◆12 女心に比べたら全然わかりやすいサインではあるんだけども
■ PGB共和国では公的な建築士の資格制度が存在しないため、煉獄建築家協会への加入が実質的な信頼の証として機能しています。
「今、5メートルぐらい高速移動したか? 普通に人外を疑うレベルの動きなんだが、競技剣道の方じゃ結果は残せなかったって話はなんなんだよ」
目をぱちくりと剥いてそんなことを訊ねながら拳銃を拾う霊舞。
以前に阿良久佐管理者から必殺技はあるのかと聞かれていたし、栗原先輩はこういうのに謎にケチをつけてくるしで名称に拘り抜いた必殺技の初御披露目だったから、霊舞だけでもちゃんと見てくれて良かった。
「一大試合の会場の空気感に飲まれなかったら優勝は俺が搔っ攫ってたのにって今でも悔やんでんだ。地味にトラウマだからあんまり抉らんでくれ」
そうこう話している最中にも敵への注視は外さない。
何となく、こちらの隙を窺っている気配がしている。
五人の内の一人はKO、或いは昇天。一人は暫く手が使い物にならない。
霊舞には銃を持たせたし残り三人で一斉に囲われても何とか凌げなくもないとは思っているが、何らかのイレギュラーを思うと避けたい。
敵に期待しても仕方ないが、出来れば一対一で対処するのが望ましい。
「霊舞、奥のあいつだ」
「あのぐねぐね長髪野郎か? 任せろ」
銃を持つ霊舞は、最も遠い位置の敵だけ気にしながら阿良久佐管理者を介抱してくれれば良い。
耶不斬りで届かない距離ではないがそれなりに消耗はするし、せめて一人でも負担は減らせるならそうしたい。
「二人とも、そういうやりとりは… サインを使わなきゃ向こうに筒抜けだよ」
まさかの阿良久佐管理者が話に割って入ってきた。
未だに苦し気なのは見ればわかるものだが、「大丈夫っすか?」と訊ねる他もない。
「たった二週間であれを全部覚えて、しかも使いこなせるのはミン君ぐらいっすよ」
舞倉商事所属のガイド間で使用されているサインは、英語の第三文型に並び変えねばならない。
誰が、どうする、何を。
手動ウィンカーのように右腕を立てればⅠ、横方向へ伸ばせばYOUを意味する。出せる方の腕を使って行われ、左腕なら伸ばした方がⅠで立てた方がYOUに入れ替わる。
対象の指定は手の形を見る。これには十種ほどのパターンがあるがまだ暗記できる範疇だ。
最も難解なのが行動指定に当たるリズムサインだ。
パターン数で言えばハンドサインとさほど変わらない数量に抑えられてはいるが、単純に音楽関連に馴染みが無いとそれがサインとすらも気付けずに何かうるさいなと片付けてしまいそうになる。
手拍子、足鳴らし、服をちょっと引っ張る等々のリズムを刻んだ仕草でもってサインに気付かせると同時にまずはどうするのかという呼びかけが一番に来るため、文法の並べ替えは必ず生じる。
「さっきの指示をサインにするなら、こう…か?」
右手には警棒を持ったまま対処せよという意図の二拍三連符を踵打ちで刻み、小指一本だけを伸ばした左腕を直角に立てた。
状況によっては目視確認できない事もあるだろう。
その場合はリズム指示の後に、VS・XYなどと呼び掛けがするので主語の指定だと解釈する。
対象指定は来ないので待たず、これを英語の第一文型に並び変えて受け止める。
YはVertical、ⅩはSideを意味する。それぞれ二種類ずつあるのは複雑化する意図でしかないので好みの方を使えば良い。
手動ウィンカーは右手が基本と考えたとき、その意味が分かるだろう。
「なるほどわからん」と思考を放棄している霊舞が居た。
「須智部君、正解。霊舞ちゃんは補習の必要があるって拓海君に伝えとくね」
「敵が盗み見ているかもしれないので解析できる情報を与えないためにわからないふりをしただけなのに、正解とか言っちゃダメですよカヤさんってばもう~」
本当か? と疑いが生じたが、霊舞が銃を構えて場面は一気に緊迫を取り戻した。
指示通り、銃口を向けた対象は一番奥の長髪ウェーブ男だ。
大哉は残りの二人に注意を向けていたのでそちらは埒外にしており、霊舞が動くまで起き上がりかけている事に気付かなかった。
見れば、のそのそと非常に緩慢な動きで隙だらけにも程があった。
これならさほど気にしなくていいかと意識を外しかけた矢先、タタッタタという手拍子を聞いた。
手拍子を打った阿良久佐管理者が「ェクス」とやけに発音良く呟いた。
中間に休符を挟んだニ拍五連符。
このリズムサインは確か、敵が何か隠しているという呼びかけだったはず。
主語指定はYOUだったが、この場合はお前に言っているんだぐらいの意図だ。ちゃんと文法を成立させなければ今のリズムサインが無効に扱われるから付属したまで。
阿良久佐管理者という手練れを襲撃するにあたって、あのような愚鈍な者を採用するのは確かに相応しくない気がした。何かがあるからこそそこに加わっているのだと思えば納得が深かった。
他の二人にも気を付けながら、大部分の注意をその男に向けて臨む。
「その銃を手放しな! おっと、俺を撃ったらコイツの中身をぶち撒けちまうぜ?」
ふらりと立ち上がった男は、片手に持った小瓶を妙にいやらしく揺らしてこちらに見せつけて来た。
「毒瓶か!?」と大哉が問うている間に、「でぇいやぁっ!」と霊舞が叫ぶ。
「・・・・・・・」
力一杯遠くへ拳銃をぶん投げる霊舞を目にし、不意にぽかんと開いた口が塞がらなかった。
ネザーの乾いた大地に叩きつけられ、遠くの方で跳ね回る音が妙に虚しく響いた。
確かに、拳銃が敵の手に戻るよりは遠くに捨ててくれた方が賢明ではあるのだが、あまりにも淀みなくを投棄するので敵のみならずこちらまで虚を突かれた。
「お前さあ、もし…」
「大哉が来るまでの間のアタシだって無力ながらも敵の観察はしてきた。銃はあれ一丁で間違いねぇよ」
指摘しようとした事を先に弁明されては口を噤むしかなかった。
なんという迅速果断。彼女に剣道をやらせたら相当な強者になるやも。
「相手の弱点はしっかり見抜く。そうしなきゃ無意識に自分の旦那にオーバーキルを叩きこんでたって後で嘆いても取り返しはつかねぇんだ」
含蓄の多すぎる格言に、感情が起こるよりも先に思わず身が震えた。
或いは反応に困っただけかもしれない。
それまで呆気に暮れていた敵方もようやく状況を飲み込み、「いつまで寝てんだ! 邪魔な男の方をお前らで片付けろ!」と筒抜けの指示を飛ばした。
「さて小僧、わかってんだろなぁ?」と口の中を嘗め回すような声色を発する長髪ウェーブ男。
「はいはい、こうすりゃいいんだろ? どりゃ!」
霊舞に習い、レーザービームのような軌道で警棒を遠投した。
「何やってくれてんだてめぇふざけんな! その警棒をこっちに寄越せって言おうとしたのに!」
それを見越しての行動だったわけだが、直前に霊舞が突拍子もない振る舞いをしてくれたおかげで相手の意図が絶妙に通じてない感じを上手く演じられたのだった。
こうして味方が二人して奇行を重ねても、阿良久佐管理者が取り乱す事はない。
大哉が武器を失った今、まともな戦力になり得るのは阿良久佐管理者のみ。
そうなる展開を見越していたのか、先ほどのサインを与えた後の彼女は自身の回復に努めている。
乱れた呼吸を深く長く整えて瞑想し、何者にも惑わされぬ無我の境地に入っていた。
大哉を袋叩きにする二人組の内の片方は拳にメリケンサックを仕込んでかなりの痛撃を与えてくる。堪らず身を丸めて頭を庇うので精一杯になった。
警棒があれば難なく捌けたはずだが言っても仕方なし。ああしなければ素手で殴りかかってくるもう一人の男に武器を与える事になっていた。
惨めなまでに無力となった今の大哉に出来る事は、少しでも回復した阿良久佐管理者に後を託すのみだった。
そもそも霊舞がまともに戦える状況だったら、初手から阿良久佐管理者が応戦せねばならないような状況でなかったら今頃はこんな連中と遊んでいないのだ。
ツアー業界に類稀なる猛者としてその名を知らしめた要因。
それが成立する条件が整いさえしていれば。
「そろそろ"リスポーンアンカー"の方が不味いな。とっとと死んどけ」
素手の男の方がとうとう痺れを切らし、足首に隠していたナイフを抜いた。
"リスポーンアンカー"とは阿良久佐管理者の二つ名のようなものだ。
わざわざ狙って襲撃している輩ならば当然知っている。
阿良久佐管理者に様子見と回復の時間を与えてはならないと。
『スマホの動作が重いとき、不要な容量を食ってる一時データやキャッシュを削除するだろ? 瞑想という行為にも同様に脳をクリアリングする効果があると言われる。そうして無我から立ち返ったカヤは必ず戦況をひっくり返すだけの適応力を獲得しているんだ。それが"最適化"の由来。だから、どんなに絶望的な状況になってもアイツの意識だけは保たせろ』
栗原先輩からそう告げられた時、ミン君が無茶を言わないで欲しいと口答えしていた。
『無茶だなんて諦めの入った要望はしてねぇよ。アンカーの意味もよく覚えておけ。ただの船を停泊する錨じゃねぇんだ』
そうだ、諦めなんかじゃない。
彼女が戻れば必ず事を納めてくれると信じられるなら。
『アンカーってのは"心の支え"って意味だからな』
だから何なんだ。
新人一同で声を揃えて盛大に突っ込んだのを覚えている。
今ならば、確かに大した"心の支え"じゃないかと納得ができる。
大哉は阿良久佐管理者と霊舞を助けるためにこの抗争に飛び込んだ。阿良久佐管理者の回復に役立てたのならば決して犬死ににはならないか。
自分は脱落するが、我々は負けない。
どう考えても気休めだが、眼前にナイフの切先が迫り来るこんな瞬間にでも少しだけ心軽やかになれようとは。
極限の集中が見せるスローモーションの世界に入っていなければ、大哉が刺される寸前でナイフ男を横手から突き飛ばした棒状の其れが何だったのかわからなかったろう。
黒と黄色の縞模様、ゲートの枠取りの天辺にあったポールだ。
ゲートの方を見ると、倒れている警備員の傍で霊舞が苦し気にへたり込んで居た。
軟そうなポールだが、警棒よりはリーチがある。
体は満身創痍だが、まだナイフを弾き落とすぐらいは抗えようかとポールに手を伸ばしかけた。
「止せ、それよりもお前もこっちに来るんだ。後はカヤさんに任せとけ」
霊舞に呼ばれ、あまり深く考えずに従う。
殴られ過ぎてもう思考もよく回らない。
何とか走れはしたが気を抜くと足が縺れそうだった。
当然のようにメリケンサック男が追って殴りかかってきたが、さてどうしたものか?
最低限の首の捻りでちらりと後ろを見る。
大哉を追うメリケンサック男、その肩口を阿良久佐管理者の小さな手が先に捉えていた。
後ろへ引き寄せ、姿勢が傾きかかった逆方向からすかさず全身で伸し掛かる。
自身の体重だけでは決定打に欠けた阿良久佐管理者だったが、相手の体重をも利用して地面に打ち付ければ流石にKOを取る事が出来た。
「こちら、お借りしますね」
復活して最初にそいつを仕留めたのも計算ずくか。
メリケンサックを奪えば今のような立ち回りをせずとも、彼女の本来の戦法で十分な攻撃力を発揮できるようになる。
「武器を持つなんて許すわけねーだろ! こいつの存在を忘れてやがんのかァ!?」
長髪ウェーブ男が毒瓶を突き出して脅しに出たが、阿良久佐管理者は無視してナイフ男に真正面から向かって言った。
「なんで、毒を無視できんだ?」
霊舞のところに辿りつくなりそんな事を訊ねるのも我ながらどうかと思う。
「ありゃおそらく叩き割った周辺に残留するタイプの薬品だ。眠気、意識混濁、麻痺なんかを引き起こす類だろ。奴はあれを出す前にも既にカヤさんから散々ボッコボコにされてたわけだが、もしもっとヤバイ猛毒を持ってたなら攻撃を受けて瓶が割れてしまうようなポジションには出てこないはずだろ?」
あえて残留性を持たせた代物に高威力は必要ないか。
「なるほど、だからゲート側ね」
熱中症が何よりも恐ろしいネザーの深くでは弱化程度の効能であっても致命的になるが、地上側の外気が吹き込むこの辺りは幾らか過ごし易くなっている。
また残留性の気体は高い所に上れない。もし毒瓶を叩き割られてもすぐにゲートの外に出て階段を駆け上がれば吸入せずに済む。
ナイフ男は多少すばしっこいが元から阿良久佐管理者に熨されていた程度の実力で、毒瓶男の身体能力は平凡だ。
メリケンサックを手にした阿良久佐管理者に為す術もなく昏倒させられるのを悠々と待っていられた。
「より強くなって舞い戻る俺たちの心の支え、か… もうあの人が主人公じゃん」
ネザー注意事項、みたいな感じで書いてる前書き部分。
ネタも尽きかけてていよいよ建築事情に触れだしたわ。
そりゃあマイクラ二次創作ですから建築要素は欠かせませんよねぇ!
あれ? 今まで建築要素あったっけ?
それはそうと建築資格を発行しない国って北米あたりじゃ普通にあるんですって!




