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贖罪の巫女  作者: 希主果
第1章

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3/19

〜突然、娶りたいだなんてどういうつもり〜

 「あっ、本当に餅つきしてるんだ。こんな時間まで働くなんてウサギって本当に働き者だね。」


 「ねぇねぇ、そう言えば次の卯の日はお祭りだったよね、明日から大忙しだね。」


 (先程から他愛もない話でこちらの機嫌を伺ってくるのは何だ?まさかこの期に及んで後悔してるとか言うんじゃないだろうな。)


 月影が照らすお陰で朧げでも足元が見えるのは夜道を歩き慣れていない二人にとっては地味にありがたい。取り敢えず先程の騎兵隊もこちらに危害を加える気は無いようで、すんなりと村に入る事が出来たのだが問題はこれからだ。


 今だに伊織の真意が読めない。今分かっているのは《伊織には悪意が無い》そして《この企てには黒幕がいる》ということだ。


 案内された先は村の広場。周囲は焚き火によって煌々と照らされて、その周りを囲む背丈の違う影がゆらゆらと揺らめいていて見えた。

 影の計六人。一つは背が低く丸みを帯びたフォルムでこいつはおそらく面識がある。だが後の五人は検討もつかない。


 「おぉ、やっと来たか伊織。紬も呼びつけて済まなかったなぁ。」


 「いえ。」


 (全くだ。こんなうら若い娘に護衛もつけず使いに出すなんて不用心にも程があるだろ。)


 馴れ馴れしく声をかけてきた漢はこの村長だ。昨日もそうだったがこの手の役職に就くには体格要件でもあるのかしらと思える程そっくりだった。もしかしたら親類かも知れないが、そんな話はこれまで聞いたことがない。


 そんなことより他の五人。艶やかなの朝服を纏った漢が三人と挂甲で身を固めた護衛らしき兵が二人。護衛の兵士はともかく、他の3人は明らかに上位の高官、それもかなり位が高い。政治に疎い紬でもそれくらいは分かる。


 特に中央の官......、身丈は百八十センチはあろうかという長身で光沢のある濃紫の衣は滅多にお目にかかることのできない一品だ。口元は黒い布で覆っているので顔はよく分からないが凛とした眼差しは端正な美形と想像させる。目元・肌の質感から年齢とさほど変わら無いと思われるが、風格を検討材料に取り入れるならもう少し上でも何らおかしくない。


 残りの官も艶の際立つ黒の朝服でこちらもかなり上位。服の色と立ち位置から濃紫の漢がおそらく主なのであろう、紬は両膝をゆっくりと地に着け深々と頭を下げた。


 「こんな時間に呼び立ててすまなかったな、さぞ驚いたでであろう。」


 初めに声を掛けてきたのはやはり主と覚しき官だった。露骨な衣装から権力を誇示する尊大な奴かと身構えていたが、意外と物腰は柔らかい。何より澱みのない低音の声色は想像以上の破壊力だ、免疫の無い者なら男女問わず恍惚とした表情を浮かべるに違いない。


 (はぁ〜、こいつ......。)


 「私は太政官高級官吏の桔梗だ。今日は風呼びの巫女殿に折り入って頼みが参ったのだが......。」


 「えっ!」


 真っ先に反応したのは隣で同じように跪いていた伊織だった。どうやら素性までは知らなかったらしい。


 (おい、ちょっと待て。事情もよく分からず連れてきたのか?いくらなんでも軽率過ぎるだろ。これじゃお節介じゃなくて厄介......。)


 まぁ、知らなかったのなら驚くのも無理は無い。太政官と言えば国の中枢を担う官で下級官吏でもかなりの家柄だ、こんな小さな村の一村人をやっていたら一生掛かってもお近づきになんてなれやしない。


 (それが高級官吏と言うのだから一体どんだけ位が高いんだ。くそっ、さっきから話がぶっ飛んでいて頭がついていかない。)


 「あのぉ、何か人違いをされているのではありませんか?私は一介の巫女、それも下賤生まれの里巫女です。決して貴方様のような高貴な方にお目通りの叶うような者ではありませんので。」


 (逆って首を刎ねられたく無いがこんな面倒な奴等と関わりたくはない。)


 「そうか、やはり人違いか。そうだろうと思った。私が人伝に聞いた巫女殿は血管の浮き出た赤黒い眼に耳元まで裂けた口、髪は抜け落ちて爛れた皮膚からは......、」


 「ちょっ......!」


 思わず面を上げた紬の前には桔梗の......。


 (ち、ちかい!)


 伽羅の甘い香が鼻を擽り、今にも桔梗の吐息が額に触れそうである。


 驚いて仰け反る紬の視界に飛び込んできたのは涼やかな双眼と口角が上がって出来た頬の膨らみ。何と憎たらしい程の余裕な笑み。


 (あっ、やられた......。ペテンと動揺でこちらの反論の機会を奪いやがった。なんて狡猾な......、卑怯者!)


 「ふふ、それでは改めてはじめまして風呼びの巫女殿。ようやくお会いできたな。」


 紬はふくれっ面で立ち上がると不機嫌そうに膝の汚れを払った。この露骨な感情表現には一同凍りついたが、なぜか当の桔梗だけはどこか嬉しそうである。


 (......そういう癖の持ち主か?)


 程なくして我に返った従者と思わしき官の一人がいきり立ったが年長の官は首を振ってこれを制止した。こいつは無愛想な小娘の態度がお気に召さないらしい。


 (偉そうな官は変な性癖の卑怯者で若い従者は無駄に吠える駄犬、そしてむっつりとした年上の官は二人のお目付け役といったところか......。)


 「それで今日はどういった御用向きでしょうか?」


 「そうであった。今日は噂に名高い風呼びの巫女殿を妻として迎えたいと思い参ったのだ。」


 「うわさってまた何処から......?はぁっ!」


 (何を言っているんだこいつ!夜中に突然やって来て、事もあろうかとんでもない事をぶっ込んできやがった。)


 「気は確かですか?」


 「おい、何故そうなる?私は至って正真面目だぞ。」


 「そうですか......、であっても俄には信じがたい話です。」


 「それもそうだな。突然、こんな話をされたら戸惑うのも無理はないな。」


 「そうですね。正直驚いております。」


 「それにしては顔色一つ変わらないな。」


 「そうですね。いつも始まりは予期せぬもの、あまり気にしないようにしておりますので。まぁ今日に限っては少しばかり動揺しておりますが。」


 「本当に変わった娘だな。」


 「そうですね。よく言われます。」


 この後もしばらく取り留めのない会話が続いたが、当人より周りの者が気を揉む結果となっていた。特にこの村の狸親父は紬に粗相が無いかとヒヤヒヤが止まらないでいた。


 「おい、もしかしてこの話を有耶無耶にしようとはしていないか?」


 「そうですね。無かった事にできればと考えて......。」


 (しまった。つい本音が......。)


 即答した紬の言葉に再び凍りつく一同、ついにあの狸親父も腰を抜かしてしまった。


 「ふふっ、本当に面白い娘だ。よし分かった、それでは日を改めることにしよう。」


 (おい、ちょっと待て。一体、何が分かったっていうんだ?また懲りずに来るつもりか?)


 「お待ち下さい、若。それでは他の者に示しがつきませぬ。」


 (また、この駄犬か!ちょっとは黙っててくれないか。)


 紬に不名誉な渾名をつけられたこの若い官は無愛想な小娘の態度が余程気に入らないらしく、ついには主人にまで食ってかかろうとしている。


 「よさぬか、辛夷。主の御前であるぞ。」


 二人のお目付け役と覚しき従者が駄犬を一喝しその場を納めて見せた。他の二人より目上のその者は三十歳半ばであろうに大層な威厳と貫禄である。


 (ほぉ~、ただのむっつりではないようだ。しかし、この二人のお目付け役はさぞかし大変だろうな、同情する。)


 「その辺で許してやれ、蘇防。」


 涼し気な笑顔には悪びれた様子は微塵も無い。おそらくこの主人には駄犬が叱られた理由など知る由もないのだろう。


 (これだから坊っちゃんは......。)


 「それでは桔梗様、参りましょうか。」


 「あぁ、そうだな。」


 桔梗はコクリと頷くと顔を覆っていた布を取り紬の傍まで近づいてきた。甘く神秘的な伽羅の香りに加えて想像と寸分も違わない整った顔立ち。肌の質感もキメ細やかで雑味もない......って!?


 (ち、ちかい!こいつは人の距離感が分からないタイプの人間か。)


 「今日は驚かせて済まなかったな。どうもこういう類いの話は苦手で上手く立ち回れん。気分を悪くしたのなら本当に済まなかった。」


 耳元で囁く桔梗に思わず後ろに仰け反った紬であったが神楽舞で培った平衡感覚のお陰で何とか転ばずに済んだ。


 (危ないじゃないか、全く。本当に油断も隙もない。)


 「い、いえ。こちらこそ先程は失礼な態度を取ってすいませんでした。」


 「気にするな、新鮮でむしろ楽しかったぞ。そなたは本当に面白い娘だな。」


 紬の反応に何処となく嬉しそうな桔梗に《唐突に求婚してきたお前が言うな》とツッコミを入れたい気分の紬であったがここはグッと堪えて動向を見ることにした。


(三度、駄犬を吠えさせるなんて真っ平御免だ。ここは黙って聞き流すのが吉だろう。)


 「ところで先程の返事だが次に合う時に聞かせてもらうという事で良いか?」


 「はぁ......。」


 「そうか、では卯の日までまだ時間はあるから一度ゆっくりと考えてみてくれ。」


 「はぁ......、はぁい?」


 その日は確か新嘗祭。神々に新穀を供え、今年一年の収穫への感謝と来年の豊穣を願うこの祭祀は宮中だけでなく全国各地で執り行われる伝統行事で紬もこの村で舞を奉納する事になっている。


 「ちょっとお待ち下さいませ、桔梗様。その日は宮中で......。」


 横槍を入れようとした辛夷であったが、蘇防から放たれた無言の圧力に屈してしまい、途中で口を噤んでしまう事になった。


 「あ......、いや......、その日はちょっと......。」


 (こ、これはいかん。適当にあしらって有耶無耶にしようと思っていたがいよいよ逃げ場が無くなった。これ詰んだかも......。)


 ようやく事の重大さに気付いた紬であったが時既に遅し。まるで戦場を単騎で駆け抜けたかのような達成感に満たされた桔梗の表情は正に稀代の英雄そのものであった。ここまで来るともう後には引き返せない。


 一先ずの目的を果たせた桔梗様御一行を見送る頃には紬は項垂れ、力無くヘタれ込んでしまった。

 未来の厄介事が確定した瞬間である。

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