29. お茶会ミッション、無事(?)完了しました!
「つ〜か〜れ〜た〜〜〜」
馬車のふかりとした座席に全体重を預け、背もたれにずるっと沈み込む。背筋どころか魂まで溶けたみたいに、手足がだらんと垂れた。
(お茶会って……こんなに体力使うものなんだね……)
馬車に乗ってレオンさんの顔を見たとたん、緊張の糸がぷつんと切れて全身から力が抜けてしまった。
「私もう……このままここに埋まりたい……」
情けない声を上げる私を、隣のレオンさんがちらりと見た。その視線は心配しているのか呆れているのか、なんだかよくわからない。
「……で、どうだったんだ」
低い声。質問というより、半分諦めの確認のようなトーンだ。
ぼんやりしたまま、私は顔だけレオンさんの方に向ける。目を合わせる余力もなく、口だけがゆるく動いた。
「なんかもう、緊張しすぎて、素でしゃべっちゃった」
力の抜けた声でぼそりと呟くと、レオンさんがぴくりと眉を動かした。
「大丈夫だったのか」
「うーん。なんか……ウケてた、かも?」
「……は?」
私の曖昧な言葉に、レオンさんは珍しく言葉を詰まらせる。
「最初はちょっと怖かったんだけどさ……」
そう口にしながら、よいしょっと体を起こす。ぺたんこに潰れた髪を直しながら、ふぅっと息をつくと、ほんの少しだけ体の芯に元気が戻ってきた気がした。
「意外と楽しかったかな!」
照れ笑いを浮かべながら、でもどこかスッキリとした気持ちでレオンさんを見上げた。
「……そうか。それならよかったな」
なんだそれ、という顔をしつつ、レオンさんはほんの僅かに口元を緩めた。
──はい、きました。破壊力。
その瞬間、トスッと私の胸に矢が刺さる。
(うわ、その顔やばい。だめだ、また好きが加速する!)
思わずハートになりかけた目を、急いで逸らして窓の方を向く。けれどレオンさんは、何事もなかったかのように少し間を置いて、静かに言葉を続けた。
「今日会った相手とも、適当にやっていけ。たまにはティナ以外の話し相手も必要だろ」
ぶっきらぼうなのに、その声の奥に、ちゃんと優しさがにじんでいる。こういうところなんだよなぁ……ずるいのは。
(もしかしてレオンさん……私のためを思って、このお茶会に出る機会をくれたのかな……)
そう思った瞬間、胸にトスッと二本目の矢が刺さる。しかも今度は毒属性付き。ぼわっと顔が熱くなってきて、心臓がぎゅうぅっと苦しくなる。
「うん、ありがと」
消え入りそうな声でなんとかお礼を口にした。でもこのまま黙っていたら、ふにゃふにゃに溶けてしまいそうで。私は、勢いで言葉を続けた。
「私、レオンさんの婚約者としての社交ミッション、頑張ってきたよ!」
言い終えた瞬間、ちょっと厚かましかったかなって気がして、さらに言葉を足す。
「ま、実際は“見せかけの婚約者”だけどね!」
自嘲めいた笑みを浮かべると、レオンさんの動きが一瞬だけ止まった。けれど、すぐにいつもの静かな表情に戻る。
「……そうか」
少しの沈黙のあと、私はふと思い出したように口を開いた。
「でね、女子トークいっぱいしちゃった〜!」
能天気にそう言うと、レオンさんが少しだけ目を細めた。
「どんな話をしたんだ」
興味があるわけでもないのに、楽しそうな私につられてつい口を挟んだ、そんな声の出し方だった。
「え〜? たとえば……『レオンさんが犬だったら何犬か!?』とか?」
その瞬間、レオンさんの眉がぴくりと動く。
「は?」
「私はね〜、即答で『ドーベルマンです!』って言ったの! そしたらすっごい盛り上がったんだから!」
私が嬉々として語る横で、レオンさんは眉間に皺を寄せ、「意味がわからない」って顔をしている。
「……俺が、犬……」
低く呟いた声は、いつもより少しだけ素の響きを帯びていた。
「うふふ、安心してね。みんな褒めてたよ? 絶対、飼い主にしか懐かない大型犬だって!」
「…………」
沈黙。無表情を装いながらも、レオンさんの頬がほんのり赤くなっていくのが見えた。
それを見届けた私は、満足げに小さく息を吐き、窓の外へ視線を向ける。
(うん、今日はほんと、がんばった!)
(帰ったらティナちゃんに褒めてもらお……!)
夕陽がゆるやかに傾き、橙色の光が馬車の中をやさしく照らす。
馬車は、心地よい揺れとともに、公爵邸へと向かっていた。




