◆4 ちょっとばかりゴリッとしててもいけるクチなら転移先にも出会いアリ
■ネザー内で露店を出すには煉獄商会に届け出をして"露店営業許可"を取得する必要があります。
炊きたての炊飯器の蓋ぐらいに熱を持った重たい鉄扉を開け、コンクリ打ちっぱなし空間から出て外観を望んでみると、そこは真四角で何の飾り気もないあまりに質素すぎる建物だった。
ただ地上に繋がるゲートを囲うだけの構造物。
一見ゲートは通用口のように空いていたが、外側から入っても地上に出てしまうので、ある意味コンクリの壁よりも優れた遮断性能を有する。
コンクリ豆腐のそれ自体も区切りの一部にして、長い鉄柵がずっと続いている。通用口はその外側にあるので、一応はまともに通れないようになっている。
鉄柵を越えた先は地雷が埋まっているかも知れないからだ。
ゲートは出入りする方向に相互関係がみられるという。
鉄柵外部の側から入ると、雷門内側の仲見世商店街に出られるはずだ。逆に仲見世商店街の側からうっかりでもゲートを潜ってしまえば、いとも容易く死地に迷い込む事になる。パスポートを持ってない場合はおまけに不法入国の前科もつく。
何気ない場所でこうも危険と隣り合わせの事実があっても、人間はいずれネザーを完璧に管理下に置きたいと望んでいるので閉鎖される事はなく。
暗い天井とコンクリ製の豆腐を背にして、果てしなく広がる赤茶けた大地に望んだ。
ネザー特有の灼熱気候とは関係なくて、酸化鉄の赤味だ。
このように異常に鉄分の分布率が高い事からもネザー=マントル内部説が濃厚であるとされる。
鉄の需要が年々増し続けるのに対して国内の粗鋼生産量は減少傾向にあるが、供給量を満たすための活路はネザーにあるなどとニュースで謡っていたか。
ネザーでは金などのレアアースも幾らか採取できるのだが、実際に期待値が大きいのは意外にも鉄なのだと言うものだからつい見入った覚えがある。
安置を区切るだけなら低コスパの有刺鉄線などで十分なところをわざわざ鉄柵にしているのも鉄の入手には困らない背景があってこそ。
来訪者を呼び込んでネザー内の経済を回すべくは物々しさを少しでも和らげたいし、頑丈で綺麗な柵を使っているとそれだけで管理が行き届いてるアピールになる。特に発展したピガルナ領だから整備が出来ているという面はあるものの。
「はあ!? こんなモン一体どこにあったんだよ!」
「いきなりでっけぇ神社がでてきた! 意味わかんねけどすっげぇ!」
コンクリ豆腐を出て管理者クラス二人の引率に習って赤い荒野を進んでいたら周辺データが読み込まれたかのように巨大な構造物が突如として現れ、霊舞と一緒に騒ぎ立てた。
「あはは、良い反応するなぁ。とはいえ初めてだと本当に驚くんだよね。熱気による蜃気楼が激しくて、ままある事なんだよ」
綻んだ笑みを浮かべるミン君が、不意にあどけなく映る。
こういうとき、可愛い系の男子はずるいなと思わされる。
確かに、霧ではないが少し遠くの景色が常にぼやけているようだ。
起伏もさほど無い平地を体感的にほんの1㎞ほど進んだくらいだが全然近づいてることに気づかなかったし、振り返るともうさっきのコンクリ豆腐は朧げな解像度をしていた。
「僕、此処のマーケット好きなんだよね。砂利敷きの境内の中、両脇を固める形で露店が並ぶマーケットはお祭りの屋台群のようで面白いんだ。地上では特別な日にしか見られない光景が此処では年がら年中さ」
あー、と声を挟んで栗原先輩が発言の前置きをした。
「東京各所のゲートからほど近い中で最大規模のマーケット、"東蚤の市"だ。事前に配布した資料の内容をろくに覚えてない奴が居るようだから説明するが、商人でない一般人がマーケットに入場するためにはツアー事業者の管理者クラスに同伴する必要がある。つまり赤林檎マークのお前らだけじゃ入れないからな」
「じゃあさっきの、TA・RA・SHIだっけ? アイツは一人で何してたんだ?」
「確かにタラシ野郎だ・・・ ネザーデートなんて名目だからな。管理者クラスは必須だが邪魔だから、マーケットの外で落ち合う形なんだと思う俺もよう知らんが」
「訂正せんのかーい!」
ツッコミが欲しくてわざと間違えたのに納得で通ってしまい、自分がツッコまされるのだった。
「地獄の元だといわれるこのネザーに、何の神様が祀っられてるってんだ」
石造りの鳥居を胡散臭そうに見上げて言う霊舞。
「鍛冶ト焼物ノ神サマ、軻遇突智ダッタハズ メイビー」
てっきり閻魔大王の名でも出てくるかと思いきや全然知らない神だ。
ゲームだったかアニメだったか、何かのファンタジー作品で耳にしたことぐらいはあるが。
マーケットの中に入らずとも、石垣の周りにちらほらと露店があった。
ボトルを並べて水を売ったりしているが、500mlで450円はテーマパークの清涼飲料と変わらない。しかも中身はきっとぬるま湯なんだろう。
露店に紛れてどうしてネザーにあるんだと困惑が甚だしいコインロッカーが見られ、あろう事か栗原先輩はその方へと向かっていくのだった。
管理筐体のすぐ横には薬局の手前で見かけそうなコミカルなキャラクターの像が立つ。
メカチックな二頭身の河童のようだが、スプレーの落書きで酷く汚されている。
「アカガネ煉獄運輸イメージキャラクター、メカッパ。・・・じわじわ来るタイプの可愛さだな。グッズとかオリジナルスタンプとか欲しくなる」
「カヤの奴もそいつを大変気に入っててな、うちで懇意にしている預け屋だ。此処に契約企業コードとロッカーナンバーと暗証番号を入力すれば預けた物資をネザー内で引き取れる」
説明しながら管理筐体を操作する栗原先輩。
ゴ利用誠二アリガトウゴザイマシタ、の電子音声がしてから30秒くらいの間を挟んでようやくロックが外れた音がした。
ネザー内部での電子機器の挙動は、とかくのんびりなのだ。
粗野な造りだと持ち込んだ傍から故障することも珍しくない。
開かれたの縦長タイプのロッカーから愛刀が取り出された瞬間、分かたれていた半身を取り戻したかのような感激を覚えた。とはいえまだろくに振るった事はないのだが。
続いて、テクニカルなデザインの登山用ピッケル、二門式ショットガン、土木現場から持ち出したかのような赤いヘッドの両口ハンマー、思った以上に柄の短かな薪割り用の手斧。
これだけでも随分バラエティ豊かだなと思った。
「さっき知り会ってもう既に馬鹿さ加減が判明してるレベルの癖に、そんな危なっかしいモンを獲物にすんのかよ。ガイドとして雇われたんならさすがに素人じゃないだろうがヒヤヒヤするぜ。ネザーなのに」
ヘッドを折り畳んだ状態のピッケルを回転させながら頭上に投げ、慣れた風に背面でキャッチしてみせた霊舞が言った。
「いんや、日本刀の扱いに至ってはしっかりド素人で御座るだぜ」
ネザーの平均気温は赤道直下並の30度だが、さも極寒の地に佇むかの如く青褪めて絶句する霊舞がいた。
「竹刀はうん万うん千回と振ってきた。フレンドリーファイアの心配だけは誓って無ぇ! 無ぇで御座るだぜ!」
「・・・次、その変な語尾で喋ったら頭蓋骨にちゃんと脳ミソ入ってんのか目視確認してやる」
令和の剣豪になった未来予想図は、少しばかり修正を加えざる得なくなった。
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「メカッパのキーホルダーあんじゃん! これくれよ!」
あいよ、と答える店主に千円札を支払うと算盤を引っ張り出しておつりの計算を始めたから面白い光景だった。電卓などは熱気で駄目になってしまうんだろうなと考えさせられた。
「ネザー経済のため買い物は反対しきれないが、お前は一応今この時間も勤務中だからな?」
武具を回収してマーケットに入場した一行。
しかし此処は水分補給ができたらすぐに通過される予定の場所で。
「あそこにも豆腐あんな」
最初にネザーに来た時に見たコンクリ豆腐と同じものが境内の中にもぽつんとあるのを見かけて言葉を零した。
「あそこから渋谷にでられるぞ。既にマーケット内部のゲートだから、向こうから入るには管理者クラス同伴必須だがな」
「渋谷!? 方角は全然分かってなかったけど、歩いた距離的には雷門から浅草寺ぐらいだったっしょ! もうそんなに来てたなんて、移動短縮効果マジパネェ!」
「雷門から浅草寺までが0.9㎞、雷門から渋谷スクランブルまでの直線距離がおよそ7.5㎞だね」
初めの、赤茶色の大地に驚嘆としてる間に秋葉原などはとうに過ぎていたらしい。
地上での距離感がこうも通用しないとこれまでの経験の全てが間違っていたのかと揺さぶられ、あまり思いつめるべきではないものだと気づいて思考を止めた。
「ではこれからカヤが待ってる"赤レンガ倉庫・裏市場"というマーケットまで研修ツアーを行うわけだが、地上だとどこらへんだかわかるかな?」
「赤レンガ倉庫って、まさか横浜かよ! 都外じゃん、ってか直線距離でもフルマラソンぐらいの距離あんだろ」
悲鳴交じりの霊舞の回答を受け、正解の意を示すように深く頷く栗原先輩。
「ところが、これがネザー経由なら残りは4㎞ぽっちのもんだ。お前らを指導するのになかなか丁度いいぐらいの距離だろ? 実際にこの区間のツアーは特に多く申し込まれるというのもあるしな」
「アユレディ? テメェラ黙ッテ俺様ニツイテ来ナ! ヒアウィゴッ!」
これまた何の作品の影響か知らないが、客商売でこの悪態は大丈夫なのだろうか。
ネザーツアーガイドというとまだグレてないだけの荒くれ集団みたいな節があるし、ある程度は大目に見てもらえるんだろうが。
「今日のところは、というかまず大抵使われないが、大阪や北陸それらよりもっと先に向かうならトロッコを利用するという手があるぞ。因みに乗り心地は最悪だから利用客もよっぽど急用でなきゃ乗りたがらん」
研修ではあってもツアーらしく、目に留まるネザー風景の解説を聞いた。
東蚤の市の周辺が良い感じに平地だっただけで、ネザーの陸地は基本的に切り立った丘だらけだ。
その断崖にトンネルを掘り、或いは断崖と断崖の間の渓谷に鉄橋を架け、線路が通っている。
地雷源でも鉄柵で区切られた安地でもない特殊な環境に切り拓かれた道があった。
「東蚤の市のあった巨大神社もそうだが、大穴を掘ったり鉄橋を渡したり、この灼熱地獄でどうやって建設するのだろうかと俺は不思議でならないよ」
「それどころか、ピガルナ・グスター・ブライザの三大領土にはそれぞれに首都と城塞があるそうだよ」
「そんなのは失われた地底文明の名残だろ」
正直喉はガスガスに乾いていて辛いのだが、それでも喋り続けていた。
緊張感を紛らわせるために。
整備された安置とはいえ、行き交う人間は物々しく武装している。
多くは銃を背負っていて、それに馴染みない生粋の日本人である大哉にとっては異様な光景だった。
何人かはネームバッジをしていておそらく同業者らなのだろうが、もしかしたらそのように装った小汚いブタどもかもしれない。
あからさまに怯え切った風の客を連れているとまず前者だなと読み取れて安堵できるのだが、それはそれで緊迫した鼓動がもろに伝わってくるのが困りものだった。
或いは現在進行形で人攫いに遭っている最中の・・・
良くない思考に陥ってる事に気付き、はっとして自身の頬をぺしぺし叩いた。
「まんまとやられてんな? ああやってあからさまに銃なんぞ見せつけるのは威嚇の意図だ。近接型は到底適う相手じゃないからプレッシャーが凄まじいんだろ。所詮はチワワマインドの連中だと思って、お前は大型犬のつもりで構えるといい」
斯く言う栗原先輩自身が、ショットガンを携えている。
こんなゴリッゴリのチワワが居てたまるか!
なんて胸の内で壮絶なツッコミをしていたら、不思議と気分が軽くなったりもした。
兵器には適わないから武道は意味がないだとか、自然災害には為す術無いから鍛錬そのものが無駄だとか。
随分極端な考えだが、そう言う人が割かし居なくもない。
未来ばかりを憂い、今の一歩を踏み出すことに怯えきった考え方だ。
そうではなくて、過去にやって来たのと同じようにして今を歩め。
そんな信念でもって長年の剣道を継続してきたから、いよいよ就職せねばならない状況になってもどうにかして道を途絶えさせまいと足掻いた。
その結果、ネザーツアーガイドなんてものへ応募するに至ったのだ。
銃を見慣れぬばかりに一瞬弱気にもなったが大哉は元からあの手合いの圧を跳ね除ける気概は持っていたのだと、自身の知らなかった一面に気づかされた今日この頃であった。
前作でも言いましたが、筆者は東京を全くよく知りません。
なのにまた東京で書いてるのは何なんだろね。
一体何と勘違いしたのか、雷門は囲いがあるものと思ってました。
実際は門から浅草寺の間に仲見世商店街ってのがあるらしく、
どっかに良い感じの通用口とかあるはずきっと。
はい、もう少しちゃんと調べてから書くようにします本当にごめんなさい。
いずれ修正が入ると思われます。




