◆7 青春を書き殴った、結局は渡せずじまいのラブレターは遺書としても利用できる説。
■警備業者は警備業務を行う場所を管轄する都道府県公安委員会に対し、あらかじめ”警棒や刺股等の警備用具”を携帯する旨を届け出る必要があります。
マガジン式の入れ替えが素早いのはよくわかるが、栗原先輩曰く回転式弾倉タイプの拳銃でも慣れた者は瞬く間にリロードが可能だそう。
剣士である大哉が遠距離手段も持ち合わせていると見せ掛けるためだけの拳銃を選ぶなら、小さく取り回しが良くて尚且つリロードに一手間かかるタイプが良いと教わっている。
本来剣士として射撃精度に自信が無い風に、遠距離対処のために動きの邪魔をしない程度の小銃を致し方なく所持しているというスタンスは分かりやすく見せつけた方が良い。
なかなか撃ち渋ったとしても説得力が増すばかりだ。
その条件に最適だと勧められていたのが、デリンジャーという一見玩具のような小銃だった。
二門の短いバレルと同等に短いグリップで大部分が出来ていて、引き金はもはや指賭け部に付いたボタンというべきかと。
弾込めはバレル部分を上向きに折り、バレル自体を薬室として小指の先の様な短い薬莢をした41口径ショート弾を二発装填する。
そんな代物を初めて買い与えられた感想は、やっぱり玩具にしか見えないなぁと思うばかりだった。
だが確かに火薬の爆発力にも耐えられそうな頑強な鋼鉄の塊なのだと、手に取ってみれば実感を誘う重みがある。
付属の革製ホルダーもあって、目立つように左肩に装着した。
剣に限らず、武術には回転運動が多く取り入れられる。何と言う事もないただの切り返し動作さえも無駄を嫌うには角運動量保存則に習うのが最適解だからだ。
安易にポケットなどに仕舞ったせいで遠心力に引っ張られて回転軸を崩される事を防ぐ意図でもあるためベルトをかっちり絞めて体に密着させた。
初めは違和感があるかなという程度の収まりの良さで、これなら剣術の阻害にはなるまいと安心した。
「モデルガンで全然良かったんすけど・・・ ネザーではむしろ実銃の方が大売りされてますから、しゃーないっす。実弾は込めないという契りでギリギリ剣士の矜持を保つとしやしょう!」
「なんか、ごめんね。やっぱりお詫びに、その・・・」
デリンジャーを買い与えてくれたばかりの鉄丸氏は大哉の佇まいを頭から足先まで見回し、はにかんで言い淀んだ。
吊り卵を居合斬りするトレーニングの後で、着替える間もなくツアーを受注した。
卵液や細かな殻の破片を頭から浴び、倉庫裏で話し合ってる時点でも相当汚れていた。
とはいえ、一見するとちょっと汗ばんで砂粒でも付いてるのかなと思うくらい。
それがネザーに入ると一部は温泉卵のようにややぷるぷるした質感を保ちながら固まりはじめ、どんなクリーチャーを討伐してきた後かと畏怖されそうなグロテスクな様相になってきている。
「いやいや貴方、俺にこの煉獄ソウソウ丸と拳銃を買い与えて、おまけにツアー費も支払うんですよ? さすがに着替えまでは甘えられないっす!」
カーゴパンツのベルトに差した鞘をぺしぺし叩き、新たな相棒を示唆する。
初めての顧客から装備を買い与えてもらえるなど有難き事で、どうせなら今後も使える物が良いと考えて刀よりもやや短い脇差しを選んだ。こちらの方が金銭的な負担が少ないというのもある。
名前はたった今付けた。
「送り葬る、の送葬?」と阿良久佐管理者が訊ねた。
「総てを喪う、で“煉獄総喪丸”っす!」
「輪切丸はとてもシンプルだったのに、こちらはちょっぴりこだわり感が強め?」
「栗原パイセンがまた出オチっぽいとか言ってケチ付けてくるんで!」
「中二臭いなぁ・・・」と零した後で、「あっ、いや! お金なら大丈夫だから!」と声を張り上げる鉄丸氏。
「社畜サラリーマンとしてひたすら働き詰めてると、才能ある彼女にも追い縋れそうな気になれていたんだ。だけど実際は今まさに置いて行かれそうで、通帳に並ぶ数字はただの数字にしか見えなくて・・・」
それまで苦笑いを浮かべながらに話していたが、区切りを置いてふっきれた風に頭を振った。
「心の距離とか結局よくわかんなかったけど、今は僕と彼女の間に60㎞というやけに具体的な距離があるよね。それを一気に縮めるためにちょっとばかり出費が嵩むのは、きっと我武者羅に働いてきたあの頃の僕にとっても本望だと思うんだ」
「それは、きっとそうっす。だとしても十分やってますって。今は一刻も早く成田空港に向かわないと、俺の服なんかにかまけて結局間に合わなかあったら60㎞から一気に一万㎞以上に!」
不潔感が耐え難くてそれとなく諭しているのだとしても、今は我慢すべき。
卵液でカピカピした手で上等なスーツの背をぐいぐい押し、マーケットの出口へ向かわせた。
「一万㎞以上となると、ネザーでさえも東京から九州の南端ぐらいの距離ですねぇ」
「この極限環境でそんなに進むのは現実的に無理っすけど、いやでもそんなモンなんっすね? 不思議とニューヨークが国内旅行程度に思えてくる・・・ 改めてネザー経由の移動距離短縮効果ってやべぇ」
「ちなみにミン君は、一週間の急行ツアーで北京から東京に来たって言ってました。寝泊りのため地上に出る以外は260㎞余りひたすら歩き通しだったそうですよ。地上なら2千㎞以上で、これをまともに歩いたら70日ぐらいかかるでしょうか」
などと話す阿良久佐管理者は普段どおりの穏やかさをしていた。
受注直後に早口になっていたのは、さすがに焦りを見せただけか。
まるで自分たちを付け狙う視線に気づいてないかのようでもあるのが気掛かりだが。
"シン・足立江北"はゲート内包タイプのマーケットで、商人らはゲート周辺に陣取りたくて露店の密度がおかしなことになっている。
断崖から張られた膜屋根の下は積み上げられた商品で壁肌が見えなくなっていた。
同様に人の密度も集中しがちな中で羽振り良く買い物をする姿は大勢が見ていたのだろう。
マーケットを抜けた後も何かが一行の後を付けてくる気配を大哉は感じていた。
命を含めた全てを失う恐れがある危険地帯に必要予算以上の資金を持ち込む者は愚者に他ならない。
金に目敏い連中に狙いを付けられても致し方あるまいとは買い物をしている最中にも薄々思っていて、周りに過敏になっていたから素人の大哉でも気付く事が出来た。
今回は不法入国者、テレポートマンではないだろう。
こうしたマーケット直通タイプのゲートは他よりも警備が厳しくされている。
純粋に屈強な猛者だったり、手配書の覚えに優れた優良なゲートキーパーを採用している。
ゲートキーパー事業もなかなか高収入なところが多いので大哉がじっとして居られるタイプだったら応募を検討に入れたりもした。
地上側での張り込み故、持てる装備が警棒や刺股に制限されるのも見送った理由の一つだ。ライオットシールドさえ規制に引っかかる現状の法体制は見直しが強く求められている。
ブタどもの可能性も十分にあるが、テレポートマンを含めたネザー内の監視の甘さに付け込んで悪戯を働くならず者の可能性の方が圧倒的に高い。
さほど変わらないようでも、ここいらの区別を疎かにすべきではない。
徒党同士の繋がりを持ったブタどもの方が圧倒的に危険。
下手を打って悪名高き2B2Tなんかを手繰り寄せるなど誰にとっても望ましくはないだろう。
「金丸さんはネザーを恐れてる感じがしませんね。前にも利用した事が?」
赤茶色の柄布に巻かれた煉獄総喪丸の柄の位置をしきりに確かめつつ、ひとまずはネザーツアーとして移動に赴きを持たせる話題を探した。
「営業の下積み時代はよく利用したものだよ。今みたいにインターネットの普及してないかったあの頃は特に名の知れたゲートだけで人が出入りしてもので、今よりも管理が行き届いててもう少し安全だったけどね」
こんなに危険じゃなかった、とでも言うかのような口ぶりにぎくりとさせられた。
インターネットの普及により穴場のようなゲートの存在が次々に知れ渡り、大勢のテレポートマンの侵入を許してしまった昨今のネザー治世はかつてに比べて荒廃したと言われている。
恐らくはそんな世論に触れただけで、背後を気にしている素振りは見られなかった。
「その頃はネザーツアーガイドの支援体制もなかったはずですが、費用は割高だったのではありませんか?」
質問を切り返す阿良久佐管理者は到って平常運転に見えた。
胸元の金林檎の輝きは決して伊達でない実力者とは聞いているが、必ずしも索敵性能に優れているわけでもないのか。
或いはとうに気づいて何かしらサインを送っているのに、大哉がさっぱり把握してないので連携が出来ていない可能性も大いにあった。
「実際有名な所の業者はそうでしたが、零細の所は常連客にだけかなり融通してくれたんです。とはいえ10年以上ぶりなので、胸の内ではしっかりソワソワしているよ」
「それは我々ガイドの不手際です。あまり緊張感を伝播させてはなりませんよ、須智部君?」
無意識に刀の柄を撫でようとした手の甲に、軽い肘打ち。
阿良久佐管理者もちゃんと追っ手に気付いている事がわかり、安堵の息が漏れた。
「申し訳ございません。彼はこれが初めてのアシスタントガイド出向ですので、どうか大目に見てあげてください」
金丸氏も倉庫裏のやり取りで察している筈だろう事情を、改めて説明する。
大哉が無暗に放った警戒心の辻褄合わせになれば良いが。
シン・足立江北を離れて程なく、断崖に空いた大穴の傍でコンクリートで固められただけの足場が目に入った。
翌々みれば屋根組もあるようだが、そこに幕を張られていた名残が縁のところに僅かにあるだけという廃れ様。
この様子じゃ鉄道も朽ちているのではないかと酷く心配させられたが、その状態を確認しに行くよりも先に大穴の中から光が漏れ出してきた。
「トロッコのライトです・・・ちょうど来ていますね。逃したくはないのですが、金丸様は急げますでしょうか? あのトロッコは周回仕様で止める事は出来ません。あのホームは停泊のためにあるのではなくて、飛び乗るタイミングを図るための足場なんです。あれに乗りそびれると次は3~5分待たされる事になってしまうんです」
徒歩一分とは、並足を前提とし且つ足止め要素を度外視して80mほど。
現在地から成田方面へ向かう手段はこれしかないとはいえ、ネザーで3分も歩けば2㎞弱は進めるところを只々無為に待ち惚ける羽目に遭うのは些か損した気分になる。
「走りましょう!」と阿良久佐管理者が大声を張り上げのを合図に一行は一斉に駆け出した。
其処な追っ手を振り切るためにも、などとは言わないけれど。
やってきたトロッコは鉱石を運ぶべくシンプルな箱型の荷台をしていて、明らかに人が乗る想定の設計ではなかった。
コンクリ固めのホームへ駆け込む間際に「須智部君!」と阿良久佐管理者の呼びかけを受け、大哉は力を振り絞って更に加速した。
ハードル走なんかに見られるリード足と抜き足を駆使した飛び込みで、まずは大哉がダイナミックな駆け込み乗車を決める。
空っぽの箱ゆえに衝撃での揺れは特に大きく、横転ないし脱線するんじゃないかと肝が冷えた。
「鉄丸さん、どうぞ!」
体勢を持ち直すや否や、すかさず振り返り両腕を使って大きく手招きの仕草をした。
大哉が乗り込んだ事でトロッコの速度が低下し、鉄丸氏がやや余裕を持って並走できるようになった。
荷台の縁を掴み、「ええい、ままよ!」と一息に叫んで力強く地面を蹴る。
跳躍したタイミングに合わせ、スーツの肩口と背中をわし掴んで引き込む。
身体能力的に最もネックだった鉄丸氏も半ば共倒れのようにして乗車を果たす事が出来た。
最後の阿良久佐管理者は荷台後部の縁で逆立ちをし、優雅に反転してから滑り降りるように開いたところに入り込んだ。流石は元体操選手というところ。
「自動周回の動力は足りてるんだけど、人が乗ると著しくスピードダウンするの。だからここのクランクを手動で回すんだよ」
車両の前方、行き先を照らす照明の裏側辺りが後付けで何か組み込んだように一部分だけ膨らんでおり、上向きに手動クランクが生え出す土台にもなっていた。
「これっすね。お任せあれ」と言ってクランクの持ち手部分に手を伸ばしかけたのだが、先に小さな白い手が奪っていく。
「須智部君が持たなきゃいけないのは、そっちだよ」
顎先で差し示したのは、腰に差した煉獄総喪丸だ。
意味が解らず「は?」と返した後で、まさかな・・・と思い立つ。
耳を澄ましてもみるが、トロッコの走行音が他の全ての音を阻害した。
我ながら動きのぎこちなさを感じながら、恐る恐る首を捻る。
確認すべきは前でも後ろでもなく、横手。
左は先ほど一行で駆け抜けたホーム側だから、まずは右へ。
「ひっ・・・いぎゃああああああああ!」
思わず情けない悲鳴を上げてしまったが、どうか無理もないと理解されたい。
血走った眼と歯茎剥き出しで食いしばった口元。
そのような決死の形相で並走する人影に、目と鼻の先で合間見えたのだから。
しれっとゲート前の警備員をゲートキーパーと呼び始めています。
MODなんかじゃ有効モブとしてそーゆーのが登場するんですよ!




