◆2 いかにも怪しい女から一斉に招待が来てマチアプ恐怖症になりました。
■正規開拓路から外れた道順でのツアー行為は先方の法律により処罰の対象です。
オリエンテーションの前半は、予め書類で読まされた項目のまとめ話だった。
そこに大戦時の軍事利用案ではこんな妙策があった~などというどうでも良い小話がトッピングされていた。
「少しでも面白可笑しく聞かせねばと思って俺なりに頑張ったんだが、思い返せばつい軍隊オタク・サバイバル厨の癖が前倒しになっちまってたよな。後半は挽回しねぇとカヤの奴に怒られちまうな」
「まあ、機関銃のセミオートとフルオートの違いを語られたときは、あれぇ? 急におすすめショート動画流れてきたかな? と倒錯しかけましたけどね。概ね楽しく聞けましたよ」
「オリエンテーション後半は俺らが現地で実際に組んでる陣形について解説する。この陣形を調整しているのが外ならぬ俺だからこそ今日の担当を任されてもいる。さっきちらっと名出ししたカヤとの兼ね合いがちいとばっか癖味なんだ。って、カヤの事はわかるよな? 昨日面接したろ?」
「阿良久佐管理者っすか!? カヤちゃんなんて愛らしい名前だったんだ!」
「その様子だとお気に入りか? 即採用とはいえまだ正式に手続きの処理が済んでないお前においそれと詳細な事情は言えんのだが、カヤは今非常に困ってる。助けてやりゃ好感爆上がり間違いないぞ」
「えー! 俺面接の時の志望動機に関する質疑応答で『磨き上げた剣術の腕を無為に鈍らせたくないのに加え、出世が適った暁には遠くの恋人に会い易くなる事が魅力に感じました』だなんて爽やか好青年風味を装いながらに言っちゃってんっすけどねぇ」
尚、今現在恋人が居るものとは言ってない。
まだあのときはマチアプですぐにできる予定だったのだ。
「そのもっさい髪質で爽やかさは打ち消しだったろうよ。見たわけじゃないから知らんけど」
「ラテン系風味とガテン系寄りのフュージョン体みたいなのに爽やかさ否定されたのはかなり悔しい」
「元よりどっちでもないからディスられても何のダメージにもならんというな。それで俺なりにカヤの心境を考察するに、向上意欲有りと見做して即採用を切り出したんだろうと思った。恩人に感謝する事と恋人の存在示唆は別に何の関連性もなかろうと捉えるタイプだろうなアレは」
「そうなんだ、カヤさんは物分かりが良いんだなあ! ますます素敵に思うっす! まあ、恋人まだ居ないんっすけどね!」
「居らんのかーい…」
デスクトップ機材側面の排気ファンがモニター台座に貼られた付箋をカサカサを揺らす微音にも負けそうなほどに覇気のない声のツッコミだった。
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件の入職先、舞倉商事株式会社はまだまだ中小企業ゆえに団体客に向けたサービスは人員不足により展開していない。
一般的なツアーとも認知されるサービス規模は一世帯数ほど、およそ2~4人の利用客に対してガイド二人で案内を行う。
管理者クラスは必ず一人配置され、一方はアシスタントガイドという名目の見習いが担う。
「俺は来月やっと管理者に昇格するんだ。つっても今日が月末イブなんでもう明後日の事だがな」
「何やってくれてんっすかパイセン! 俺が阿良久佐管理者とマッチする可能性が半分になったじゃねぇっすか!」
「半分どころか3分の1だっての! 離職してた管理者クラスが復帰する予定なんだ。ついでに言っておくと今回お前の他に新人を二人雇ってる。急募も打ち切りかけた頃に最後の枠に滑り込んできたのがお前さんなんだよ。だからオリエンテーションを受けるのも一人になっちまってんだ」
なんてこったいと意気消沈し、大人しくなった折にすかさず陣形の解説が差し込まれた。
残酷な事実として、アシスタントガイドの人権は管理者クラスより軽く扱われるよう。
危機との遭遇の際に先陣を切るのはアシスタントの役目だった。その分手当は弾むとはいうが。
管理者クラスはその経験値から来る余裕を見せしめて利用客のメンタルケアに専心しつつ、逃げるか応戦か或いは引き返すか、はたまた捕縛を試みるか等々の決断を下してゆく。
まずこれがスタンダード。
そこから状況に応じて逆転したり、総当たりを仕掛けたり、順転逆転を繰り返すスイッチパターンを展開したりするそうだ。
スイッチ陣形においては仲間同士で綿密な合図のやりとりが交わされ、即座に理解できるほど脳裏に焼き付ける事は一朝一夕ではまず無理と言われた。
「ええーっ 俺、記憶力あんま自信ないっすよ」
「どんなに馬鹿でもさすがに試用期間3ケ月あれば身に付くさ」
「今はまだそう思ってる栗原パイセンの想像を凌ぐほどの馬鹿が存在したら?」
「『試用期間中のご様子を踏まえ慎重に検討しましたところ、誠に残念ながら今回はご希望に添いかねる結果となりました~貴方様のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます』というやつだな。そうならないように頑張ってくれよ」
「うーっす・・・ ってか阿良久佐管理者の癖がどうって話は?」
「癖って言われると、何か人に言えない秘密を持ってる風に聞こえちゃうなあ」
ただでさえ狭いバックヤードで野郎二人が対面して打ち合わせているとむさ苦しくて仕方ない。
そんなネザーよりも地獄然とした場所に、不意に軽やかで澄んだ声が響いてきた。
「ちゃんと来てくれて嬉しいです。面接をしただけで連絡が付かなくなることだって全然珍しくないんですよ。もしかしなくてもこれが須智部君の選んだ武器ですか?」
フィットネスジム側の通用口を振り返ると、壁に立てかけた日本刀を覗き込むようにして阿良久佐管理者が立っていた。
一般的な日本刀の長さは三尺三寸で、これは大体1メートルに相当する。
ちょうどすぐそこに立って並んでいたので無意識に比較してしまい、阿良久佐管理者の小柄さに驚愕した。
おそらく150㎝あるかないかというところだ。
翌々見れば見るほど、これが戦闘員だなんて信じられなくなっていく。
「そうっす。“金剛輪切丸”と名付けました!」
後頭部の側から、本気でそう呼ぶんだな…と消え入りそうな声が聞こえた。
「はええ、武器に名付けなんて私には思いつきもしなかったです。必殺技とかもあるんですか?」
栗原先輩からは謎に不評を買った前回があったもので、屈託のない笑顔でしっかり受け止めてくれたのが本当に嬉しかった。
最高にカッコイイ必殺技名を考えるのが今後の課題になった瞬間なのだった。
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浅草名物、風雷神門。通称、雷門。
何も東京有数の観光名所を初出勤地にせんでもいいのではとは思ったが、実際此処にはネザーに繋がるゲートが存在するのである。
省略された風神はネザーの側に消えてしまったという都市伝説もあった。
デカい図体のせいか人波の中でもよく目立った栗原先輩を一番に見つけだした大哉は周囲の雑踏に搔き消されまいと声を張り上げた。
「おはようございます! そして管理者ランク昇進おめでとうございますパイセン! これからは安定した収入が舞い込んでくるだろうし、近々躊躇なく一杯たかりに行くつもりっす! どうせなら俺らの新人歓迎会も兼ねて盛大に開催しておくのが妙案だと思うんすがそこんとこどうでしょっか?」
「こいつって、本当に入社初日なんだよな? なんかもう既に長らく面倒をかけられ通しで見切るタイミングを逸した部下に接しているような味わいが出てるんだが・・・」
眉間を抑えて呻く栗原先輩の背後から、真っ白にブリーチした前髪を雑に輪ゴムで結わえた女が訝し気な顔でこちらを覗き込んでいた。
前に立つ栗原先輩のせいで背丈が見取り辛かったが、中肉中背くらいだ。
「アタシってば今、もしかして俺らで一括りにされちゃったの・・・? 一人だけオリエンテーションが別日だったからまだ挨拶もろくに交わしてない奴に?」
ツリ目がちの顔立ちは嫌いじゃないが、口の利き方が気になりそうな女という印象を受けた。
尤も、口の利き方に関して一番の問題児は自分だろうという自覚はちゃんとある。
「ちょっと驚かされたけど、とりあえずは改めてやるべきだよね。まずは僕から・・・」
女のさらに後ろから栗毛のマッシュヘア男が横に出て言った。吸い込まれそうな琥珀色の瞳が半日後にでも埋もれていそうな際どい長さの前髪が鬱陶しく思えた。
阿良久佐管理者と変わらないぐらいの小柄だから、まさかのようにそこに隠れていられたのか。
「どうも、僕は孫明、名前の通り日系C国人です」
「ミン君ね、俺は須智部大哉っす。日本語めっちゃ上手っすね! 使用武器当てて良いっすか!? さてはヌンチャクとか三節混っしょ!?」
今は観光地のど真ん中で、そうでなくとも日本の地上においては誰も武装することができない。
まだ振るった事すらない大哉の愛刀は、現在はネザー側にある。
「ああ惜しいですね。実は斧なんですよ」
「しまった、そっちかー・・・!」
どういうつもりで惜しいなどと言ったのか図りかねていると、白髪女が未だ警戒を隠さない面持ちながらも対面に向き合ってきた。
「須能霊舞だ。せっかくだからアタシの武器も当ててみなよ」
「お? おうよ。そんじゃあ、ムチかな。ただただなーんとなくなんだが、似合いそうじゃん」
「ヒントは、お前のそのもっさり頭もすっきりカチ割れる」
「やっぱり鞭か。音速に達する先端の威力は岩石だって割れるんだぜ」
「正解発表は後程、実演でお前の頭をカチ割って教えることにすんよ」
いつの間にか人影に隠れて大哉の背後に移動したミン君が、「今のうちにピッケルって言い直した方がいいよ…」と小声で助言をくれた。
それはそうと、我が国の忍者のような真似をされては無性に悔しさを覚えてならないのだった。
新人たちでそんな風にして親睦を深め合っていると、少し向こうで誰かにペコペコと頭を下げる栗原先輩の姿があった。
「もしや話に聞いていた、労災で暫く離職してた管理者ランクの方ではありませんか?」
ミン君が推察を口にして、それが出そうで出なかった大哉もすかさずきっとそうだと思った。
「離職の事情って労災なんだ・・・ そうだよなあ。なんてったってネザーツアーガイドだもんな」
バキバキ系の栗原先輩とはまた違う、シャツがぱつぱつに張るほど豊かな太鼓腹を抱えた巨漢の黒人がそこにいた。
スキンヘッドの額には横一文字に深い裂傷が刻み込まれていて、そのせいでカタギとしてはかなり見づらい風体だ。身元照会はしっかり行われるので、ガイドとして働けるならばまず堅気で間違いないとはいえ。
管理者クラス3人を並べて想像してみる。
デカい方が二人もいてより強調されるから、一人小柄な方が今にも消え入りそうに思えた。
この面子でこれまでガイドを熟してきた過去があるなど俄かに信じがたくすらある。
スイッチ陣形を使いこなす卓越したチームワークが持ち味と聞いていたが、もしやゴリラの言語を駆使しているのではあるまいかと不安になってきた。
「新人たち、俺の大先輩に挨拶しろ。イアン・ゴーレン氏だ。どんな敵が現れようとも大金槌で全て粉砕してくれる大変頼もしいお方だ」
「カッザボローニャ」
「ボロ傘が・・・なんだって? よりによって英語かよ、それならゴリラ語のほうがまだわかる気がするわ」
「“cut the bologna”って言ったんだ。栗原管理者の紹介文句に対して、よせやいってな風に言ったのさ」
ビニール傘ならばコンビニで買えるとどうすれば伝えることが出来るのか困惑していたが、ミン君がそう教えてくれたおかげで悩みが解消した。
「ってか日本語理解してんじゃん! できれば日本語喋って欲しいんだけど!」
「OKアホノコ。アーユー、ジャナイジャナイ。確カ日本語デハ… キサマコソ何者ダ、名ヲ名乗レ」
「あー、なんかアニメとかにもろ影響受けてる感じなあ。マイネームイズ スチベダイヤ.ソーセンキュー! アイアムオサムライ! ビバ ロード…オブザソード?」
「剣道は英語でも“KENDO”だよ。“SAMURAI”は言えてたのに… ってか日本語で言えば良かったのになんで無理したのさ…」
出会ってまだ数分とないが、ミン君は既に大哉へ助け船を仕向ける役割に疲労の色を見せかけていた。
セミオートガンは引き金カッチカチするとバンッバン出てくるやつです。
フルオートガンは引き金ひきっぱでズダダダダーーーってなるやつです。




