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贖罪の巫女  作者: 希主果
第2章

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〜それぞれの思惑(1)〜

「霞、ところでこの花はなんという名前なのです?」


 先程、着替えの時に持たされた扇子、そこには黄色い花が描かれていた。この辺ではあまり見かけないこの花に妙な親近感を持ってしまった。


 「これは異国の花で蝋梅と言うんですよ。花弁が蝋細工や蜜蝋のようで、朧月ろうげつに咲く梅なんて言われる事もあります。ちょうどこの時期に咲く花なんですが、小ぶりで愛らしいですよね。」


 「へぇ~、そうなんだ。霞は花に詳しいんだね。」


 お茶会迄の道すがらでの他愛もない会話、こうでもしないと間が持たない。

 普段なら人の目など気にしない紬であったが、今日ばかりはそうもいかなかった。背中に感じるもう一人の視線はヒシヒシと突き刺さっていたからだ。


「何故ですか?」


 どうやら今の状況に耐えかねたらしく睡蓮がついに声を掛けてきた。振り返り見たその顔は明らかに怪訝そうで、先日まで見せていた表情とは全く違う。


 「何がですか?」


 努めて冷静に言いのけて見せた。后妃となろう者に対する態度とは到底思えない感情的な睡蓮の態度であったが、真意を探るにはあまりに言葉が少なすぎる。先ずは相手の出方をみる必要があったからだ。


 「姫は何故私を咎めようとしないのですか?私は今日まで茶会の事を貴方に言わずにおりました。貴方を陥れようとしたのですよ。」


 「そのことですか。その必要はない、私がそう判断したまでですよ。」


 確かに普通ならあり得ない話だろうが、卑しい生まれの紬には虐めなど当然想定される事だ。特に目くじらを立てるようなことでもない。


 「そういう訳には参りません。今日のお召し物だって本当は元々シワの寄った物を霞に渡したのはこの私です。」


 「知ってますよ。だから後であの子にはちゃんと謝っておいて下さいね。本気で困っていましたからね。」


 《周囲に鳴り響く二人の声》

 幸いにも宮を出て直ぐということもあって人通りはない。こんな様子を誰かに見られては要らぬ噂がたっても面倒だ。

 もう一人の娘は明らかに戸惑っているように見えた。両手で肘を持ちながら身体を震わせ今にも泣きそうなその表情は無性に庇護欲を掻き立て、もし私が漢だったら間違いなく一線を越えてしまいそうな破壊力だ。

 それはさておき、先ずは目の前のダル絡みしているこの女だ。普段なら軽くあしらって《はい、終わり》としているところだが、あちらさんはどうやらそうはいかないらしい。


 「そこまで分かっているなら尚更です。私はその場で首を跳ねられたとしても何も文句は言えない、そうではありませんか。あなたは后妃になるという自覚があるのですか。」


 (何故、睡蓮はここまで挑発してくるんだ。自分に非がないと主張する輩はごもんと見てきたが怒られたい奴はつゆほどもいない。さてはこいつも元の主と同じで被虐性欲の持ち主か。)


 明らかに挙動不審な霞と険悪な雰囲気を醸し出す睡蓮、そんな姿を見せられると何故か不思議と冷静でいられる自分が少し可笑しくなった。


 「そうですか、それではそうすることにしましょう。」


 「霞、それ借りるね。」


 紬は手を伸ばし、霞が袖口に隠し持っていた護身用の小刀を取り出した。


 「う〜ん、これでは少し心許ないけど、なるべく苦しまぬよう、一思いに出来るように頑張ります。」


 「姫様、何を……。」


 慌てる霞を尻目に紬は逆手に持った小刀を大きく振りかぶり、躊躇うことなく横振り一閃。既のところで霞が体を投げ出し睡蓮を突き飛ばしたので紬の大技は見事に空を切る事となった。


 間一髪のところで霞に救われた睡蓮であったが、突然の出来事に見事に腰を抜かしてしまい、地面にヘタれ込んで立ち上がる事もままならなくなっていた。


 「あれっ、そこまで言うのだからそれなりの覚悟があったのだと思っていたのですが……。まさかとは思いますが、私が臆するとでもお思いでしたか?」


 二人を見下ろし、口角を上げて薄ら笑うその姿はいわゆる悪役令嬢のそれと同じだった。これが自分かと内心思ったが、一度進み出した車輪は坂道を転がるが如く進み出す。

 そして、その後に残る轍はくっきりと残り、そがれこれまで面倒だと避けてきた己の本心だと気付くのにそう時間は掛からなかった。


 「お許し下さいませ、紬様。睡蓮様は優しく聡明な方。何か事情があったのやもしれません。どうか、どうか……。」


 未だ立てない睡蓮に覆いかぶさる霞は先程迄の動揺が嘘かのような威勢。これが同じ人物かと思うその態度はまるで何度も台本を読み返し推敲を重ねた演者のようで一片の澱みも無く自然だった。


 「そうですね、私もそう考えています。この御方はこんな私を本気で饗して下さった。自らの指がそんなになるまで……、上辺だけの奴らとは違う。」


 「この方の本当はそこにあったと確信していますし、今回の事もそうせざるおえない特段の事情というものがあったのだと思います。」


 「ですが、あなたはそうではありませんよね、霞。」


 「えっ、何を……。」


 霞の息遣いが荒い、鼓動の高鳴りがこちらにまで聞こえてくるようだ。このまま放っておいたらこの娘はどうにかなってしまいそうな危うさはあったが、気にかけてやるかどうかはこの後の行い次第だ。

 情けはこいつの為にはならないことだってある。


 「ここは後宮、皇子の子を成し育むところ。護身用たれど帯刀は厳禁、そうですよね、睡蓮様。」

 

 「はい……、その通りです。帯刀は……、例え護身用だったとしても謀反を画策していると言われては言い逃れも出来ません。」


 霞の顔はみるみると血の気が引き、その強張った表情からは先程までの妹のような愛らしさは微塵も感じられなかった。


 (これまでの一連の行動に先程迄のあの動揺。そしてこの感情的で短絡的な行動を見る限り、最初から二人が仕組んだ企みだとはとても思えない。結論付けるには些か早計な気もするが否定する要素も見当たらない。)


 「……何故、紬様はお気づきになったのですか。」


 「さぁ、何でだろう?勘……かな。ただ、君なら姉のように慕う睡蓮様の異変に気付いていて、もしもの時にと忍ばせていても何ら不思議じゃない。まぁ、袖口を頻りに気にしていたのは検討材料にはなったけど。」


 今更ながら事の重大性に気付いたのか霞の表情からは悲壮感が漂っていた。


 「睡蓮様、立てますか?」


 生まれたての子鹿の様に未だ足に力が入らぬ様子の睡蓮に紬はそっと手を差し伸べた。睡蓮も観念した様子でその手をとり、何とか立ち上がることが出来たのだが、まだ足元の震えは止まらないでいた。


 「霞、何故そんな真似を……。お前は……、お前という奴は……。」


 見るからに慌てたその表情、巻き込んでしまった罪悪感と霞だけでも守ろうという使命感が交差する複雑なそれだった。


 込み上げる感情が邪魔をして睡蓮は上手く話せないでいた。だが、絞り出された言葉の欠片一つ一つに霞の身を案ずる気持ちはしっかりと読み取る事が出来た。


 「紬様、この度の一件の全ては私の独断。霞は何も関係はございません。その小刀も私が忍ばさせたのです。霞に非はありません、どうかご容赦下さいませ。」


 睡蓮の嘘を信じる者など誰もいない。そんな事は此処にいるものなら誰しもが分かる事だった。だがそんな拙い嘘ででも守りたいと思う気持ちはヒシヒシと伝わってきた。


 「違います、これこそ私の独断で持ち込んだ物。睡蓮様は何一つ関わり合いの無き事。罰するは……。」


 「何を言うか!そなたこそ関わりの無き事。何故にそんな嘘をつく。」


 「睡蓮様を失いたくなかったからです。貴方はいつも一人で損な役回りばかりして……。そんな睡蓮様を放っておけるはずがありません。」


 「あのぉ、お取り込み中のところ大変申し訳ないのだけれども、そろそろ事情を説明してくれないかな。私はそんなお涙頂戴物には興味が無いもので。」


 入り乱れる感情の渦は確実に紬を飲み込んでいく。これ以上踏み込んでは後戻り出来ないと分かっているのだけれど、どうしても差し出したこの手を引っ込める事が出来なかった。もしかしたら睡蓮はこうなることを見越していたのかもしれない。そうだったとしたらこの女はかなりの食わせ者だ。


 「分かりました、全てお話致します。」


 ようやく足の震えも収まった睡蓮は決意の満ちた表情で静かに話しだした。

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