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目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした  作者: エス
PartⅡ

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67. じゃあ行ってみようかな

 その日の夜。

 夕食の席には、私とレオンさん、そしてライナスさんの三人がついていた。


 長く留守にしていた若き当主の帰還を祝うかのように、テーブルには色鮮やかな料理がずらりと並んでいる。


 今日のメインは「渓谷鱒の香草包み焼き」。

 この地の清流で獲れた鱒を、森で摘んだ“ラキア葉”というハーブで包み、石窯でじっくりと焼き上げたものだそうだ。


「坊ちゃま……いえ、レオン様は小さな頃からこのお料理が大好きでしてね。焼き上がる前から『まだか』と厨房をのぞきに来ては、皆を困らせておられました」


 そう言ってエルバンさんは、懐かしむように目を細めた。長くこの邸に勤めるこの老執事から見れば、レオンさんはいつまでたっても小さな坊ちゃまなのかもしれない。


 ちらりとレオンさんを見やる。

 エルバンさんの会話は絶対に聞こえていたはずなのに、素知らぬ顔をして食べ続けているあたり、きっと照れているのだろう。

 私もライナスさんも、そんなレオンさんの様子に思わず目を合わせ、小さく微笑み合った。


 大きな葉っぱをナイフとフォークでそっと開くと、立ちのぼる蒸気とともに、爽やかな香りが広がる。脂ののった鱒の身はふわりと柔らかく、驚くほどしっとりとしていて、ひと口食べるだけで胸の奥までやさしい味が染みていくようだった。


 温かな食卓と穏やかな会話。

 どの皿も本当に美味しくて、気づけばほっと頬がゆるむ。


 けれど、笑い声がひと段落したころ。


「シャルロット様、もしかして今日はあんまり食欲ないっすか?」


 パンをもぐもぐと頬張っていたライナスさんが、私の皿を見て首をかしげた。


「え……そ、そうかな? ちゃんと食べてるよ! どれもすごく美味しいし」


「いーや、いつものシャルロット様なら、きっと三皿はお代わりしているはずっすね! それが今日は一皿で終わりなんて……おかしいっす!」


「ちょ、人を大食いみたいに……!」


 思わず声を上げると、ライナスさんが「ははっ」と肩をすくめ、テーブルに再び笑いが戻る。


 けれど、手に持ったスプーンは──やっぱり思うように動かなかった。

 

(引きずってるなぁ……昼間のこと)


 自分でも情けなさを感じながらスープをすくった、そのとき。


「そういえば……」


 ふいにレオンさんが口を開いた。


「明日、町で祭りがあるらしい。領民のほうから、ぜひ来てほしいと声があった」


「へえ、お祭り……」

 

 町のあちこちにカラフルな旗や布が掛けられていたことを思い出す。


(でも……私が行ったら、また色々言われちゃうかもなぁ)

 

 黙って視線を落としたままでいると、レオンさんがふっと声をやわらげた。

  

「疲れてるなら、無理しなくていい」

 

 その優しい言葉が胸の奥に触れ、つきんと何かが揺れる。 


 顔を上げると、レオンさんの視線がまっすぐこちらに向けられていた。

 静かな瞳の奥に、言葉にしない思いや気遣いが滲んでいる気がして──胸がぎゅっとなる。


「シャルロット様にしては珍しいっすね。祭りって聞いたら、いつもなら目を輝かせてるのに。やっぱり長旅はキツかったっすか?」

 

 ライナスさんが、少し心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「疲れてるわけじゃないんだけど……」  

 

「何か心配ごとっすか?」


 言葉を濁した私に、ライナスさんがじいっと目を向ける。


(うっ……これは私が口を開くまで追求されるやつだ……)


 観念した私は、ボソボソと白状した。

 

「えっと……昼間にちょっとした噂話を耳にしちゃって……。『近寄りがたい』とか『お高く止まってる』って。私のこと、あんまり良く思ってない人もいるのかもって思ったら、なんか……」 


 だんだん声が小さくなっていき、最後には消え入りそうなくらいの弱々さ。

 そんな私に、ライナスさんが「ぶはっ」と盛大に吹き出した。


「えー!? シャルロット様が近寄りがたい!? どこがっすか!? むしろ小動物並みの近寄りやすさっすよ!」


「ちょ、ライナスさん! なにそれ!」


 思わずむくれて言い返すと、ライナスさんが悪びれもせずにケラケラと笑った。

 でもその朗らかな笑い声につられて、ほんの少しだけ胸のもやが和らぐ。


「……まあ、大丈夫だと思うぞ」


 レオンさんが、ぼそっと小さく口を開いた。

 ナイフとフォークで器用に魚を切り分けながら、まるで明日のお天気の話でもするように軽い感じで。けれど、その顔はあくまでも真面目で、冗談でも慰めでもなく、ただ事実を口にしたように見えた。


 ともすれば他人事みたいな言い方なのに、妙に確信めいていて。レオンさんに言われると本当にそう思えてくるから、なんだか不思議だ。


「……そうかな」


 小さくつぶやいたあと、私はスプーンを置いて、ゆっくりと顔を上げた。


「じゃあ……お祭り、行ってみようかな」


 口にしてみると、自分の中に残っていた不安が、少しずつ溶けていくのを感じた。


 正直、まだ不安はある。

 けれど──


(逃げずにちゃんと向き合おう!)


 そう思わせてくれる人たちが、いま、目の前にいるから。


「……よし、やっぱり包み焼き、お代わりしよっかな」


「ははっ、シャルロット様はそうでなきゃ!」


 ライナスさんの明るい声に、テーブルの上の空気がまたふんわりとあたたかくなった。



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