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◆10 女の子とドライブに行きたくて取得した車の免許なのに野郎と連むときぐらいしか使い道が起こらない件。

■ PGB連邦共和国各領ではをStand(スタンド) your(・ユア) ground(・グラウンド)法を採用し、差し迫る脅威に際して"退去義務の免除"を認め、武力行使による自己防衛を赦します。


「ほれ」とだけ言って半ば押し付けるように二段式の弁当箱を手渡してくる霊舞。


 突然のことで何が何だかわからないでいた大哉は「昨日の礼に昼飯を作ってやったぞ」と遅れて説明がもらえるまではひたすら呆然と立ち尽くしていた。


「言うまでもないだろうが要望のあったラーメン定食ではないぞ。あんな汁気の多い物は運ぶのが難しいから、代わりに中華味の海鮮焼きそばにしてみた」


「ああ、なるほどアレか。てっきり社交辞令止まりだと思ってたわ。わざわざサンキュ」


 PCデスクの上にあったよくわからない書類の山を雑に隅へと押し退けてスペースを作り、早速開いてみる。その瞬間、オイスターソースの芳醇な香りが鼻腔を擽った。


 下の段は葱を焦がした胡麻油が香ばしく食欲をそそる焼豚炒飯。

 おまけに餃子が二個と唐揚げが一つ。


「てっきり写真映え弁当しか作らないトレンディ属性持ちなんだと思ってたのに何だ? 男の胃袋の掴み方もちゃんとわかってんじゃんか」


「バツイチ予備軍をなめんなって。こんな油ギットギトのLDL値爆上げメニューを作ったのは新婚の頃以来だったよ。まあ、思いがけず非日常を感じられて悪くはなかったんだがなぁ」


 一人でも使っても狭々しいデスクスペースだが、霊夢はお構いなしに並んで詰め掛けた。

 大哉に渡した弁当箱より一回りほど容積の小さな自分の弁当箱を横で開く。


 上段の海鮮焼きそばは同じだが、下段は内容が全然違った。

 炒飯は白米に、餃子はスライスキュウリに、唐揚げはコーンとカットミニトマトに置き換えられている。


「・・・・・・・・・・・・」


 新婚ネタという縁遠いものを叩きつけられ、何を言い返して良いかわからずに不意に無言の間が生じた。


「どうした? 苦手なものでも入ってたか?」


「いやまあ… 弁当一つ見比べても霊舞は俺よりずっと健康志向なのに、今日会った誰より顔色がうすら悪いんだよなぁって思って」


 半月そこらじゃまだ仕事も不慣れのままで、新人一同はここいらで疲れが押し寄せる頃。

 不調に見えるのはそのせいかなと思いもしたが、霊舞の草臥れっぷりはそれにしても異様だった。


 或いは、元が色白なためでちょっとでも青かったりすると人一倍目立つせいだろうか?

 

 まあ、直接聞くのが手っ取り早いので話をそのように運んでいった。


「そ、そうか? 別に自分では何とも感じてないから全然大丈夫だぞ。まあでも、言われてしまったなら後半はなるべく安静に過ごすよ」


「安静にって、ツアーの予定が一件あったろ? どーすんだよ」


 ツアーを熟した数は報酬に影響するから、おいそれと代わってやるとも言えない。

 霊舞の側から変わってくれというのなら大哉は全く構わないのだが。


「気遣い下手くそで一瞬わからんかった。ありがとな。しかしこの件の依頼主は女性の客で、女性ガイドが担当する事を望んでらっしゃるのさ。アタシとカヤさん以外じゃ対応できない。病気などではあるまいから大丈夫だ、なんとかする」


「子供熱出してたろ? 何か伝染(うつ)ったんじゃねぇのかよ?」


「あれは小児特有の免疫不全疾患で、大人がなるものじゃなかった。アタシが体調不良なんだとすれば、ただの蓄積疲労だよ。丁度今が自我の芽生え始める"魔の二歳期"だからな。ちょっとした事ですぐに弱るのにもお手上げだってのに、夜驚症はオーバーキル過ぎんだろ…」


「そんなにも切羽詰まりながら、俺の弁当なんか作ってやがったのか!? 正直言ってあんな口約束は反故にされると思って本気にしてなかったし、逆の立場なら俺はそうするぞ」


 せっかく貰った弁当だからしっかり食わせてもらっちゃいるが、批難は盛大に浴びせかけた。


 味の方は、ラーメン定食の口など容易く(つぐ)まされてしまうほどに美味い。焼きそばと炒飯に混ぜ込まれた紅生姜の塩梅が絶妙で、思ったよりもずっと口の中がさっぱりしていた。


「どうせアタシは自分の弁当が要るんだから、こんなのは焼きそばを多目に作っただけだっての。餃子も唐揚げも以前に作り置きしてたものを解凍して、微妙な量の焼き豚が残ってたから炒飯だけは個別に作ったけど全然大した手間でもなくてだな…」


 論点のずれた所で、何を必死に言い訳しているのやら。


「多忙を言い訳にして反故にしない時点で犠牲心がバグり散らかしてやがるって話なんだよなぁ。難儀な性格してんなぁ」


「元はこんなんじゃねぇよ。生真面目で融通が利かない節は元からあったかも知れないが、以前はもっと他人をこき使う性格だった。旦那が鬱になった後で、ああなる前にアタシから寄り添ってやれれば結果は違ったんだろうかって後悔でこうなったのさ」


「俺は婚姻生活に疎いから簡単に言っちまうけど、その気持ちがあれば今からでも旦那とやり直せんじゃねぇの? 生活は厳しいだろうが今一度しっかり支え合って、それでも苦しいなら周りの助けも受け取ってさぁ。少なくとも俺はそんな二人なら力になってやりてぇと思うんだよ」


 離婚寸前で途方に暮れそうな今の霊舞を支えてやれば、大哉としてはワンチャンがあるかもしれない。


 気性は荒いしあまり色気は出さないけれど、見目は割と整っている。

 優れた運動神経にも好感を抱けるし、料理も美味い。

 若干おつむが弱いのはお互い様で、子連れとはいえみすみす見過ごすには惜しすぎる逸材だ。

 

 ところが、なぜだかそれには気乗りがしない。

 今しがた述べたように、二人で前向きに生きてくれた方がまだ応援したいと思えるのだ。


 そこまでお人好しなつもりはないから、どこか陰気臭い今の霊舞を無意識下で拒んでいるのだと思う。


「娘の真理愛(まりあ)はまだ物心も付いちゃいないんだろうけれど、実の父親にはきっと傍に居て欲しいものだろうなと考えるよ。真理愛がそれを望むなら、アタシが意固地になるような事は何もないさ。だが旦那の方がどうあっても駄目だろうね。対人ストレスが至高とされる芸能界で、縋るべき妻と言う立場から梯子を外された恨みを決して忘れちゃくれない」


「それは… 厳しいな。恨みってのは、痛みの恐怖だからな」


 修復も困難なほどに打ち砕かれた心がこれ以上傷つく事の無いよう、感情は激情を持ってまでも防衛に徹する。


 生存本能が剥きだしになった魔物に、コンプライアンスなど呼びかけても何の意味も為さない。


 切に欲するのは心が癒えるまでの長大な平穏のみだが、およそ世間にそれを与え得る者は無し。


「何さ、知った風に言うじゃんか」


「まー、ちょっとな。ってか弁当マジで美味いわ。また作ってくれん?」

 ワンチャンあるかもしれない未来に賭けてさりげなく褒めた。


「反故にしないのはおかしいと散々咎めておいて、どの口が言いやがるか…」


 ワンチャンどころか次の弁当も望みは薄そうだ。




─────────────────────────────────────




「確かお前、オートマの免許持ってたよな? 今からジムの車借りてひとっ走り頼めるか?」


 栗原先輩から電話がかかってきて何か不味い事でも仕出かしただろうかと怯えながら出てみたら、そんな内容だったのでほっと安堵する。


「真っ直ぐ停めんのマジで下手くそ過ぎてダチから爆笑されるレベルっすけど、街中走るぐらいは全然問題ねぇっすよ。何すか、迎えに行けばいいんすか? …って、パイセンは確かミン君とペアで名古屋城までツアーに行ってたはずでは? 流石にそんなとこまで走らされたらかなりの残業じゃね?」


 地上距離にして200㎞以上。

 最短経路で往復しても4時間前後はかかる。

 大哉の残りの勤務時間は2時間を切ってるというのにこれは引き受けたくない。


 ゴーレン氏が居れば大哉が出動を要請される事は無かったろうが、生憎とあの人は今頃ネザーだ。

 アシスタントガイドは不要で、管理者クラス一人だけで請け負い可能の煉獄速達サービスというものがある。

 ブタ共の略奪に遭う可能性が高く、荷物の無事に保証は一切はない。そんなものだからなかなか依頼は珍しいというのに、どうしてこんな時に限って入ってくるのやら。


「違う違う。俺たちじゃなくて、カヤと須能のペアを迎えに行って欲しいんだ。二人は今、さいたまスーパーアリーナに居るから」


「そっすか。名古屋じゃなくて良かっ…あ? んー?」


 単純に直線的な測量を頭に描いたまでで厳密な距離など知る由もないが、以前行った羽田空港とそう変わらない距離感であるような気がした。


「その辺りなら車で50分ってとこっすよね。それを往復すると考えたら、30分かけてネザーで帰るべきなのでは?」


「須能がツアーの後で体調を悪くしたんだ。ネザーの熱気に晒されるのは厳しい。おまけにアリーナでは大型のライブが行われてて公共交通機関も頼りない」


 確かツアーの依頼をしてきた例の女性客も、推しのライブを観に行くためなら例え火の中水の中と声高に謳ってネザー経路に挑んでいったものだ。


 そういうのに全く疎い大哉だが、電車の混雑だけでなくタクシーを捕まえるのも一苦労そうという状況が俄かながらに想像し得た。

 

「マジっすか… 霊夢の奴、なんとかすると言ってた癖に」


 目的地に客を送り届ける事は完了して確かにそれは成した様だけども、そこで果ててどうする。

 無事に拠点に戻るまでがツアーだろうが。


「ってかそれはもう救急車呼べよ」


「俺やカヤも提案はしたが、本人が頑なに断るのさ。仕事を終えたらすぐに託児所へ娘を迎えに行かなきゃならんとな」


 託児所の心象を悪くする事はシングルマザーにとって深刻な損害になる。

 問題のピーク期を過ぎて尚も、未だ世間には待機児童が取り残されている。

 人口の密集する都心部周辺は今でもまだまだ大勢居るとニュースで聞いた。


 だからといってそんな状態でも救急車を呼ぼうとしない強情さは霊舞の悪いところだ。

 霊舞が倒れる事の方が家庭にとっても娘にとってもずっと致命的なのは明白だろう。


 今日は大哉と霊舞が同じ時間帯のシフトで、休憩時間も一緒だったから弁当を貰ったりなんていう一幕があったわけだ。


 特に退勤後に何か予定のある大哉ではないが、定時で上がりたい気持ちはだけは共通だろうか。


「あいわかりました。デスクの引き出しに入ってる車のキー持って行きますけど、ジムトレーナーの誰かに話はついてるんっすよね?」


 電話口に訊ねながらも大哉は既に鍵を持ち出して駐車場に向かい始めていた。


「そっちの連絡はソンがしてくれたからお前からは特に何も言わなくてもいい。それじゃ、二人を頼んだぞ」


 スマートロックが解除される音と通話の切断音をほぼ同時に聞くのだった。



─────────────────────────────────────



「さいたま新都心駅からアリーナにかけてはエリア規制がされているので、もっと手前で民間駐車場に一端車を停めてください。まあ、この混雑ではあまり空いてなさそうな気はしていますが…」

 

 埼玉県道124号高速道を経由して新都心西JCTから一般道に入った大哉は、信号待ちのタイミングでハンズフリー通話をかけて阿良久佐管理者と合流方法を示し合わせていた。


「喜んでください、規制エリアも際っ々のところで空いてる駐車場見つけられましたよ」


 もう既に規制エリアが目と鼻の先というところまで来てしまっていたので離れようとしたら、思いがけず空車のランプが目についた。


「それはナイスです! 其処というのはどちらですか?」


 斜め気味にはなってしまったが無事に駐車場に車を停められたその後も暫くアイドリングを続け、カーナビのマップを弄り回した。

 目的地をアリーナに設定した後はカーナビの指示に従順してここまでやってきたもので、自分が今がどの方角を向いているのかすらもよくわかっていないのだった。


「えっと・・・西口駅前通り? ってとこから、新幹線の高架が見える方へ進んで下さい。高架下辺りで落ち合いましょうか」


「かしこまりました、すぐに向かいます。辛いのにごめんね霊舞ちゃん、ちょっとだけ頑張って歩こうね。・・・え? きゃあっ!」


「どうしました?」


 ながらスマホなどするから足元を躓いたのだろうか。


「一体何なんですかあなた方は! 止めてください! その子に触らない・・・・・・・・・・・」


「は?」


 何かただならない事が起こっているとしか思えないような悲鳴が通話口から聞こえ、通話がぶつ切りになった。


 その後何度かけ直しても繋がらず、電源の問題か通信障害を疑うアナウンスが無情に流れるのみだった。



 さいたまスーパーアリーナだっつってんのに

 途中から日本武道館と間違えて1000文字以上も書いてしまい

 いっそ武道館にしちゃう? とも思ったのですが

 日暮里駅から武道館までの道程をネザーでは一直線で行けるものとした場合

 徒歩5分前後という驚異の近距離なので御座います。

 それはさすがに歩いて帰れ!

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