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贖罪の巫女  作者: 希主果
第2章

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18/19

〜四妃大戦〜

 紬は驚きのあまり言葉を失ってしまった。


 大概の事では動じないこの娘がこんな感情を抱くのはそれだけで今のその状況があまりに異質であると言える。


 目の前には綺羅びやかに飾られた茶席とそこに並ぶ贅の限りを尽くした食事の数々。寒風吹き荒ぶ点は如何ともし難いのだが、それでも華やかなこの空間は一見の価値がある。


 まぁ、それは良い。高貴な方々がなす事だ、それ自体は許容範囲だと言っても良いだろう。

 だが何よりこの娘を困惑させたのはこの会を主催したと思われるその方々。中央に最古参の華の君、続いて右には蝶の君、そして左に月の君。


 どの方々も高貴な血筋の姫君だと睡蓮が耳打ちしてくれたのだが、何故かいずれも一様に尖った様子は一切無く、至って柔和な表情を見せている。


 愛想という線も残されてはいるのだろうが、こいつらは蝶よ花よと可愛がられて育ってきた人種だ。自分以外の存在を安易に認めたりしない。


 (まさか私の素性を知らないのか。)


 いや、こういった華やかな世界で最も重視されるのは地位や家柄だ。そこら辺は抜かりなく、事前に調べ上げている事だろう。


 (だとしたら……、より分からない。)


 これまで見下してきた卑しい生まれの者がある日突然、己と同列かのように扱われ、ともすれば序列を覆す可能性さえあるのだ。何より身分で優劣をつけたがるこの人種にあんな表情が出来るはずない。



 何か裏があるのか?


 それとも私の事など眼中にないという事か?



 (そう思ってくれている方がこちらとしてはやりやすい。)


 紬は睡蓮に誘われた茶席に着くと霞は慣れた手つきで先程袖を通したばかりの衣装の裾を整えながら座らせてくれた


 「皆様お初にお目にかかります、風の宮の紬と申します。この度はお招き頂きありがとうございます。」


 ババァ仕込みの行儀作法、最近よく使用しているがこんなに役立つとは思ってもいなかった。こんな事ならもう少し真面目に学んでおくべきだったと今更ながら後悔した。

 

 「お待ちしておりました、風の君。まだ越してきて間も無しですが、こちらの暮らしにも少しは慣れましたか。」


 最初に仕掛けてきたのは最古参の華の君だった。均整の取れた身体に整った顔立ち、そして印象深い潤んだ大きな瞳。

 それは身に纏う朱色の衣装と実に良く合っていた。桔梗とは年が近く古くからの馴染みという事だが、その落ち着いた物言いは実際より大人びて見える。


 「はい、皆良くしてくれますので。」


 紬も至って差し障りのない返答で応酬。こいつらの意図が分からない以上、心の内を晒すのはそれだけで危険だと言える。


 「それは良かった。分からない事があればいつでも聞いて下さいね。そうだ、今度お時間があれば我が宮に遊びにいらしては。」


 鈴の音のように甲高い声、間に入ってきたのは蝶の君と呼ばれる后妃だった。名は体を表すというが、この妃も多分に漏れず美しい。蒼白の衣装から伸びる華奢な四肢と艶やかな顔立ちは華の君とは違う愛らしさがある。


 (歓迎されている?まさか……。)


 紬の戸惑いは益々大きくなり、そろそろ限界を迎えようとしていた。思いつく限りの事象を想像し、起こり得る限りの予測を立てたが、どれもその型に嵌まるものは見当たらない。

 やはりこういう稀有な方々は考え方も人の斜め上をいっているという事か、それとも荒んだ暮らしをしてきたせいで私の心が何事にも懐疑的になっているという事か。


 そして、さしたる問題もなく、ただぬるま湯のような緩みきった時間だけが過ぎていく。今のところは完敗だ、弁解の余地すら無い。


 此処に向かうまでにどれだけ緊張し身構えたことか。着替えで戻る道中は鼓動がずっと鳴りやまなかったのに……。


 間に合せの衣装で赴く道中は何を言われることかと走ってもいないのに更に心拍数が上がっていたのに……。


 いざ、三妃と対峙してみると意外な程の歓迎ムードに拍子抜けし今も膝が笑っている。お陰でこの後まともに立てるか心配な程だ。


 取り敢えず今は相手に悟られぬよう、思わず茶碗に顔を埋めたが、どうやら作法としては好ましくは無いようで人目も憚らず睡蓮のお目玉を食らうことになった。


 「今日は楽しい一時でした。また、機会があればご一緒しましょう。それでは。」


 朱色の衣装に身を包むその妃は穏やかな口調で会の終演を告げた。


 今回の催しを一貫して取り仕切る当たり、この妃が主催してくれたという事だろう。それにしても何とも消化不良な茶会であった。

 機会があれば後宮について探りを入れてやるつもりだったのだが、目新しい収穫は得られなかった。月の君に至っては言葉すら交わす機会も殆ど無いという有様だ。


 深い暗緑色の衣は物静かで知的な印象を受けたが、ただそれも主観に過ぎず参考にはならないだろう。元々、口数が少ない方なのか他の妃ともあまり話している様子は無く、本当に何を考えているか分からなかった。


 第一、《華の赤》は良いとしても《蝶の青》《月の緑》そして《風の黄》とは如何なものか。それぞれの色と名との関連が分からず覚え辛い事この上ない。


 何よりこの妃たちは狡猾で隙がなく、そして気が置けない。もっと傲慢で高飛車なそれであれば、もう少し違うやり方もあったであろうが、流石は桔梗の妃といったところかそういった綻びを見せることは無かった。


 取り敢えず終始こちらを気遣ってくれていた事を考えるとその妃達は今のところ表立って敵対するつもりは無いらしい。それが分かっただけでも良しとすべきか。

 

 「睡蓮、今日の私はどうだった?」


 この時期は夜の帷が下りるのも早く足元は早くも見辛くなった帰る道すがら、徐ろに睡蓮へ質問を投げかけてみた。霞はこちらに気をかける素振りを見せるも紬の足元を照らすことに集中していた。


 人の評価はあまり気にしない紬ではあったが今回ばかりはそうも言ってられない。一挙手一投足に注意を払わねば命取りにもなりかねない。


 「可もなく不可もなくと言ったところでしょうか。」


 何とも奇譚のない意見だ、ただ自分の評価とも大きな差異は無い。《初めてだから……》と甘やかさないところを見る限り、この侍女はやはり信頼の値する人物であると言える。


 「そうか、そこそこか。うん、ありがとう。」


 「ただ、作法についてはもう少し学ばれる必要があるかと。宮に戻ったら直ぐに練習を初めますよ。謁見まであまり日がありませんので……。」


 「うぐっ!はぃ、分かりました。」


 (やはり、厳しい……。ってちょっと待て。)


 「謁見って誰に?」


 「はい。大皇と皇妃とです。明日の晩、桔梗様がお二人に紹介なされる事となっております。」


 「えっと、初耳なんですが。」


 「はい。今朝、書簡が届いておりました。」


 (まぁ、それもそうか。今まで家主に挨拶していない方が不自然だ。それにしても……。)


 「桔梗……、いや殿下が紹介って?じゃあ殿下もお見えになるのか?」


 「当然です。くれぐれも粗相のございませぬように。」


 (何だ。なんか、いつもより圧が強い……。)


 それにしてもあいつと会うのは久しぶりだ。特に望んでいる訳では無いのだが、あいつは半ば無理やり鳥籠に閉じ込めた張本人である。一体どんな顔をするのか、それはそれで興味がある。


 「紬様、睡蓮様、もうすぐ宮に着きますよ。今日はお疲れになられた事でしょうし、夕餉まで少しお休み下さいませ。」


 やはり霞は下女として優秀だ。それは今回得られた最大の収穫だ。彼女は決して目立たず何も言わず、私の行動の一つ一つを観察し、次に起こり得る事に対して事前に準備しており抜かりない。


 美貌と知性に恵まれた睡蓮に目が行きがちだが、この娘も決して睡蓮に劣らない。少々、慌てん坊なところはあるものの気配りや気遣いには目を見張るものがある。


 決して出しゃばらず、前に出ず、主人が欲する事を先読みして行動に移せる。忠義を越えたこの気遣いは本当に称賛に値する。


 「霞も疲れたでしょう、今日はありがとう。戻ったらあなたも少し休んでね。」


 「紬様、私には勿体ない御言葉です。」


 この娘はおそらく私が休むまで気が休まる事など無いであろう。それは分かっているのだが私に残っている人らしい感情はそう声を掛けずにはおれなかった。


 (睡蓮もそうだが私は何と恵まれている事か。)


 「あれ?誰ですかね。」


 いち早く異変に気付いた霞の声に釣られて二人は視線の先に目をやった。

 風の宮の入り口、門の前に立つ一つの影。霞には心当たりがないらしく怪訝そうな顔を浮かべているが、睡蓮は誰だか直ぐに分かったようで萎縮して黙り込んでいる。


 女の園では滅多にお目にかかれない程の長身に引き締まった体躯、何よりあの大きい背中は日々の鍛錬を欠かさない実直な性格が見て取れる。


 名のある武官にも決して見劣りしないその人物は男子禁制の後宮においては、紬の知る限り一人しかいない。


 だが、あり得ない。あいつは未だかつて妃の閨に通ったことのないと専らの噂の変人のはずだから……。

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