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贖罪の巫女  作者: 希主果
第1章

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2/19

〜このお節介を国宝に推薦する予定なんですが〜

 (ドンドンドン.....。)


 「紬、ねぇ紬いる?いるんでしょ。早く開けなさい!」


 「ん!」


 聞き慣れた澄んだ声色に打楽器を思わせる低音の響き。スカスカの木材は意外と音の伸びが良く、楽器として評価するなら悪く無い。


 だが、これから木枯らしが吹きすさぶ季節、あんな奴等と親密な関係になるなんて真っ平御免だ。こんな粗末な戸でも私にとっては寒さを凌ぐ貴重な相棒だ。


 「こら、そんなに叩いたら壊れる。」


 紬と呼ばれた少女ははとりあえず感情の薄れた声で一喝、そして大きな欠伸を一つ。目を擦りながら周りを見渡すと着物の裾は乱れに乱れ、白皙の肢体が放り出されていた。


 幸いにもこの無防備で芸術的な寝相を人様に披露するという最悪の失態は何とか免れる事が出来そうである。紬は頭を掻きながら着物の裾を整えた。


 どうやって帰ってきたのだろう、祭り後の記憶が全くない。帰宅と同時に疲れ果てて眠ってしまったらしいのだが、ちゃんと布団まで辿りついている点は褒めてやりたい。不快も空腹もこの眠気には敵わなかったが、人としての尊厳だけはなんとか守り抜いた。


 家の隙間から溢れる月光は足先だけを照らしている。この角度から推測するに夜が更けて間もなしといったところか。思ったほど時間は経っていない、どおりでこんなに眠い訳だ。


 (こんな時間に何なんだ、一体。)


 若い娘が一人で暮らすにはこの国はまだまだ物騒だ。《富貴花》とも称されるこの都も艶やかで優雅な風格を漂わせてはいるが、朱色のアクセントを散りばめた漆喰の大垣から一歩外に出ると途端に装いが変わる。


 先程までの華やかさは影を潜め、街道から伸びる路地には地べたに座り故郷を憂う物乞いや辻に立って美しき調べを奏でる遊女、人けの無い街道では追い剥ぎや拐かしに襲われたなんて話もよく耳にする。


 秩序と混沌が入り混じる残酷で碌でもない世界は国が平定されてもすることは同じ。自らの命は自ら守る。結局のところ、そう言うことなのだ。


 だが、今回ばかりはそれとは様子が違うようだ。私の名を呼ぶ声には確かに聞き覚えがある、この声の持ち主が妖の類でなければとりあえずは無害だ。


 ただ、このまま放置すると今度は何をするか分からない。


 「ちょっと待て、今開ける。」


 降参の意を示したので一旦叩くのは止めたようだがいつ再開するか分からない。

 戸の前に立つ奴が私の想像通りならそんなに気の長い奴じゃない。次は戸を蹴破って侵入なんてことになったら堪ったもんじゃない。


 閂を外し戸を少し開けるとそこには一人の少女が立っていた。

 ヒドい形相で髪を振り乱したその姿に悲鳴をあげずに済んだのは一応予想通りの人物だったからだった。

 彼女の名前は伊織。艷やかな黒髪と珍しい琥珀色の瞳が印象的な長身の美人で本人曰く、気品を感じさせるその立ち居振る舞いから多くの縁談話が持ち込まれている、......らしい。


 (その話が本当ならこれを見たら破談だな。)


 だが残念ながらそう言うことにはならないだろう、こいつの本当の武器はそこじゃないからだ。


 襟元からこぼれんばかりにたわわに実った二つの果実、張り・形共に珠玉の逸品で、近々国宝に認定されると私はにらんでいる。


 それにしても人けの無い夜中で良かった、昼間にこいつの駆ける姿を見たなら漢全員、理性のタガが外れて大変なことになっていただろう。


 (どうしようもないな、漢って生き物は。)


 「お前も大変だな。」


 「何がよ。」


 「やっぱり食べる物が良いとそんなに立派に育つんだな。」


 この言葉で全てを悟った少女は顔を赤らめ、開けた襟元を急いで整えた。


 「バカじゃないの、あんた。」


 (よかった、さっきより幾分落ち着いたか。)


 伊織からはさっき迄の張り詰めた空気が少し和らいだように見えた。こんな夜更けに訪ねてきたんだ、それだけで只事で無いと分かる。


 だからこそ、冷静に俯瞰的に物事を見る視野が必要なのだ。こいつは昔から周りが見えなくなるところがあるから周りが気をつけておかないといけない。


 伊織の家は代々続く商家で祖先は先の大皇に仕えていた事があると伊織の親父さんから聞いたことがある。真偽は不明だが、それが本当なら結構な血筋と言えるのだろうが、それなら何故こんな小さな村に......。


 それは今だ謎である。


 伊織とは真逆な性格ではあったが年も同じという事もあってか妙にウマがあった。

 何処か他人事の私といつも我が事の伊織。しっかりしているクセに何処か危なっかしい伊織にいつしか妹のそれを感じるようになっていた。


 (本人は至って真剣でそんな気はサラサラないだろうけど......。)


 「それよりどうしたんだ、こんな時間に?」


 「そうだった。それどころじゃ無かった、ちょっと来て。」


 伊織は私の左手を取って再び駆け出した。今度はちゃんと右手で胸元を押さえながら走っている、ちゃんと学習したみたいだ。


 目的を一つ叶えた達成感からなのだろうが、伊織の自信に満ちた表情はこれまでに感じてきた時と同じような危うさを感じる。独善的な思考は時に物事の本質を見誤りかねない。


 そのお陰でもあるのだろうか右手に隠して持っていた防犯用の角材にはまだ気づいていないようだ。このままだと要らぬ誤解を生みかねない、紬は抵抗できる唯一の手段をそのまま草むらへと投げ捨てた。


 (あいつ、怒らせると手が付けられないんだよなぁ。)


 肌に触れる色なき風は身体の火照りを和らげるに十分だったが、如何せん汗が纏わりついて身体がベタつく、気持ち悪い。何より寝起きでこんなに走らせるなんてどうかしてる。


 「あのさ、一つ聞いていい?私、何処に連れてかれるの?」


 「行けば分かる。」


 (おいおい、説明が雑すぎるだろ。)


 向かい風でなびく黒髪から手入れの行き届いた良い匂いがした。前を走る伊織の顔はよく見えないがきっと善からぬ事を企んでいるに違いない。独善的なお節介か、それとも......。


 どちらにせよ今は伊織の後をついていく他ない。こいつを一人にする方が余程危険だ。いやはや何ともはた迷惑な話である。自分の襟元を嗅いだ紬は一層やるせない気分になった。


 川沿いの道を抜けると街道を照らす明かりが見えてきた。延々と南北に伸びるこの街道を北進すれば富貴花とも称される都につながる人馬の往来も多い流通の要だ。


 流石にこの時間ともなると人影は見当たらないがここは見知った道なので伊織が向かおうとする場所の大凡見当はついた。予想が正しければそろそろ見えてくるはずだ。


 街道沿いの一角、伊織の住む村だ。大きな屋敷を中心に十数軒程の住居と水田が密集する小さな集落。付かず離れずの距離感を保ちながら住居が点在する村が多い中では珍しい村のあり方で、村民相互の共助や自衛のための自治を早くから備えていた。


 また、都から早馬で半日程の距離と宿場としても重宝されていたので小さい村ながら昔から羽振りが良い、所謂上客と言うやつである。


 今の村のあり方はどれも伊織の親父さんの発案だそうだ。いやはや先見の目があると言うか、何と言うか。


 (本当に何者なんだ?そう言えばあの親父さん、《村長》だけは何故か頑なにやりたがらないんだよな。これだけの功績があれば妥当な意見だと思うのだが、やっぱり謎だ。)


 「何、あれ?」


 思わず心の声が漏れ出てしまった。どうやら今はそんな事を考えている場合じゃなさそうだ。


 早馬用の厩舎前には十名を越える短甲を纏った騎兵、どれも物々しい雰囲気だ。これまで遠征等で兵士を見かける事はあったが滞在した事があるのはいつも伝令の早馬ばかり。どの兵も見知った顔はなく、ちょっと里帰りで......とはとても思えない。


 明らかに厄介事の空気が漂っている。こいつは想像していたよりかなりヤバイ。


 (図られた......。でもあの伊織が進んで私を危地に招くなんて事があるだろうか?まさか脅されてるとか。いや、それでもこのお人好しは私を売ったりはしない筈だ。それなら一体......。)


 村の外観をみる限り、争った形跡は......無い。紬は一先ず安堵した。柄にもないことは百も承知だが、知り合いに何かあったでは寝覚めが悪い。


 「伊織くん、そろそろ訳を聞かせてくれるかな?」


「うん、そうだね。でもそれは本人から直接聞いたほうがいいんじゃないかなぁ。」


「ちょっと、どういう事?本人って誰?」


 振り返った伊織のその笑顔は母性に満ちたそれだった。あからさまな悪意は今のところ感じられない、いやむしろその逆......。


 並の漢ならあの笑顔で瞬殺と思える程の破壊力だが私には通用しない、紬は伊織のちょっとした変化も見逃さなかった。


(あっ、小鼻がピクピクしてやがる、やっぱり図られた。)


 こいつが善からぬ事を企んでいる時はいつもああやって小鼻を少し膨らませる癖がある。その顔をみた瞬間、背筋にゾクゾクとした悪寒が走った。


 (こりゃ、いかん。ありゃ碌でも無いことを企んでやがる。)


 悪い奴では決してない、それは断言できる。これまで伊織には何度となく助けてもらった恩もあるし、信頼もしている、悪気は一切ない。


 だから、だからこそなのだ。奴の度を超えたお節介は時に波乱を巻き起こす。この事に自覚が無いのは尚更厄介だ。きっと碌でもない。


 だが、もう後戻りは出来ない。覚悟を決めた紬は伊織の笑顔を横目に歩き出した。小鼻のピクピクは一向に止む気配が無く、今更ながら角材を投げ捨てた事を後悔した。

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