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27. 私、お茶会で戦ってきます!

 花の市から数日。お祭りの賑わいも、心のざわつきも、少しずつ日常に戻っていき、私はまたクラウス先生のスパルタ授業と、屋敷のみんなとの穏やかな毎日に身を置いていた。


「ん〜! このオルネ草のスープ、ほんと大好き!! バルドさんの料理の中でもベスト10に入っちゃうかも〜」


 私はスプーンに乗せた、ころんと丸いオルネ草をパクリと口に含む。とろっとした食感に「ん〜っ!」と感激の声がもれた。


「ふふ。シャルロット様、最初はスープに浮かんだオルネ草を見て『モンスターっ!?』って怯えてらっしゃったのに」


 マーサさんがクスクスと思い出し笑いをする。


「だ、だって見た目が完全にひとつ目モンスターだったんだもん! ほら、このヘタの部分なんてまるっきり目玉にしか見えなかったんだから!」


「モンスター草〜!」


 ティナちゃんが大げさに両手で大きな丸を作って真似すると、みんなの間に笑いが弾けた。私も吹き出しそうになりながら、スープをもうひと口。爽やかな香りとまろやかな甘みが口いっぱいに広がっていく。


(うん……やっぱり美味しい!)


「じゃあシャルロット様に問題っす! 今日のパンに練り込まれてる、このちょっと甘いやつはなーんだ!」


 ライナスさんがカゴのパンをひょいと掴んで、ぱかっと半分に割る。ふわっと立ちのぼった香りに、思わず鼻がくすぐられる。私もパンをちぎって、もぐっとひと口。


「星芋? ……でもちょっと違うか」


 首をかしげると、ライナスさんがドヤ顔で断面を指さす。


「残念っすね〜。正解はルナ豆でした!」


「豆!? え、これ豆なの? だって角切りだし完全にお芋でしょ!?」


 驚いて身を乗り出す私に、ライナスさんが胸を張る。


「ルナ豆は一粒がじゃがいもくらいデカいんすよ。だからこうやって切って使うのが普通っす」


「えぇぇ!? 一粒でじゃがいもサイズ!? どんな豆なのそれ……」


 思わず頭の中に巨大な豆の房を思い描いてしまい、なんとも言えない顔になった。でも、パンの中のほくほくとした甘さは確かに美味しくて、ついもうひと口、噛みしめてしまう。


 そんなふうに想像にふけっていたとき、ふいにレオンさんがナイフとフォークを動かす手を止めた。


「……そういえば、来週、茶会がある」


 耳を傾けながら、私はチキンにナイフを入れる。パリッと皮が弾け、じゅわっと肉汁があふれた。


(へ〜、お茶会ねぇ。なんかいかにも貴族っぽいイベントだよね。てか、レオンさんがお茶会とか似合わなすぎる〜! ……あ、このチキンおいしい!)


 パリパリと香ばしく焼けたチキンに舌鼓を打ったが、次のひと言で今度は私の手が止まった。


「貴族令嬢たちの社交茶会だ。王都南区のソレイユ邸にて。招待状が届いていたから、出席の手配をしておいた」


「……へっ?」


 思考が一瞬でぐるんっとひっくり返った。


「れ、令嬢たちって……まさか、私ーーーーっ!?」


(お茶会って……え、あの貴族の世界でしか見ない、優雅でキラッキラで、ドレスで紅茶をくるくるするやつ!? 私がそこに!? ムリムリムリィィィ!!)


 必死に両手をぶんぶん振ってアピールする私。でもレオンさんはちらと視線をよこしただけで、すぐに表情ひとつ変えず言葉を続けた。

 

「俺の婚約者として、公の場に出る初めての機会になる」

 

「っ……!」

 

(こ、婚約者……?)

 

 こんな非常事態だというのに。乙女な私の耳が、そんなパワーワードを聞き逃すはずがない。いや、レオンさんにとってはただの形式上の言葉かもしれない。……でも本人の口から改めて婚約者って言われると、なんか照れる。


 私は思わずへらっと緩んだ頬を、ハッと気を引き締め直した。


「ね、ねえ……それって、もう確定なの?」


 おそるおそる問いかけた私に、レオンさんは淡々と答えた。


「ああ。そろそろお前も社交に慣れておいた方がいいだろう」


「……うぐっ」


 肩がしゅんっと落ちる。全力で「嫌ですオーラ」を送ってみたけど、レオンさんは一瞥しただけでスルー。


「茶会には俺が送っていく。……何かあれば外で待機する」


「そ、外で!? レオンさん参加しないの?」

 

「茶会は、基本的に令嬢のみが出席する場だ」

 

(そっか……そりゃそうだよね。うん、でも……)

 

 最後に一縷の望みをかけてチラッと見上げたけど、この涼しい顔をした青年が「な〜んてね!」などと言うはずもなく。緊張と不安が入り混じった胸を押さえながら、私は頷いた。

 

「……わかった。頑張ってくる」



 *



 翌朝、食堂から出たとたん──背後に炎でも燃えているかのような迫力で、ティナちゃんが仁王立ちしていた。

 

「シャルロット様っ! 特訓ですっっ!」

 

「ひっ!? な、なにごと!?」

 

 朝ごはんの余韻にひたる間もなく、私はティナちゃんに手をがしっとつかまれ、そのまま屋敷の一室へと連行された。応接室を改装したらしいその部屋には、すでに椅子とティーセットが完璧にセッティングされていて、ティナちゃんの本気がひしひしと伝わってくる。


「シャルロット様ッ!!」

 

 ビシィッと指差しポーズ。

 

「お茶会は、戦場なんですッ!!」

 

(えっ!? な、なんか始まった!?)


「そこは笑顔とマナー、そして社交辞令の飛び交う──麗しき心理戦ッ!!」

 

(あの……ティ、ティナちゃん……!?)

 

 ティナちゃんはツカツカと詰め寄ると、テーブルを両手でバンッと叩く。

 

「クラウス先生の教えにより、シャルロット様のマナーは完璧です。……しかしッ!!」

 

 突然声量が跳ね上がる。

 

「それでは勝てません!!」

 

(へっ!? か、勝つ? だ、誰に……)

 

 真剣そのものの瞳で、ティナちゃんは高らかに言い放った。

 

「真の敵はっ!! 令嬢たちの本音と建前合戦なのですッッ!!」

 

(うわあああぁぁぁ〜ん! 帰りたいぃぃぃ!!)


「でも大丈夫ですっ!」

 

 ぱっと笑顔に戻るティナちゃん。

 

「今から私が、みっっちり叩き込みますから!」 

 

(え、ちょ、いらな……)


 私のか細い心の叫びなんて聞こえるはずもなく。こうしてティナちゃんによる『本音と建前講座』が、青天の霹靂のごとく幕を開けたのだった。


 

 *



「ではシャルロット様、いきますよ〜」


 ティナちゃんは人差し指を天に突き上げ、声高らかに宣言する。その真剣さに、思わず背筋がしゃんと伸びた。

 

「第一問っ! 『まあ、今日のお召し物、とっても華やかですわね』──さて、これはどういう意味ですかっ!?」

 

「えっ、えっと……ほんとに華やか……?」

 

「ブーッ!!」


 ティナちゃんが両手でバツ印を作る。


「正解は『ちょっと派手すぎじゃない?』って意味ですっ!」


「うそでしょ〜〜っ!!」


 私は思わず頭を抱えて俯く。視界の端にお淑やかに置かれた薔薇柄のティーカップが、こちらをあざ笑うようにきらりと光った気がする。


「第ニ問っ! 『最近よくお見かけしますわね』──これは!?」


「ん〜と、仲良くしたい……かな?」


「違いますっ! 『また来たわねこの人』の可能性ありです!!」


「えっ、それって悪口じゃん!? 聞きたくなかったんだけど!」


 心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。社交の場って、笑顔の下がこんなに怖い世界だったの……!?


「まだまだいきますよ〜! 第三問っ! 『まぁ、また一段と大人っぽくなられて』——これは?」


「それは……さすがに褒め言葉じゃない?」


「ブブ——ッ!! 『老けた?』の意味もあります!!」


「やめてぇぇぇぇぇ! その笑顔で爆弾落とさないでぇぇ!」


 バタンと机に突っ伏し、動けなくなった。頭の中で「もう降参!」と白旗を振っている自分が見える。


「さあシャルロット様! 顔を上げてください! この程度で心が折れてどうしますか!」

 

「折れてるっていうか砕けてるの!」

 

 疲れ切った声でそう答える私に、ティナちゃんは輝く笑顔で一言。

 

「でも大丈夫です! あと三十問ありますから!」

 

「無理ぃぃぃ!!」 

 

 ……こうして、地獄のようなティナちゃんの社交辞令特訓は、その後一週間みっちり続くことになるのだった。


 

 *



 窓辺のカーテンを少し開けて、私は静かに空を見上げていた。漆黒の空に、大きなまんまるの月がぽつりと浮かんでいる。

 

「……ふぅ〜……」

 

 思わず、長いため息が漏れる。

 

「ここ最近のティナちゃんの特訓。ほんと、恐ろしかったんだけど……」

 

(社交辞令……マウント……建前ラリー……)


 思い出すだけで胃がキュッと痛む。


(だけど、私のためにあんなに一生懸命やってくれて……)

 

 窓辺に肘をつき、そっと頬杖をついた。

 

「明日、いよいよ本番かぁ」

 

 怖い。正直めちゃくちゃ怖い。だけど、これまで頑張ってきたクラウス先生の授業も、ティナちゃんの鬼の特訓も、みんなの応援も……全部、無駄にしたくない! 私は「よしっ!」と声に出してすっと立ち上がる。


「明日、ちゃんと戦ってくるからね!」

 

 誰に言うでもなく窓の外に向かってそう叫び、ガッツポーズをキメた、そのとき。

 

「シャルロット様〜〜〜っ! 明日も全力で応援しますからねぇぇ〜〜っっ!」

 

 廊下の向こうからティナちゃんの元気な声が響いた。私はふっと吹き出して、窓の外を見たまま声を張り上げる。

 

「うん。頼りにしてる〜〜!」


 月が、まるで背中を押すようにそっと私を照らしていた。


(……よし。月も応援してくれてる、ってことにしとこう)

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