ハロウィンパーティでのバイト
東京のとあるクラブ街は、熱狂的なハロウィンパーティで沸いていた。ネオンが点滅し、仮装した若者たちが笑い合い、音楽が響く中、平田竜介は警察官のような制服で直立不動で立っていた。だが、彼は警官ではない。警備員だ。黒い制服に帽子、胸には警備会社のバッジ。コスプレではない、ただの仕事着だ。
パーティのピークは20時頃と聞いていたが、19時を少し過ぎた今、会場はまだまばらだ。竜介は一瞬、職務を忘れ、通り過ぎるコスプレイヤーたちを眺めた。セクシーな魔女、ゾンビに塗れた女子高生、白装束でゆらゆら漂う幽霊の少女。皆、楽しげに笑い、写真を撮り合っている。竜介の胸に、仕事なんて放り出して混ざりたい衝動がチラつく。
そんなとき、視界に一人の男が飛び込んできた。紫のスーツがギラギラと光り、緑の髪はぐしゃっと無造作に固められている。顔は白塗りで、口元は血のように赤く裂け、目は黒く縁取られている。まるで狂ったピエロだ。男は大げさな仕草で竜介に近づき、ニヤリと笑った。
「なぁ、警備員さん! コスプレコンテストの受付、どこだ?」
竜介は冷静に答える。仕事だ。
「この道をまっすぐ行って、右手に見える看板のとこです。すぐ分かりますよ。」
男は赤い唇をさらに歪めて礼を言う。
「おお、助かるぜ!」
見た目の派手さに反して、意外と礼儀正しい。竜介は好奇心から尋ねた。
「そのコスプレ、何なんですか?」
男は目を輝かせ、芝居がかった口調で答えた。
「おっと、警備員さん、ジョーカー知らねぇ? バットマンの宿敵だよ! ゴッサムの冴えない男が、狂ったピエロになって街をぶち壊す映画さ!」
ジョーカー…そういえば、そんな映画があった気がする。竜介は曖昧に頷いた。
「はあ、教えてくれてありがとうございます。楽しんできてください。」
「ハハ、もちろんだ!」
ジョーカーは弾んだ足取りでコンテスト会場へ消えていった。
竜介は小さくため息をつく。なんでこんな日にバイト入れちまったんだ…。そんな後悔を噛みしめていると、また人影が近づいてきた。
今度は…異様な静けさをまとった男だ。濃紺の作業服は地味だが、顔には白い無表情のマスク。目の部分は黒い空洞で、感情が読み取れない。右手に握られた大きなキッチンナイフには、血のような赤い染みが光っている。
…あれは玩具、だよな?
男が低く、抑えた声で尋ねる。
「コスプレコンテストの受付、どこですか?」
竜介はさっきと同じ説明を繰り返す。
「まっすぐ行って、右手の看板のとこです。…そのナイフ、玩具ですよね? 一応、確認です。」
マスクの下からくぐもった笑い声。
「ハハ、もちろん玩具ですよ。この道でいいんですね? ありがとう。」
声は意外と愛想がいい。竜介は再び好奇心に駆られ、聞く。
「それ、何のコスプレなんですか?」
男は一瞬、じっと竜介を見つめ、静かに答えた。
「マイケル・マイヤーズ。『ハロウィン』って映画。仮面の殺人鬼が、このナイフで町を恐怖に沈めるんだ。」
ああ、なんか聞いたことあるな…。ホラー映画だっけ? 竜介はそう思いながら頷く。
「なるほど、教えてくれてありがとうございます。楽しんできてください。」
「了解。」
マイケルは無言で踵を返し、コンテスト会場へ向かう。その背中は、まるで動く彫像のように無機質だった。
竜介はまたため息をつく。自分もコスプレして参加すればよかった…。そんな後悔が胸をよぎる中、新たな人影が近づいてくる。竜介は目を凝らし、凍りついた。
全裸の男だった。




