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贖罪の巫女  作者: 希主果
第2章

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9/19

〜終わりの始まりは終わり?〜

「はぁ......。」


 掘立て小屋の隙間から入り込む風は一層冷たい。暖を取ろうにも銀が底をつきかけているので今は薪を買う余裕はない。それならば林で集めてくればよいのだが、生憎先日の雪で枯れ枝はどれもが湿って役に立ちそうに無い。


 いつもその日暮らしが定番の紬にとってはこの手の貧乏話は大して珍しくもないのだが、今年はいつにもましてそれが顕著だ。

 この間のお祭りでは結局、舞を奉納出来なかった。当然ながら報酬を貰えるはずもなく、更に騒ぎを起こした張本人という汚名を着せられ目下休職中の身である。もちろん、蓄えなどあるはずもなく、この命は今や風前の灯火となっている。


 だが、本当ならあの時に叩き斬られてもおかしくはなかった。下賤の者のあの言い草、しかも相手はこの国の次期大皇というのだから普通考えれば極刑は必死。

 それを何とか免れたのだが何道、斎王を継ぐのだから結局結果は同じなのである。


 もっと上手く立ち回わる事が出来たなら最後くらいはこんな思いをしなくても済んだでのあろうがこれが性分、後悔はない。



 「伊織、元気にしてるかなぁ。」


 紬は取っておいた胡桃を一口齧り、柄にもなく人の心配をしてみた。あれ以来、その娘とは会っていない。お節介で人一倍正義感の強いアイツの事だ、余計なお世話と恨んでいるに違いない。

 だがそれで良い、この後も生き続けてくれるのであれば何と言われようが私のした行いはそれだけで意味があったというものである。


 「しまった!」


 考え事をしていたら事もあろうか貴重な食料を全て食べてしまっていた。胡桃の収穫適期は疾うに過ぎており、これから探すとなるとかなり骨が折れる作業である。

 

 (これじゃぁ春までとても持たない。)


 紬にとっては無用な悩みである。けれどもこれが現世と来世を繋ぐ唯一の拠り所でもあった。

 それを失ったと分かった途端、波打ち際に作られた砂城の様に紬は崩れ落ちてしまった。


 天を仰いでこれまでの自分を振り返り、かつての姫をこの身に重ねてみたが、意外と冷静に分析をし始める自分がそこにいて何だか笑えてしまった。


 「意外と元気そうじゃないか、風呼びの巫女......、じゃなかった風の姫君。」


 顔を見なくても誰が声を掛けてきたかは直ぐに分かった。高位の官でありながら考えの浅く、主人に尻尾を振るしか取り柄のない使えない駄犬。


 (久しぶりに会う人間が何故お前なんだ......。)


 「こんなところまで、どうかなされたのですか?辛夷様。」


 戸の向こうには自尊心の高い駄犬にしては珍しく簡略化した朝服に毛皮の羽織もの、体を動かす仕事をしてきた後であろうか衣装は所々気崩れていた。


 「辛夷様、やっぱり降格なさったのですね?」


 相変わらず無気力な物言い。一つ違うのは相手に見せる敬意が全く感じられないことだ。


 「日に日に無礼になっていくなそなたは。そんな訳無いだろう、やっぱりそなたの事はどうにも好きになれん。」


 「ありがとうございます、それを聞けて安心しました。ところで今日はどういったご要件でしょうか?」


 「おぉ、そうであった。今日は殿下の命で姫を後宮まで連れて参る様に仰うせ使ったのだった。」


 後宮。それは現大皇とその后妃や嫡出子が住まう場所の事であるが安定した皇位継承の為、皇族や有力貴族の姫達が子を為す為に集められる、謂わば女の鳥籠である。

 かの斎王も年齢を考えれば何処かの宮で暮らしていたのだろう。


 ついにその時が来たのである。


 「分かりました、では参りましょうか。」


 そう言うと紬は身支度もそこそこに用意してあった駕籠に躊躇うことなく乗り込んで行った。姿勢を正して、ただ前を向くその姿は身分を越えた威厳が感じられた。


 その潔さと手慣れた様子には一見の価値があるなと感心した辛夷であったが、当の本人はこれが初めてでも無いので不自然さを何ら感じていなかった。


 そう以前も同じような事があった。でも今回はその時とは違って目的をはっきりと理解した上で乗り込んでいる、不安は微塵も無い。


 そう言えばあの時もそこまで不安は感じていなかったのだけれども......。


 後宮は都の中央に位置している。早馬で凡そ半日ほどだが、歩くとなると二日は優にかかる距離だ。前回は結局半日程だったので何もせずにはただ揺られるのはかなりの苦行である。


 (やる事が無い、暇だ。)


 「あのぉ、何も駕籠など用意して下さらなくても歩いて参りましたのに。」


 これは遠回しの拒否であったのだけれども察しの悪い駄犬には当然分かるまい。


 「何を申されるか、これより妃殿下となる御方にそのような事をさせるわけには如何ぬであろう。」


 「はぁ〜。」


 (そうであるなら、もう少し敬われても良いのではないか。)


 「そうですか、分かりました。ではせめて敬語はやめて頂けませんか?あまり言われ慣れておりませんもので。」


 「う〜ん、それも却下だ。そなたは仮にも皇族の姫となるのだぞ。これよりその自覚をもって頂かぬと周りの者が困る。」


 「はぁ......、そういうものですか。」


 「そういうものだ。さぁ姫よ、到着まではしばし時間がかかる。ゆるりと休まれよ。」


 「何が休まれよだ、こんなところで気が休む訳ないだろ......」



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 「...... ......。」


 「姫、着きましたぞ......。起きてくださいませ、姫。姫......、おい、早く起きろ。」


 「ふぁい?」


 冬晴れの突き抜けるような青空は何処にやら、どうやらいつの間にか眠ってしまったようで辺りは地平線から覗く紅の日の光に染まっていた。


 「早かったですね、ここが......後宮ですか?」


 「そんな訳なかろう。まだ都まで半分と言ったところだ。日も暮れてきたので今日はここの宿で一泊することにする。」


 確かに......。辺りを見渡すと行き交う人々の多さに圧倒されたがどれも総じて品が良さそうにはとても見えない。街道沿い並ぶ大きな娼館と酒場、路上には酔っぱらいと遊女が一夜の夢を......。


 「おい、これはどう見ても遊郭街ですよね。これは一体どういう事でしょうか?」


 「えっ!あぁ、違う、違う。今日の宿はこの先だ。此奴らがここらで英気を養いたいと申しておってな。」


 (おい、こんなところで降ろされて......。姫君の身の安全はどうなってるんだ。)


 「そうですか......、では参りましょう。」


 歓楽街を抜けると、次に現れたのは宿場町の表通り。ここは旅籠屋や食事処が立ち並び、都も近いだけあって流石の賑わいだった。これまで田舎暮らしが本業の紬にとってはどれも珍しいものばかりだった。

 

 「姫、そのまま真っ直ぐお進み下さいませ。」


 後ろを歩く辛夷がそっと囁き、道案内をしてくれている。《主人の前を歩いてはならない》を徹底してくれているようだ。


 これから内親王となる紬はこの駄犬より当然身分は高いことになる。ただ吠えるしか能のない駄犬かと思っていたが、流石に躾はしっかりされているのだと感心した。


 「ごめんね、今まで。」


 「何ですか、急に?」


 道すがら一際大きな屋敷が見えてきた。これまでの旅籠屋には見られなかった朱塗りの柱を持つ表門が印象的で、更にその建物の敷地の広さは優に村一つ分を越えていた。


 「五芒庵。」


 表門に掲げられた表札を読み上げた紬は良からぬ記憶が思い出された。五芒と言えば名前も言いたくないあいつの字名だ。


 「御明察、ここは皇族ゆかりの方専用の宿。当然、平民など立ち入る事さえ許さぬ格式の高い場所。それ故、先程の駕籠者も無闇に近づける事が出来なかったのです。」


 「そんな所に私みたいな卑しい生まれの者が入っても宜しいのでしょうか?」


 「あの駕籠に乗った時点でその覚悟をお持ちのものだと思っていたのですが?」


 「そうですね、でも頭では理解していても人の感情というものはそうは簡単には参りません。」


 「つい先日までは下賤の者と蔑んでいた者にある日突然仕えることになるのですよ、それでもあなたは認めて下さるのですか?」


 「私は次期大皇にあらせられる五芒の君に仕える身です。その方の御心に触れようなど不遜の極み。」


 「それにあの御方と私は幼き頃からの旧知の仲。いつも飄々としていて突然とんでもない事を申されますが、実は繊細で聡明な方なのです。姫もいつかその事がお分かりになる日がくると思いますよ。」


 「そうでしょうか?そうだと良いのですが......。気を取り直して参りましょうか?」


 (身分をひけらかす奴は皆、権力や出世欲に塗れた者ばかりと思っていたが、どうやら考えを改める必要がありそうだな。)


 「改めてごめんね、今まで。」


 「だから何なのですか?まさか、良からぬ事でも考えていたのではあるまいな。」


 「ははっ。何でもない、こっちの話。では参るぞ、辛夷。」


 「ふっ、あまり調子に乗るでないぞ。明日向かう都は陰謀渦巻く伏魔殿なのだから。」


 「分かってます。」


 この門を潜ればもう後戻りは出来ない。だが例え残り幾ばくかの定めであったとしても《最後まで抗い続ける》そう誓う紬であった。

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