取られて不意に筋肉が弛緩し、鳩のポーズをしようとして無茶な捻じれ方をしていた腰がぐにゃりと沈んだ。

 それに関しては意図していた事だが、全ての筋肉は連動している。

 釣られて予期しない他の個所が急激に伸展し、激痛を引き起こす。


 無関係の人間同士では何の解答も得ない霊舞の話題は、大哉の悲鳴で締め括られたのだった。


 

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