◆1 マッチングのサーチ範囲を全国にすれば流石に一人くらいは・・・と思った矢先の事でした。
■ネザー内は外国扱いとなるため渡来の際にはパスポートの携行が必須になります。
■守衛能力の優れた人材を欲しているとはいえ、暴力団関係者の方に置きましては雇用する事自体が地上側各地自治体の違反行為となるため応募をご遠慮いただいております。
■当業種の死傷千人率は29.8%と高水準の値に達している事を予めご了承ください。
「剣道の天皇杯で準決勝手前まで勝ち上がった実績ですか、素晴らしいですね」
現場管理者の肩書が俄かには信じがたい柔らかな声に思わず眠らされかけてはっとした。
「いえいえ、全然大した事ないですよ。結局三位以下なのでろくに賞も受け取っちゃいませんし」
非モテを象徴するような針金質のゴワゴワ髪を掻き乱しながら否定した。
「謙遜は要らないですよ。うちはそういうところの出が多いから、己自身の克服や周りの期待に応じたいとする競技者ならではのプレッシャーにも理解があります。栄誉ある賞を持たないから須智部君にブタどもを退ける力は無い、などという見方はしないんだよ」
しれっと出て来たブタどもというワードを聞いてやはり殺伐とした業界であると実感し、須智部大哉は思わずピンと背筋を正した。
阿良久佐と名乗った面接担当の女性は穏やかな雰囲気を纏っていて、一見では荒事など一切無援そうな人種に見えるのだが。
ネザーは灼熱に満ちた世界であるから、頻繁に出入りしている人は一目瞭然の髪質をしているという。ところが左肩に流した亜麻色のセミロングヘアは、とても艶やかだった。
しかし現場管理者と申すからには、当然現場に赴く立場なのであろう。
朧気に想像してみただけでも無性に頼りないような気がした。
「携行する武器はやはり刀剣になりますか? ネザー初心者には当たればセイタイハカイセイノウの高い斧を一番に勧めていますが」
少し話し込むと、すぐに荒廃した背景が見え隠れする。
なぜかフィットネスジムにて行われる事となった面接は、ジムの奥から倉庫へと繋がる通路であり物置でもありパソコンも備えた狭苦しいバックヤードの中で行われた。
パソコンデスク脇の適当なキャスターチェアに座らされて隔てるテーブルも無しに質疑応答をしていると、今は診察に来てたっけかと思わされかけもする。
コンビニバイトなどの面接もこのような雰囲気だと聞いたが。
”生体破壊性能”などというパワーワードが飛び出すのは、フランクなどという言葉ではとても片付けられない。
衝撃のあまり、「あ・・・ あ?」と思わず聞き返してしまった。
「剣道の経験者でしたら、支給する武器は西洋剣よりも曲刀の方が合いますでしょうか?」
「そうっすね! いや、そうですね! 出来れば日本刀が良いです」
ネザー内国家には銃刀法など存在しない。
危険と隣り合わせの灼熱世界を生き抜くのに防衛武具の携行をしないなどとは愚の骨頂、とする文化でもある。
また冶金技術の発展に力を注ぐ政策も相まって、武器の支給は驚くほど気軽にポンと渡されるのだと噂に聞いたのでこれもさほど図々しい申し出ではないのだ。
因みに日本刀を扱った経験など皆無だ。
思い描く剣閃に刀鋩を差し込む意識で振らねばろくに切断力を発揮できない、ぐらいの浅い知識しかない。
剣道を修める者として密かに憧れがあったというだけの理由でそれを希望した。
「日本刀、格好良いですよねえ。私は徒手空拳なので剣士の方々の花やいだ立ち回りが羨ましいんですよお」
「素手!? え、え? 武器なしでネザーに突入する人がいるとかどんな剛の者っすか!?」
目の前で愚の骨頂と遭遇した衝撃で、思わず口調が崩れた。
「ああ違います、ほとんどの場合は麻酔銃だけで片がつくんです。それでもいざというときには体操選手として鍛えたの身のこなしが役立つんじゃないかと思って私もガイドになったんです」
「あ、でも徒手空拳と言いつつ拳法家ですらないんだ」
「実際身のこなしは十分だから迎撃手段を増やせと管理長の指示を受けたので、今まさに空手スクールに通ってるところなんですよ! って、須智部君の面接なのに私の話になっちゃってるね」
「それは全然、もっと聞きたいぐらいです!」
本気でそう思って言ったのだが、お上手なんですねと笑って流されてしまうのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この面接に手応えを感じたら、マッチングアプリのサーチ範囲を大規模に拡大するのだと心に決めていた。
ネザーという異次元空間を経由すると、現実の移動距離が大幅に短縮されるという摩訶不思議な現象が起こる。
その経路がすぐに使えるわけではないが、仕事自体がかなりの高収入だから遠距離恋愛も幾らか容易くなるだろうと考えていた。
飛び抜けて殉職率の高い業界であるし、今を楽しまねば死んだ後からでは取り返せない。
手ごたえは良好どころか、即採用だと言われた。
ならば実行するしかあるまいと帰り電車を待つ駅のホームでスマホを構えたのだが、そのとき面接の中で幾度と垣間見た阿良久佐管理者の笑顔が脳裏に過った。
その屈託のない笑顔で
百枚はくだらない分厚い書類の束を差し出し、
すべてに目を通して
同意書にサインして明日また来て下さいねと言ったのだった。
シンプルに、吞気にマッチングしている時間がなかった。
「危険な仕事だし、国家間の移動も伴うし、こっちの身元もはっきりさせなきゃだし、そりゃ書類ドッサリにもなるんだろうが・・・明日て」
ちょっとしたオリエンテーションの実施に過ぎず明日いきなりネザーに放り込まれるわけではないそうだが、あちら側の都合がやや切羽詰まってるのは読み取れた。
今回の急募に関する事情は何も知らない。
人手確保の厳しい業界はいつ見ても急募を謳ってるところだってあるからさほど気にしなかった。
要人警護など請け負うこともあるらしいから、万全にして臨みたいなどだろうか?
ちっぽけながらに納得のいきそうな想像をしている場合でないことにふと気づく。
小脇に抱えた書類束の重圧が、自宅に帰り着くまでに事あるごと大哉を辟易させた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自宅リビングのテーブルに放り出した後は結局なかなか書類に手をつけられず、日が変わる頃になってから大慌てして夜更かしで読み込んだ。
そのせいで酷い寝不足に苛まれ頭は常にぼんやりしていたが、初めて日本刀を鞘から抜いたその瞬間は霧が突風で吹き飛ぶが如くに覚醒した。
「決して上等な質ではないが、実用には十分耐える性能だよ。物づくりには妥協しないのが我が国だ。支給武器の仕入れを目敏くするでは飽き足らず、あっちに技術指導員まで送り込んでる」
「ほんとうに良い国に生まれたもんっす。見てください先輩。この美しい刃紋、無理を感じさせない反り、造形そのものがもう芸術なんっすよ」
叩き固められた鋼鉄のズッシリした重みを受け、掲げた手が震えた。
僅かなブレでも光の当たり加減が変わり、磨き上げられた刀身を反射が一気に走り抜けた。
その様がたまらなく好きで、いろんな角度で倉庫内の蛍光灯の光に晒すのを試した。
大部分はフィットネスジムのマシンやウェイト類の置き場として使われる倉庫奥の角っこの金属籠に、檄斧刀剣が乱雑に突っ込まれている。保存の仕方は目に余るが、幸い刀身には錆の一つも浮いてはいなかった。
壁には弓や銃なども掛けられていて面白そうな代物は幾らでもあったが、今はどうしても強い憧れのあった日本刀にだけ釘付けだった。
「この“金剛輪切丸”となら俺はもう一度、令和の剣豪になる夢がみられそうっすよ」
「高い志が揺り戻るのは喜ばしいよな。気力は消費するばかりのアスリートには死活問題だ。しかし出オチみたいな名前の愛刀ではお前自身も出オチに終わりそうとは思わんのか…」
精悍な顔つきをしたドレッド頭のマッチョメンに向き合い「出オチ? なんで?」と聞き返したが、暫しの沈黙を置いて話題は急転換された。
「日本刀の神髄は先手必勝。押し合いで隙を探る西洋剣とは根本的に用途が異なる、というのは承知かな?」
金属籠の中から抜き取ったロングソードを掲げて先輩は問いかけてきた。
何をする気かと思いきやポケットから白い布切れを出して刀身の手入れを始めるのだった。
さっきまで頭がぼんやりしていたせいで上の空で挨拶を交わしたのだが、確か栗原拓海と名乗ったか。今日のオリエンテーションは終始彼が担当すると聞いていた。
「対面で睨み合い読み合い駆け引き合いの剣道はスポーツマンシップに則りすぎだ。誘い出しパリィから自身の流れに入って決めに掛かるのが万事に通用する実践剣術なわけだが、それならばどんな刀剣でもよくないか? 切断性能に特化した日本刀の持ち味を最大限に活かすべくは、相手が銀の閃きに気づいたときにはもう既に切った後とする居合術が望ましいだろうな」
拭った刀身を片目つぶりで見定めながらに言い、気になるところに吐息を吐きかけるために話が一端途切れた。
「ネザーツアーガイドはツアー参加客を守るのが仕事だ。守るための用途ではない、攻撃偏重型の日本刀を意固地に持つことはお遊びとも捉えられかねないぞ。打ち合い耐久に優れた西洋剣の方が目的に相応しい事は理解できるな?」
栗原先輩が何が言いたいのか、やっと解った気がした。
直前に刀の名付けの何が気に入らないのか追求していたから、それを逃れるために刀剣うんちくを披露していたわけではなかったようだ。
「でも俺は、やっぱり日本刀がいいんっす。どうせ死ぬならその手に何を握った死に様がいいかって感情でしかないんっすけど」
「その気持ちも十分に解るさ。まあ、なんとなく脅威らしきものを切り伏せておけば守ったことなっていたということもざらにあるがな」
「なるほど、じゃあ俺もそのていでいきます」
結局これは何の話かと言えば、あくまで体裁に納得のいく理由を付けただけだ。
実際、迫る脅威に対して一番槍となるのは近接武器ではなく飛び道具だろう。
ネザーでは何のために武器を振るうのかは精神の奥深くまで落とし込むべきと、あの大量の書類のどこかにも書かれていた。
武装が当たり前の気持ちのままであちらから出てこられては地上社会が困るからである。
そうした刷り込みがどれほどの効力を発揮するのかはわからないが、仮に無意味だとしても何かは心がけなければなるまいよ。
「移動距離の超短縮という至極シンプルなメリット一つで、未だにネザーは“利用せざるを得ない”時代を抜けられない」
昨日の面接が行われたバックヤードに場所を移し、オリエンテーションを聞いていた。
今日も会えたら良いなと期待していたが、残念ながら阿良久佐管理者の姿は見えなかった。
「仮に真空超電導リニアの交通網が全国単位で張り巡らされそれがタダ同然の価格で利用できたとしても、ゲートを完全に封印する時代は来ないだろう。ツアーガイド業者の目を盗んでアウトローな輩がよからぬ目的で利用しているのは昔も今も変わらず、きっとこの先もずっとそうであろうからだ。それに…」
一端間を置き、栗原先輩は大哉が話に付いて来られてるか確認するように目配せをくれた。
ギリギリ混乱寸前なのを確認し、また口を開く。
「如何にエクストリーム環境が過ぎるとはいえ、広大な未開拓領域を残す土地を捨てる選択肢が地上人には存在せんだろうしな。テラフォーミングに成功すればいつかはネザー内だけで自給自足を賄える日が来るかもしれないだろう?」
ネザー内では食料生産がほぼ不可能というのは、其処にに足を踏み入れた事が無くとも大抵の人が知る。
ネザー内独立国家PGB連邦共和国では貴重な来訪者をマーケットへと招き物資の流入流出やそれに伴う経済効果を享受したがっている。
それに肖る形であってツアーガイドなどという事業が成立できるのだ。
尤も、水を確保せねばあの灼熱世界では半日も生きられないのでマーケットを素通りすることは何人たりともまず考えられない話ではある。
「ところが先の大戦の名残で、ネザーはそこかしこに地雷が仕掛けられている。敵の移動を制限すべく布かれた軍策だったから、これでもかとな。開拓路外に石を投げれば即起爆というレベルだ。ただでさえ居心地の良くないネザーをまともに住めない土地にした最も致命的な理由がこれだ」
この件は昨日の書類でも特に見覚えがある。
ピガルナ領・グスター領・ブライザ領と主要3国ある中で、後者の二つは地雷原に足を阻まれてほとんどが立ち入り禁止区域だと記されていた。
なぜそこの記述が特に印象づいたのか。
そこには奴らが潜んでいる可能性が高いからだ。
地雷埋没地帯の壁は奴らの足跡を辿り辛くする絶好の隠れ蓑となる。
ネザーで最も畏怖すべき凶悪生体。
通称“小汚いブタども”こと、国外逃亡犯罪者とその集団だ。
新作!
マインクラフトのネザーという要素を題材にした二次創作でローファンタジー!
なろう系らしく、異世界転移モノですよ一応 …
よろしくお願いします!




