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贖罪の巫女  作者: 希主果
第2章

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10/19

〜誓いの晩餐〜

「おい......、これは一体どういう事だ。」


 今日は予想外の長旅で身体はかなり疲弊している。

 お前はただ駕籠に乗っていただけじゃないかという意見もあるだろうが、何もせずにただ揺られるというのもそれはそれで案外身体に堪えるものだ。


 それに加えて慣れない環境と気の抜けない同行者、更に先の見えない不安が合わされば心身ともに悲鳴を上げるのも仕方のない事と言える。

 今は何より早く横になって休みたい、そんな気分だ。にもかかわらず、これはどういう状況だ。


 「あのぉ?そこで何をなさっているんですか桔梗様。」


 紬より怪訝な表情を向けられたその漢は何故か紬が通された部屋で宴を始めていた。


 「来たか、我が姫よ。長旅でさぞ疲れた事であろう、ささ早くこちらに来られよ。」


 表情はいつもと変わらない、飄々として掴みどころのない振る舞いも以前のままだ。豪華な御膳に囲まれて妙齢の女からお酌してもらって少し頬が赤くなっていた。


 (先日の一件は此奴の中で一体どういう解釈になっているんだ。)


 「辛夷もそんな所に立っていないで入ったらどうだ。」


 広めの部屋に用意された膳は二つ、既に一枠は阿呆面の漢が占拠しているので実質は残り一つ。紬は迷うことなく部屋の端っこに腰掛けた。


 「おい、そこまで露骨に避けなくても良いのではないか。そなたが嫌でなければこちらに来たらどうだ。」


 (なんだ?距離でこちらの感情を表現して良いと言うなら今すぐこの部屋から出て行きたい、そんな気分だ。)


 紬の小さな葛藤は国家権力に容易く屈し、仕方なく桔梗の隣に腰掛けた。


 いつもの香がつけていないようだ、代わりに強めの蒸留酒の匂いが鼻についた。いつも周囲を気にしていそうなこの漢にとっては珍しい、余程、気を許しているのだろうか。でも吸い付きそうなきめ細やかな肌感はやはり変わっていない。


 「うぅ〜ん、そなたからは饗しを受ける気が全くしないな、折角そなたのために用意させた食事なのだぞ。一口でも食してやるのが礼儀ではないのかな」


 「えっ!」


 見上げるとそこには呆れ顔の駄犬の姿が......。


 「私にですか?てっきり辛夷様が食されるものとばかり思っておりました。」


 「私が主と並んで食べられる訳ないだろう。折角のご好意だ、早く席につかぬか。」


 これまで澄ました顔で出来る漢を演じてきた駄犬であったが、紬の度重なる失態を前についに本性を現したようだ。


 「はっ!申し訳ありません、つい取り乱してしまい......。」


 (駄犬にしてはよくやっている方だと思う。それにしても終始上機嫌の阿呆面殿下は何とかならないものか......。)


 「姫よ、辛夷もこう申してもおるのだし、ここは私の顔に免じて許してやってはもらえぬだろうか?」


 「別に気にしておりません。私の身分など予期せず与えられた仮初めのもの、これまで通り接して頂いた方が私も気が楽です。それよりもそんな私が本当にそちらに座っても良いのか?そちらの方が気になります。」


 桔梗に酌をしていた女は戸惑う紬の手を取り席まで誘導してくれた。


 「お初にお目にかかります、風の姫君。私はこの宿で若女将をしておりますアララギと申します。お話は予予、殿下より伺っておりました。殿下が御執心なのも納得しました、聡明で芯が強く、それでいていつ壊れてもおかしくない程にか弱く愛らしい。悔しいですが少し焼いてしまいましたわ。」

 

 普段より褒められる事に慣れていない紬は思わず頬を赤らめてしまった。


 女が女を褒めるというのは大抵言葉通りの意味を持たない。大抵の場合、社交辞令や探りを入れられていると考えた方が良い。他人の機微に疎い紬でもそれくらいの事は知っていた。


 どちらにせよ相手の手の内が分からない今は警戒は必要だ、分かってはいる筈だったのだが何故か今日は身体は正直に反応してしまった。


 「ささ、姫君も一杯如何ですか?」


 「あっどうも、ありがとうございます。」


 お猪口になみなみと注がれた酒を口に含むと芳醇な香りとふくよかな旨味が口の中に広がった。


 「あらっ、良い飲みっぷりです事。ささ、もう一杯。」


 「アララギ、姫はまだ十七だ。明日もあるので程々にしてやってはくれぬか。それはそうとあいつも長旅で疲れたであろうし折角だからここで労を労いたい。もう一つ、膳を用意してはくれぬか?」


 「若、そんな滅相もありません。私には勿体無き御言葉。その御心だけで充分でございます。」


 「良いではないか。今宵は共に呑もうではないか。」


 さぁこれからというところで腰を折られ、少し物足りなさそうな表情を浮かべた若女将であったが、それ以上は何も言わずに部屋を後にした。


 「それで、桔梗様は何故ここにおられるのですか?」


 先程は邪魔が入ったので追求できなかったが、今なら逃げ場は無い。この前の事も含めてきちんと説明してもらわねばこちらも納得して身を捧げられない。


 「本当なら私が迎えに参ろうと思っておったのだが、外せぬ用事が入ったので先に辛夷に向かってもらったのだ。」


 「そういう事でしたか。それでこれから私はどうそれば宜しいのでしょうか?」


 「あぁ当初の予定通り、明日は都にある後宮に入内してもらう。そこで約1ヶ月の間、私の妃となるべく作法を学んでもらうつもりだ。」


 「......すいません、話が良く理解できないのですが、私は斎王を継ぐ為に後宮に赴くのではないのですか?」


 「あぁ、その通りだ。表向きは《斎王継承》の為に入内してもらう、だがそれはあくまで表向きの話だ。」


 「表向きとはどういう事でしょうか、先日も申し上げましたが後で誰かが私の身代わりになるなど到底受け入れられません。」


 「それは承知している。だが私も私で譲れないものがあるのだ。《そなたを妻にする》その気持ちは今もこれからも決して変わることはない。そのためならば我は鬼にでもなる覚悟だ。」


 紬は思わず赤面した。ここまで真っ直ぐに好意を伝えられたのは初めてだったからだ。これまでなら軽くあしらえた筈なのにお酒が入ったせいであろうか、今日は何故だか妙に意識してしまう。


 (うぅ〜、鼓動がうるさい!)

 

 「どうかしたか?」


 「い、いえ、何でもありません。それではどうやって《斎王継承》から逃れるおつもりですか?あまり時間はありません。」


 (そうだ、此奴の言っている事はあくまで願望だ。妃の話はこの際置いておいて、1ヶ月には斎王としての役目を果たさなければならない。それはすなわち、死を意味する。私が身代わりを良しとしない事は伊織の件で良く分かったはずだ。もし、同じ事を考えようものなら......。)


 「どうするべきかは未だ分からぬ。これからの事は明日考える!」


 「中途半端に優しくしないで下さい。私だって人間だ、惑う事もある、いや寧ろ惑うことだらけです。だから最後はきちんと心の整理をつけておきたいのです。それなのにあなたは......。」


 (込み上げた感情が音を立てて崩れていく。私は怖いのだ、ただ弱い自分をを認めたくないと必死で取り繕っているだけだ。桔梗様には何ら責任はない。)


 これまで何百年と続いたしきたりには続いた年月の数だけ想いがあった。それを土台にして今の私たちがこの場に立っているのだ。


 そしてついに自分の番が来た。それはこれまで無意識に目を反らしてきた残酷な現実を放置してきた私への罰なのだ。


 私は今、その罰から逃れようとしている、それは実に傲慢で実に身勝手な考えだ。先人たちの想いを踏みにじることに他ならない。


 彼女たちだって本当は死にたくなかっただろう、もっと生きたかっただろう。


 そんな事は分かっている、分かっている筈だ、いや分かっているつもりだけだった......。)


 「あぁ済まない、そなたを苦しめている事は承知している。しかし、既にそなたは我の一部となっている。だが今は焦っても何も始まらない。だから今は目の前の事だけを見よう。」


 「何に見るというんです?」


 「お待たせ致しました。」


 アララギがもう一人分の膳を用意してくれた。


 金属器や漆器の食器に白米、焼アワビ、焼エビ、山菜、鴨とセリの汁など山海の珍味が並ぶ豪華な食事、それと最後のこれは何だ?


 辛夷もこの手の食事にはまだ手が出ないようで感嘆の声が漏れ聞こえていた。


 「辛夷様、これは何なのでしょう?」


 「いや、私も初めて見る故、皆目見当がつかぬ。」


 二人の様子を見ながら笑いを堪えきれない様子はさしものガキ大将のようであった。


 「それはチーズだ。今日の為に異国から取り寄せさせた。」


 「何と!?桔梗様はいつもこのような物を召し上がっているのですか?」


 「そんな訳なかろう。今宵は全てを忘れて英気を養おうではないか。そして来年もこの者達で宴を催したいものだ。」


 やはり何処かズレてる気がすると蔑んだ眼差しで見つめる二人であった。

 

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