68. ミルティーユ割に挑戦します!
翌朝、広場に向かうと、そこはすでにたくさんの人で賑わっていた。
祭りのシンボルらしき無数の旗が風にはためき、その下には屋台がずらりと。
列に並ぶ人、出来立てを美味しそうに頬張る人、作っているところをじっと眺める人。どの屋台も大繁盛で、たくさんの人と熱気で、店の前はごった返していた。
「すっげ〜! 王都でも、なかなかこれほどの規模の祭りはないっすよ!」
隣のライナスさんが感心したように口笛を鳴らした。
「うわぁ……」
私も目を丸くして、辺りを見渡す。
子どもたちは、買ってもらったばかりの菓子や玩具を片手に走り回り、その横を音楽隊が陽気な音楽を奏でながら通り過ぎていく。
中央の小さな舞台では、民族衣装を着た女の子たちが楽しそうに踊っていた。
「これ全部、この町のお祭りなの……? すご……!」
お祭りでのわくわく感は、どうやらここも日本も変わらないらしい。
目の前で誰もが嬉しそうに笑っているのを見ていたら、なんだか昨日までのモヤモヤがふっと軽くなった気がした。
(悩んでるの、ちょっとバカらしくなってきたかも……)
あれこれ考えていたけど、今はそれより、この空気をちゃんと楽しみたい。
「よしっ、考えるのはあと! 今日は思いっきり楽しもうっと!」
私がぐっと拳を握って宣言すると、隣でレオンさんがボソリと。
「……はしゃぎすぎるなよ」
「わかってるってば!」
私は笑って答え、さっそく最初の屋台へ駆け出した。
それからの私はというと──宣言通り、見て、遊んで、食べて。とにかく全力でお祭りを満喫した。
森きのこの串焼きを頬張り、ピカピカ光る月露レモネードを片手にライナスさんと魔光玉すくいで勝負。(もちろん勝ちました!)
占い屋でレオンさんとの相性を占ってもらって一喜一憂し、ステージではド派手な魔法ショーに息を呑んだり。
はしゃいで笑って歩き回っていると、またほんのりと小腹が空いてきた。
ちょうどそのとき、どこからかふわりと甘い香りが漂ってくる。
「ねえレオンさん、あれ……何の行列?」
視線の先には、人だかりの向こうにある屋台。
熱々の湯気をたてるお菓子のような物が、次から次へと飛ぶように売れている。
「……あれは、『ミルティーユ焼き』だな」
「ミルティーユ……?」
「この地方特産の木の実だ。甘酸っぱくて、焼き菓子によく合う」
「え、めっちゃ美味しそうじゃん……!」
甘い香りに釣られるように屋台の方へ駆け寄る。列の先には、もっちりした生地で焼き上げた、手のひらサイズのお菓子が山のように並んでいた。
さっそくひとつ買って、熱々をぱくり。
「……っ、おいしっ!」
思わず大きな声が出た。たまらずすぐに、もう一口。
ほんのり甘くて、香ばしい。はふはふと熱さを逃しながら齧ると、中の木の実がプチッと弾けて、とろ〜りと甘酸っぱくて。
こんな味も食感も初めてで、とにかく胸が弾んだ。
「これ、好きかも……!」
「めっちゃうまいっすね! これ!」
隣でライナスさんも目を丸くしている。
私たちの会話が聞こえたのか、すぐそばで品出しをしていた店のご婦人が、ふとこちらを見て微笑んだ。
「お口に合いましたか?」
「あ、はいっ! すごくおいしくて……!」
「それはよかったです。あっちの通りでは、ちょうど今、子どもたちと一緒にミルティーユ焼きを作ってるところなんですよ。見にいらっしゃいます?」
「えっ、作ってるんですか?」
私が目を輝かせたのを見て、レオンさんがふっと口元を緩めた。
「行ってみるか?」
「えっ、いいの? 見てみたい!」
私はレオンさんとライナスさんと一緒に、うきうきと、案内された方へ歩き出した。
屋台の裏手にある通りの片隅には木製の簡易な小屋が建てられていて、中で数人のご婦人と地元の子どもたちが、わいわいと賑やかに動き回っていた。
生地の甘い匂いと、果実を潰す小さな音が混じり合い、ほのぼのとした空気が広がっている。
小屋の中央、丸太を加工したような低い台の上には、ごつごつとした紫の実がたくさん転がっていた。
「あれが……ミルティーユ?」
台のそばでは、子どもたちが真剣な顔で木槌のような道具を握り、一粒ずつ丁寧にミルティーユの殻を割っている。
「わーい、綺麗に割れたよ!」
「あら、上手くできたじゃないの!」
喜ぶこどもたちに、ご婦人たちは笑顔で声をかけ、時折手を添えながら見守っていた。
果実とは思えないほど硬そうなその殻を、専用の道具で慎重に割ると、中から、まるで宝石のように鮮やかな果肉が姿を現す。
「わあ……」
私は思わず見入ってしまい、感嘆の声を漏らした。
殻が割れるたびに、子どもたちの間から、かわいい歓声があがる。
果肉は隣のテーブルへ運ばれ、次の工程へと送られていった。
(すごい……! こんなふうに、みんなで作ってるんだ)
そこでふと、小屋の入り口に貼ってある紙が目に入った。
『ミルティーユ割り体験できます』
なるほど。この子たちは、殻割り体験を楽しんでいたのか。
よくできてる仕組みだと思った。子どもたちは夢中になれるし、作り手の人たちも手伝いが増えて助かる。
感心すると同時に、胸の奥で好奇心がむずむずと湧き上がる。気づけばもう、近くのご婦人に声をかけていた。
「あの……! 私もミルティーユ割り体験、してもいいですか?」
場の空気がぴたりと止まった。
ご婦人たちの表情に、困惑と気遣いが入り混じる。
「あ、あの……ですが、これはかなり力が要りますし……」
「お嬢様の細腕では難しいかと……」
「それに、お洋服も汚れてしまいますから」
やんわりとした声が重なり、私は気まずくなって思わずうつむいた。少しの沈黙のあと、困ったように笑う。
「あっ……そうですよね……」
(やっぱり嫌がられちゃうか……)
せっかくみんな楽しんでいるのだ。無理を言うのもよくない。そう思って一歩引こうとした、そのとき。
「俺もやる」
低く落ち着いた声に、場の空気がまた止まった。
振り向くと、レオンさんが静かに腕をまくりながらこちらへ歩いてくる。
「れ、レオン様……!? いけません、そんな……!」
「ご当主様にそんなことをさせるわけには……!」
ご婦人たちが慌てて声を上げるが、レオンさんはいつもの調子で淡々と答えた。
「かまわない。ミルティーユ割りは、子どもの頃にやったことがあるしな。せっかくの祭りなんだ。やらせてもらえないか?」
その言葉に、ご婦人たちはぽかんと目を丸くする。
やがて戸惑いがちに視線を交わし、おずおずと笑みを浮かべた。
「……じゃ、じゃあ……お手伝いをお願いしても、よろしいですか?」
「助かります、レオン様」
あっという間に周囲の空気が和らぎ、簡易な作業台が用意される。
「あ、なら俺も!」
「えっ、ライナスさんもやるの!?」
さっきまで横に立っていたはずのライナスさんが、もうちゃっかりレオンさんの隣に並んでいた。
「どうせ見てるだけじゃ退屈ですもん。俺も混ぜてもらうっす〜!」
そんな軽口に、また周囲から和やかな笑いが広がる。
「ほら、何してる。お前もやるぞ」
レオンさんが私の方を振り返り、あっさりと言う。
「う、うん……!」
私は慌ててスカートの裾を押さえながら、作業台へ駆け寄った。




