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◆11 "当機立断"の気構えで恋愛の方もぶった切っていけたらいいのになぁ

■ PGB共和国各領内では、医療目的を除き、依存性が認められる薬物の持ち込みは全て禁じられています。


 落ち合おうと言った高架下はほんの一瞥巡らせただけで二人の姿はないものと判断した。


 一瞬の事なので見落とした可能性もなくはないが、後ろ髪を引かれながらも走る足を止めずに高架下を突っ切った。


 大哉が当たりをつけたのは、さいたまスーパーアリーナのチケット売り場。

 そこにはアリーナから最も近いゲートがある。もはや直通と言って何ら差し支えない。


 ツアー前から霊舞は顔色が悪かった。道中で気分を悪くしていても何らおかしくなかったが、客の送り届けだけは無理を利かせてやり遂げようとするだろう。

 だとすれば、きっとあまり移動はしていない。


 突然通話が途切れたのも、電波の届かないネザー側へ何者かに引き込まれたのではなかろうか。


 手堅な確信はないが、これを外すと本当にどこに行ってしまったのか見当もつかないわけで、無理矢理にでも強く信じる他にない。


 まだライブは終わっていないようで、観客の収容を済ませたチケット売り場は思ったほど混雑しては居なかった。端っこの方で人攫いが起きても騒ぎにならないタイミングだってあったろう。


 売り場の端にはオレンジ色の金網のバリケードで囲われた階段の下り口がある。

 元はアリーナの地下に繋がる場所で、こんな所にゲートが開通したのはごく最近だと聞く。

 故に囲いが簡素なままで、その内の一枚のバリケードの土台が僅かにずらされて十分に人の通り抜けられる隙間があった。


 ゲートは理由も全く不明のまま、気が付けば突然に自然発生している。何か不穏な存在が自身の通行時に何らかの方法で創り出してそのまま放置しているという都市伝説もある。


 階段を駆け下っていると、突如として風景が赤茶けた大地に様変わりした。

 地上の囲いがああも簡素なぐらいなのだから、ネザー側の整備など全くない。此処にゲートがあると示すために二本の鉄柱を立て、上部に警戒色のポールを渡しただけの粗末な枠取りがあるだけだ。


 階段を下りていても平地に出るかもしれない想定はちゃんとしていて持ち前の体幹の強さでそこの落差はなんとか凌いのだが、まさか入ってすぐに足元に障害物が横たわってるものとは思わず、結局は足を取られて派手に転んだのだった。


 研修で初めて転移を経験した日に、同様のトラブルを起こした事を思い出した。


 波紋を立ててからゆっくり入れと叱られて以降は忘れずにそうして来たが今ばかりはそんな悠長な時間はなかったろう。だというのに省略した途端にこれだ。


 一体何が足を引っかけやがったのかと恨みがましく視線を投げると、警備員のような装いをした人物が倒れていたのだった。


 地上は人通りの多い場所であったというのにゲートキーパーが居ないのは今にして思うと変だったが、なるほどこんな所に居たのか。


「であー! らああっ!」


 喉が張り裂けんばかりに絶叫した、女性の声がした。

 すぐに阿良久佐管理者の声だとわかって、何はともあれ居てくれた事に安堵を覚えた。


 振り向いた先で、数人に暴漢に囲まれても果敢に跳躍しかかる阿良久佐管理者の姿が見えた。


 半ば覆い被さろうとする暴漢の腕をするりと躱してその膝を踏み付け、肩口を押さえつけて上へと駆け上がる。

 自由落下する身体を大きくうねらせ、空中回転蹴りで暴漢の側頭部を爽快に打ち抜く瞬間を目撃した。


 大変優れた身体能力を有しているとはずっと話に聞いてきたが、実際に阿良久佐管理者の戦闘シーンを目撃するのはこれが初めてだ。


 何故そうなのだろうか? まるで四足獣のような動きをするから不思議でならない。

 お得意の体操は、あくまで準備体操に過ぎないとでも言うかのよう。


「ただでさえダルいってのに! 一際ダルいんだよ、存在が!」


 地面にへたり込みながらも石を投げ、阿良久佐管理者の戦闘を援護射撃をする霊舞がいた。加えて口撃も欠かさない。

 一見元気に見えるが、昼間に見たよりも顔色はずっと悪い。無事で良かったとはとても言ってやれそうになかった。


 己が全身を桐揉み、手足に遠心力を乗せて攻撃を叩きこむ阿良久佐管理者。

 獣でも見ない動きをし、時に回転方向の予測を裏切る突きや切り返しなども入り混じって敵はいいように翻弄されてばかりだ。


 惜しむらくは、攻撃力がいまいち足りない。

 対峙した相手をきっちり叩き伏せるだけの威力は持つが、昏倒しきれずに手を焼いていた。

 それこそ全身のバネや遠心力を駆使して威力の増幅を最大限に試みているのが見て取れるが、どうしても大元の体重の軽さが仇になっていた。


 もっとよく分析してからの加勢が望ましいが、そう悠長にしてもいられず倒れている警備員から警棒を借りて走り出す。


 都合良く武器を手に入れられたし、仕留め役として加勢するのが良いだろう。


 そんな事を思った矢先だった。


「づっ! ・・・・がふっ!」


 暴漢が半ば破れかぶれのように繰り出したボディーブローが、阿良久佐管理者のどてっ腹をクリーンヒットで捕らえた。


「こんの野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 その暴漢のこめかみ目掛け、渾身の力で警棒を叩き込んだ。


 およそ人体が発すまいガキンという異音がして、振り切られた方向にあえなく吹っ飛ぶ様はどこか哀愁すらあった。




────────────────────────────────────




「どうだった? ネザーツアーガイドとしてやっていけそうか?」


 あれは成田空港での初ツアーから拠点に帰還した直後の事だった。

 踊る鉄アレイのバックヤードに入ると栗原先輩がデスクに座っていて、片手で事務作業をしながら片腕はダンベルを上下していた。

 更に初仕事を終えた大哉のケアまでも同時に行おうとしていた。


 こちらは人を斬ったという中々に稀有な体験をした後まだ間もない。

 あまり重々と向き合われても困るが、だからってマルチタスクではなくないかと思った。


「わかっちゃいましたけども、やっぱシンプルに護衛じゃん。何がツアー事業だと言いたいところっすが、客相手の商売には変わりなくて… そこにはちっとばかし難しさを感じました」


 人を斬った話題には触れない。今はとにかく時間が早く過ぎて欲しいと願うばかりだ。


「まあ、高慢ちきな客は時々居るな」


 意識の多くをモニターに向けているせいか、受取り方に主観が強く出ていて見当違いも甚だしかった。

 大まかな報告は既に阿良久佐管理者からメッセージを受け取っているだろうが、顧客の人柄まで書き出すまい。


「決してそんな感じではなかったっす。ただ何ていうかあの人らって、危険なネザーを利用しようなんて選択肢に迫られるくらいに致命的に遅れてんっすよね」


「急いでいるからこそのネザー経由ではあるだろう。しかしなんだ? あたかも自分は日々を用意周到に過ごしているかのように言うじゃねえか」


「完璧キャラ的な? 頭のてっぺんから足の爪先まで、どこを取っても俺のガラじゃねえっすわ」


 揚げ足を取ったような皮肉は素直に否定して、一息の間を置き様子を見る。


 栗原先輩はモニターに集中しているせいか何も言うことはないようで、会話はまだ大哉のターンだった。


「別に周到じゃなくたって、はしこくしてりゃ良いんっすよ。今日、俺は豚くせぇ輩に遭って『今こそ斬るべきなんじゃないのか?』って頭に疑問が過ぎりました。それを無理やり『今こそ斬るべき』に端折ってみたら、何だかんだで結果オーライになりやした」


 これというのは単なる考えなしとは違って逐一葛藤を経ているわけだ。

 口ではさらっと言うように聞こえるだろうが、実際には頭の回転をフリーズアウト寸前レベルの速度で酷使する事になる。試合の駆け引きに慣れているからこそ可能な芸当だ。

 

「雑な言い回しに呆れそうになるが、ちゃんと冷静沈着なんだよなぁ。確かにそういう性格なら利用客とは馬が合わない所があるかも知れないが、護衛役としてはこの上なく頼もしいよ。うだうだ言わずに此処でやってけ」


 有無を言わさぬ強引な決定が下された。


 未だに一度も栗原先輩と目が合わないあたり薄々感じてはいたが、彼はどうやらメンターに向いてないようだ。今後仕事に関する悩み事の相談は阿良久佐管理者を頼りにしようと思った。



────────────────────────────────────



 大哉が暴漢を殴り飛ばしたため宙に置き去りにされた阿良久佐管理者は真下に落下したが、地面に激突する寸前に霊舞が滑り込んで受け止めた。

 半ば一緒に転げまわる形ではあったが受け身にはなっていた。


 それを見守りながら、いまいち関連性の良くわからない出来事を思い出していた。


 これというのは、即座の判断などではなくて単に頭に血が上っただけだ。


 おかげで平静を欠いている事には気付けたので、警棒を刀に見立てて中段に構えた。


 身構えを取れば自然と続いて気構えが整うルーティンが出来上がっている。


 すっと冴えはじめた頭で、まずは敵の人数を数えた。


 敵は男5人。一人は潰したので残りは4人。

 阿良久佐管理者によって全員熨されてはいるが、倒れたふりで奇を衒う機会を探っている気配がある。


 起きて来ないうちにこちらから仕留めに行ったってネザーの法律では許される範疇だが、それが実行できないのは日本という平和な国で育った弊害だろう。

 せめて拘束に適した道具でもあれば良かったが大哉は地上側から車で来ているし、阿良久佐管理者や霊舞もツアー後に一端武装を解いて地上に出ているからこちらは揃いも揃って平時の装いだった。


 敵側の多勢ぶりに心の片隅で怖気づく事は、一端は普通の反応だと受け止めて良い。

 ただしすぐに切り上げて、真に用心すべきところに意識を向けねばならない。


 今視界に入っている距離感の連中など対処はそう難しくない。


 離れた所からの狙撃などされたら手も足も出ないので、周辺の景色が蜃気楼で揺らぐあたりまでかなり広範囲に警戒心を巡らせた。


 とはいえ伏兵を明確に探り当てる手段など知らないのでただ怪しむだけだ。

 これを無事に切り抜けたら、今度知り合いのサバイバル厨にでも聞いてみよう。


「こいつら、試練とかなんとかわけわかんない事言ってカヤさんを狙ってんだ! 私が奴らに引きずりこまれたばっかりに不利を被らせちまった… 畜生ッ!」


 蹲る阿良久佐管理者の背をしきりに撫でながら霊舞が現況を説明した。

 掠れた浅い息を荒く繰り返しながら凄惨に(えず)く阿良久佐管理者。聞いているだけでも無性に辛いが、意識は飛ばしてないようで幸いか。


「小僧ッ! 崇高なる試練の邪魔をしてくれるな!」


 途端に弾かれたかの如く、遂に敵側の一人が起き上がって来た。

 片膝をついた低い姿勢でこちらに拳銃を向ける。


 それもあるだろうとは思っていた。

 そして試練とやらが連中の目的であるならば対象の阿良久佐管理者と、阿良久佐管理者の戦力を削ぐ役割になっている霊舞には銃口が向かない事も解っていた。


 倒れ姿勢で懐の銃を探っていそうな奴は目を付けてしていたし、そいつの狙いが大哉一択であるならば一息に接近して無力化するのは容易だった。


「遅すぎてあくびが出るわ。寝てな」


 照準を定める間を与えず、拳銃を握る手元を警棒で打ち付けた。

 敵の壮絶な悲鳴が聞くに堪えず、胴を足蹴にして向こうへ飛ばす。


 その際ちょっと格好つけた台詞を放ってみたりしたが、あくびが出ると言っておいて相手に寝ろと言うは何だかおかしな気がした。

 どう言えば上手く決まっていたのか、などと悩みながら落とされた拳銃を蹴って霊舞の方へ寄越す。


 このところ刀の扱いに慣れたい一心から居合術や斬術に重きを置いてはいるが、競技剣道においての大哉の十八番(おはこ)は足捌きにある。


 ボクシングのシャドーステップもそう、というか対戦相手にバタバタと駆け寄る競技など存在し得ない事実に表れている通り、その歩法は全ての武道に通じる。


 剣道では主に前後移動で、平均3~4歩の距離を瞬く間に詰めたり離れたり。

 これに相対した者は、姿勢もさほど変えずに一瞬で場所を移ったように感じる。

 更に刀剣そのもののリーチも加えるから、剣士の間合いというのは存外広いのだ。


 瞬間移動の様に素早い、動き出しの予兆を見せない、移動距離が長い、連続が可能等々、何気に人によって個性が出るところだったりする。

 大哉個人のアドバンテージは、6~7歩分はあろうかというかなり長大な跳躍距離だ。

 並の人よりもつま先の反発力が馬鹿に強いらしく、もしも剣道ではなく陸上競技に取り組んでいたらそちらでも良い活躍ができたんじゃないかと陸上部員から絶賛された事があるのが密かな自慢だ。


 これくらい唯一無二の才能でもなければ流石に令和の剣豪になるなどとは豪語しない。

 その才気を遺憾なく発揮すれば、今目に見えている敵との間合いでならば相手に何をされるよりも早く敵を叩ける。


「得意の跳躍で長距離を一息に詰めて斬る。これこそが俺の必殺技、"耶不(じゃっぷ)斬り"っす! 阿良久佐管理者、見てくれましたか?」


 迷いを現す()と、否定を現す()

 それらを断ち切って剣を振るえという極意をそのまま技名に表す。


 本来不安症であるが故に、迅速果断が吉となる事も往々にあるだろうと思い返したくてそう名付けた。

  

 振り返った阿良久佐管理者は、しかし相変わらず蹲って腹部の痛みに苦しんでいた。

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