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贖罪の巫女  作者: 希主果
第2章

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〜じゃあね、いつあるかわからない今度まで〜

《朱雀門》

 朱雀とは異国の伝説上の神獣の事で朱鳥とも呼ばれる。宿り木で深く濃い朱色の翼を休めた朱雀を思わせるその荘厳さは先程通った羅生門の比ではない。


 「これが朱雀門ですか、思った以上になんというか……、凄いです。」


 何とも雑な表現、最早褒め言葉なのかどうかも分からない。

 こういった財に物を言わせたやり口は好きになれない紬であったのだが、最近は忖度という言葉を覚えたので余計な事は口走らないように気をつけるようにしている。


 そんな娘のできうる精一杯のお世辞だったのだが、これなら喋らないほうがマシだったと今更ながらに後悔した。


 「そうでしょう、私が言うのも何ですが此処から眺める景色は絶品なのですよ。」


 鼻息荒く自慢気に話す辛夷……。


 紬の涙ぐましい努力が功を奏したようだ、こんな感想でも喜んでいるあたり、余程この門が気に入っているようである。


 そう言えば、最初は無闇矢鱈に噛み付いてかなり面倒臭い奴と思っていたがでは最近はそれも幾分マシになり、何だか妙に距離も近くなった気がする。


 最初は警戒心の強く他人になびかない奴なのかと思っていたが、それは思い違いで単なる人見知りだったのか、それとも単なる馬鹿なのか探ってみたい気もするがそれはそれで後々面倒なので止めておく事にした。


 もうすぐ此奴ともお別れだ。後宮は例外を除いては男子禁制、そして紬もあの奥に一度踏み入れば次に出られるのはいつか分からない。


その機会があるとしたらそれは私の最後、《贖罪の贄》の儀の時になる。桔梗には何やら思惑があるようではあるが、今はまだそれもハッキリとしない。余計な期待はいざという時、その決心を鈍らせてしまう事になる。


 そうこれ以上、誰かと関わっていらぬ感情が芽生えるのはとても厄介だ。


 まぁ最も生まれてこの方、そんな甘酸っぱい感情を抱いた事も無ければ抱かれた事も無い。おそらく一人で生活する上では不要な物であると排除し続けたからであろう。


 (そんなの腹の足しにもならない。)


 だが、あいつだけは例外だ。


 こちらが幾ら遠ざけても何故かすり寄ってくる変な漢。無駄に美しく、その上誰もが敬う高貴な御身分だと言うのに余程悪食なのかそれともただの暇つぶしか。


 どちらにせよ、皆から殿下と言われるこの漢だけは何ともやり辛い、苦手な部類の人間だ。


 「お帰りなさいませ、殿下。」


 辛夷絶賛の朱色の門、その手前に見える一つの人影。

 淡い芥子色の衣を纏った女、年は三十を越えていそうだがそれは落ち着いた声と薄めの化粧がそう思わせているのか。


 その整った顔立ちはもう少し気にかけてやれば誰ぞやの妃と言われても何の疑いも持たない、そんな美女だった。


 「出迎えご苦労。留守中、変わりはないか睡蓮。」


 「はい、問題ございません。姫君を迎える準備も恙無く。」


 睡蓮と呼ばれたその女の所作、振る舞いは何処を取っても申し分無い、やっぱり私なんかよりよっぽど妃らしい。おそらく良いところの出のお嬢様なのだろう。


 だが一つ、臍の位置で重なり合っている指は驚く程にあかぎれており、水仕事なんて縁遠そうな雰囲気であったのにそれだけは意外だった。


 「そうか……。そうだ、紹介がまだだったな。この者は睡蓮、私の身の回りを世話をしてくれている侍女だ。そして今日から姫の侍女も兼ねる事になる。」


 「始めまして睡蓮様、私は紬と申します。どうぞ宜しくお願いします。」


 深々とした御辞儀は敵意が無いことを表したつもりだが、顔を上げたその先には何故か曇った表情を見せる女の顔。思っていた反応は得られなかった。


 何故だろうか、いきなり何かしでかしたのであろうか、それともいきなり殿下が連れてきた何処の馬の骨とも分からぬこの小娘を警戒しているだけなのか。


 どちらにせよ、良くは思われていないというのは確かのようだ。


 「睡蓮です。こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します。ところで紬様、お一つ宜しいでしょうか?」


 続いて睡蓮も同じように最高の敬意を表してくれたが、先程と変わらず穏やかな表情の割には何故か目は完全に笑っていない。

 やっぱり何か不味いことでもしたのか、いきなり怒らせてしまったようである。


 「はい、どうぞ。」


 「あなたは五芒の君の妃となられる御方。今後、それ相応の振る舞いが求められて参ります。」


 やはりだ。話し掛ける睡蓮の目には紬など映っておらず、ただ遠いその先を見ているかのようだった。


 「紬様、私はしがない一介の侍女です、そんな者に高貴な御方が敬称や頭を垂れるなど他のものに示しがつきませんのでおやめ下さいませ。」


 (そうか……、どうやらこの者はただ側仕えの侍女という役目を仰せつかったという訳ではないらしい。昨日、桔梗が五芒庵で言っていた事を実践させる為の教育係という事か。)


 《チラリ》

 振り返るその先にはニタニタと何とも気味悪い笑いでこちらを見る漢。どうやら紬の予想は当たりらしい。


 (やれやれ、準備の良いことで……。それにしても先の無い私に桔梗が執着する理由って一体何なんだ。まぁ良い、そんな事より目の前の難解に対処する方が先だ。)


 「睡蓮様、申し訳ありません。それについては出来かねます。」


 背すじを伸ばし凛とした眼で指南役を拝命した侍女を見つめ、放った紬の一言に一同は唖然とした。


 虚を突かれた顔そして顔、この者達にとって青天の霹靂とは正にこの時の事を言うのであったであろう。


 だがそんな事は私には関係ない、言うべきことは言わなければ伝わらない。短い人生の中で私という人間が他人の中で勝手に作り上げられていくのは真っ平御免だ。


 「私は下賤の生まれ故、学も無ければ礼儀も知りません。高貴な方々がお考えになる事に至っては百分の一も理解出来ていない事でしょう。」


 一様に鳩が豆鉄砲を喰らったような目をしていたのが妙に可笑しかったが、紬は昂る気持ちを抑えながら話し続けた。


 「ですが、そんな私でも唯一分かっている事がございます。それは報恩謝徳。」


 「睡蓮様は何処の誰とも知れぬ娘の為に骨を砕いて頂いた、それはあなたのその酷くあかぎれた手を見れば分かります。この一日、寒風吹き荒ぶ中で私の為にご準備頂いたのでしょう、そんなになるまで。」


 「そんな御方の思いに報いない等出来るはずがございません。」


 紬の熱弁は冬の寒空に鳴り響き、それを聞いた桔梗を除く全員は暫し言葉を失ってしまった。


 「そなたに《人の道理》を説かれるとは思っても見なかった。だが、それにしてはいつも……。」


 桔梗にはどうやら腑に落ちないことがあるらしく、腕を組んで首を傾げていた。


 「何ですか?私だって感謝ぐらいします。」


 (それ相応の恩があれば……、の話だが。)


 「ふふ、殿下の仰る通り風変わりなお姫様です事。今までの姫君とはまるで違う。どうりであの殿下が気にかけられる訳です。」


 《チラリ》

 流石に睡蓮のこの言葉には殿下も動揺を隠しきれない様子で空を見上げて紬と目を合わせないようにしている。


 (何だ、その仕草は。普段から虚勢を張っているからこんな時は変に子供っぽさが目立ってしまう。)


 そんな事より一体、どんな言われ方をしていたのであろうか、そちらの方が気になるところだが、どうせ碌でもない事だろうから改めて問いただすのも如何なものか。


 (大丈夫か、こいつ。)


 「姫君の仰りたい事は分かりました。お気遣い頂きありがとうございます。ですが、これから貴方様が向かうは伏魔殿。その事は努々お忘れなきように。」


 睡蓮の言葉には言い表し難い重みがあった。これまで数々の修羅場を経験した者だからこそ発する事が許される言葉だ。


 それと同時に《私でさえ信じるな》と諭されているようにも聞こえた。


 「冷えて参りましたわね、こんなところでは何ですので早く中に入りましょうか。」


 身を翻し睡蓮は門の奥へと誘ってくれた。だが、紬にはもう一つやるべき事が残っていた。


 「取り敢えず、此処で辛夷様とは一先ずお別れということですよね。今までありがとうございました。」


 《ペコリ》

 淡々と機械的に話すその様子には名残惜しさの欠片も見られず、何より辛夷に対して申し訳なさ程度に行った会釈も見方によっては喧嘩を吹っかけられたと思われても仕方ない程だった。


 「なんだぁ、えらくあっさりとしているな。」


 「そうですか?それなりに感謝しています。」


 (なんだかんだ言っても此奴には一応世話になった、これまでの迷惑料を差し引けばこんなもんだろう。)


 「まぁ良いか。おまえ、いや姫もお元気で。」


 薄っすらと笑みを浮かべる辛夷のその表情には


 「さぁ、行こうか。」


 見送る辛夷を背に三人は門をくぐった。その先は誰もが口を揃えて語る伏魔殿。流石の紬も身構えずにはおれなかった。

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