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12. 面白いことになってんじゃ〜ん!

 コンコン、と控えめなノック音が響き、扉の向こうからティナちゃんの明るい声が飛んできた。

 

「シャルロット様、おはようございます! 朝ですよ〜」


(……シャルロット?)

 

 ふかふかのベッドに埋もれたまま、亀のように顔だけひょこっと出すと、ぼーっとした頭がゆっくりと回転し始める。

 

(んー……あぁ、そうだ。ここ、異世界だったんだっけ)

 

「おはよ……」

 

 寝ぼけ声で返事をすると、ティナちゃんがパタパタと駆け寄ってきた。

 

「シャルロット様、今日は朝食後に、レオン様が屋敷をご案内してくださるそうですよ〜」

 

「え、レオンさんが?」

  

 一気に目が覚め、ガバッと布団を跳ね除ける。

 

(レオンさんが、わざわざ案内してくれるなんて、ちょっと意外……)

 

「さぁ、朝の準備を始めましょう!」

 

 ティナちゃんのキラキラした笑顔が眩しくて、私は観念してベッドから降りたのだった。


 私がふらふらと鏡台に歩いて行くと、ティナちゃんはふんふん鼻歌を唄いながら、ご機嫌でクローゼットを漁り始める。


 ちなみにそこに並んでいるドレスやアクセサリーは、昨夜遅く、私を追いかけるようにして伯爵邸から大量に届けられたもの。いや大袈裟じゃなく、私が三人くらいいても使いきれなさそうな量。

 

(まったく……どんだけ持ってきたのよ……) 

 

 リボンをひとつ取っては頬に当て、アクセサリーを胸元に合わせては「うーん」と首を傾げるティナちゃん。まるで自分のことのように楽しそうだ。

 

「レオン様の前ですから、ちゃんと綺麗にしておかないとですね!」

 

「え、いや……別にそんな気合い入れなくても良くない?」

 

「だめですっ! シャルロット様は婚約者なんですから!」

 

 満面の笑顔でズバッと断言され、その圧に私はぐうの音も出ない。ティナちゃんってば……意外に、強い。

 

「……っ」 

 

 ティナちゃんは次々とリボンやアクセサリーを手に取りながら、無邪気な乙女トークを繰り広げていくのだった。

 

「レオン様って無口だけど、すごく素敵ですよね〜。シャルロット様と本当にお似合いです!」

 

「え、そ、そうかな……」


 婚約者って設定ではあるけど、なんたって昨日初めて会ったんだから。お似合いだなんて言われても嬉しいわけ──あ、いや、ちょっとは嬉しいかも。だって、あんな神がかり的にカッコいい人とお似合いだなんて言われちゃったら、そりゃあ、ねえ?


 曖昧に返事をしている間も、ティナちゃんの手は止まらない。器用な指先で私の髪を編み込み、リボンを結び、あっという間にメイクまで仕上げていく。


(ティナちゃん……すごっ! 完全に美容師レベルの手際なんですけど!?)

 

「はい、完成です!」

 

 ティナちゃんが嬉しそうに私の肩をポンっと叩いた。鏡に映るのは、やっぱりどこから見ても完璧な美少女で──

 

「何回見ても可愛いな……」


 つい本音が漏れてしまった。

 

「え? 何かおっしゃいました?」

 

「い、いやっ! なんでもない!」


 慌ててごまかしながら、私はティナちゃんと一緒に食堂へと向かったのだった。



 *


 食堂に入るとレオンさんはすでに席に着いて静かに朝食をとっていて、私はちょっと緊張しながら、ちらちらと視線を送る。

 

(どう? どう? 今日は気合い入ってるんだけど!? 気づいてくれてもいいんだよ!?)

 

 レオンさんはパンをちぎりながらこちらを一瞥して……それっきり。言葉も何もなく、また食事に戻ってしまった。


(えぇぇ……スルー!? ティナちゃんに完璧にセットしてもらって、リボンだって可愛いの選んだのに!!)

 

 もやもやした空気を切るように、マーサさんがずいっとレオンさんの隣に立つ。

 

「レオン様?」

 

「……なんだ」

 

 パンを口に運びながら、レオンさんは面倒くさそうに答える。

 

「シャルロット様、とっても可愛くされてるのに……何か一言ないんですか?」


 その一言に、レオンさんは改めて私をじっと見つめた。


(ちょ、ふいに真顔で見るのやめて! 心臓に悪いから!)


 そして彼が発したのは──

 

「……別に、昨日と同じだろ」

 

 レオンさんは本気でわからない様子で、そっけなく返す。

 

(はああああ!?)


 ティナちゃんが「はぁ……」と苦笑し、私は思わず額を押さえる。


(この人……せっかくの超絶イケメンなのに……そっち方面は完全ポンコツ男!?)

 

 マーサさんは呆れたようにため息をつきながらも、最後にはクスッと笑った。

 

「まったく……レオン様は相変わらずですね。でも、シャルロット様、とてもお似合いですよ」

 

「ありがと、マーサさん!」

 

 そんなやり取りの後、朝食は和やかな雰囲気のまま進んでいった。



 *


 朝食後はレオンさんが屋敷の中を案内してくれた。応接室、書庫、中庭……どこも広くて整然としていて、質の良さが隅々まで漂っている。シンプルなのに圧がすごい。

 

「ここが最後だ」

 

 そう言って案内されたのは、大きな窓から庭が一望できるサロン。ティーテーブルと椅子が並び、柔らかな陽射しが差し込んでいた。


「ふわぁ……素敵……」

 

 思わず声が漏れる。こんな場所でお茶なんて飲んだら、気分はまるで令嬢そのもの。って、今の私は見た目もすでに令嬢そのものなんだけどさ。

 

「一通り、こんなところだな」

 

 レオンさんは相変わらず無表情でそう言い、こちらに視線を向ける。

 

「覚えられそうか?」

 

「無理! すでに今、帰り道がわかんない」

 

 即答した私に、レオンさんはふっと小さく息を吐いた。

 

「……だろうな。そのうち慣れろ」

 

 呆れ半分、でも声の奥にほんのり優しさが混じっている気がする。


(やっぱりレオンさん、不器用に優しいんだよなぁ)

 

「うん、頑張る! とりあえず、案内ありがとう、レオンさん」


 にっこり笑って伝えると、レオンさんは一瞬だけ視線を逸らし、ボソッと。


「……ああ」


(あれ、今の間……ちょっと照れた!? え、レオンさんってば可愛いとこあるじゃん!)


 思わずにやけそうになったけど、なんとかごまかして窓の方へ視線を逸らす。


(それにしてもさ、こんな綺麗な場所が屋敷の中にあるなんて……ちょっと贅沢すぎない?)

 

 なんて感心しながら窓から中庭を眺めていると……突然背後から軽やかで明るい声が飛んできた。

 

「あれ〜? 珍しいじゃん、レオンが自分で案内してるなんて」

 

 振り向くと、そこには光をまとったように爽やかな笑顔を浮かべた青年が立っていた。


 サラサラと風になびく金髪。整った顔立ちはまるで絵本から飛び出してきた王子様で、にこっと笑うだけで場の空気が一瞬で明るくなる。淡いブルーの瞳は穏やかに輝き、シンプルなのに上質な服も相まって、自然と気品が漂っていた。


(うっ……レオンさんとは真逆のキラキラオーラ!! 存在がまぶしすぎるんですけどっ!!)


 うっかり目がハートになりかけてたそのとき、


「リオ……珍しいな。お前が来るなんて」


 レオンさんが声をかける。


「だって、俺が推薦した婚約者だし? 様子くらい見に来るよ」


 軽く肩をすくめながら、リオと呼ばれた青年が私に視線を向けた。


 そして次の瞬間、ふっと動きが止まる。淡いブルーの瞳が真っ直ぐに私を射抜き、一瞬だけ驚きに揺れた。


(……な、なに?)


 心臓がドキリと跳ねたその直後。青年はふわっと口元を緩め、肩の力を抜いたように笑った。


「へぇ〜……」


 楽しげに目を細めると、顎をくいっと上げて、友達同士みたいな軽いノリで──


「面白いことになってんじゃ〜ん!」


 明るく茶化す声に、私はまるで埴輪の展示品みたいにポカンと口を開けて固まった。


(え、えぇぇ……!? 今の間は何!? この人、急に何を……!?)


 混乱している私をよそに、彼はレオンさんへぐいっと身を乗り出して楽しそうに言う。

 

「ねぇねぇ、レオン。これってさ、いつからなの?」

 

「昨日からだ。顔合わせの途中でこうなった」

 

 レオンさんは相変わらず、どうでもいいことを言うみたいにさらっと答える。いやいや、どう考えても“どうでもよくない案件”でしょこれ!

 

(ちょ、ちょっと待って! 何その会話!?)

 

「マジか〜! すごいタイミングだね。でも逆に、レオンがいる時でよかったんじゃない?」 

 

「……そうかもな」 

 

(いやいやいや!! 何を納得してるんですかレオンさん!?)

 

「あの……」

 

 遠慮がちに声をかけると、リオさんがパッと私の方を向いて、大きな目をくりっと動かした。

 

「あ、ごめんごめん! 自己紹介がまだだったね」

 

 そして、にこにこと屈託のない笑みを浮かべたまま、信じられないことをさらっと言う。

 

「僕はリオネル・アルグレイシア・エルヴィン。この国で王太子やってます! レオンのマブダチだよ! リオって呼んでくれていいよ〜」 


「王太子ィィィ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


(え、待って、今サラッとすごいこと言わなかった!?)


「……ただの友達だ」


 レオンさんが眉をしかめて訂正したけど、リオさんは気にせずケラケラ笑っている。


「えー、俺たちマブダチだろ〜?」


(待って待って、テンポについていけないんだけど!? ていうか会話のノリが軽すぎない!?)


「あ、あの……」


 勇気を振り絞ってもう一度声をかけると、リオさんは「あ〜ごめんごめん」と手をひらひらさせて笑った。


「君は……シャルロットだよね?」


「は、はい。初めまして。シャルロット・エリーゼ・アルデンです……」


 一応名乗ってはみたけれど、内心ドキドキが止まらない。


(この人、絶対わかってる……どうしよう……!)


 にこにこと頷いたリオさんは、次の瞬間、ふっと声を落とした。


「うん、知ってるよ。僕たち、幼馴染だからね」


 血の気がサッと引くのを感じた。その目が、楽しげに細められる。


「でさ。今、僕と話してる『君』の名前は?」


「え、え……」


 私はパクパクと口を動かして声にならない声を出しながら、ついレオンさんをチラ見する。するとレオンさんが、気怠そうにため息をついて言った。


「シャルロット。安心しろ。……こいつには、お前がシャルロットじゃないってこと、もうバレてる。こいつもわかるんだ」


「え、バレてる!? こいつもわかる? ……ってことは、レオンさんも?」


 驚いて問いかけると、リオさんがますます楽しそうに笑った。


「え〜、レオン、まだその話してなかったの?」


「はぁ……リオ。お前が喋るとややこしくなる。少し黙ってろ」


 レオンさんがうんざりしたように制すると、リオさんは肩をすくめて笑った。


「とりあえず、どこかで落ち着いて話そうか」


 そう言ったリオさんの笑顔は、どこか含みがあって──。

 

 私たちは中庭のサロンでお茶を飲みながら、ゆっくり話すことになったのだった。

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