【閑話】 特製タルト
食事を終えた食堂には、まだ楽しげな余韻が残っていた。
一方その頃、バルドは静かにキッチンで洗い物をしていた。いつも通り、無言で黙々と皿を磨き上げていると──
「バルドさん!」
元気な声が厨房に響く。振り返ると、シャルロット様がパタパタと駆け寄ってきた。
「今日のごはん、どれもすっごく美味しかったよ! 特にタルトが絶品だった! また作ってねー!」
満面の笑みでそう言い残すと、シャルロット様は手を振りながら楽しそうに去っていった。
その姿が見えなくなるやいなや、バルドはカチャリと手を止め、静かにテーブルへと歩き寄る。そして無骨な両手をテーブルにつき、俯いたままぴたりと動かなくなる。
「……くぅ……」
ごつい肩が、わずかに震えた。
*
そんな様子を、厨房の入り口からそっと覗いている影が二つ。
「あーあ、バルドさん泣いちゃった」
ティナが小さく呟くと、隣のライナスがニヤリと笑う。
「まあ、感激屋だからな〜。レオン様は『美味しい』なんて絶対言わねぇし、よっぽど嬉しかったんだろ」
ティナがクスッと笑い、ふとバルドの方を見ると、
「あ、ライナスさん……バルドさん、なんか書いてる!」
「お、新作レシピか?」
わくわくしながら覗き込もうとする二人。その時、背後から聞き慣れた声が響いた。
「まったく……バルドは、また泣いてるんだねぇ」
振り返ると、マーサが呆れたようにため息をつきながらも、どこか優しげな笑みを浮かべている。
「でもまぁ……良いことだわ」
「ほらほら、二人も、さっさと片付けに戻るよ」
そう言って、マーサは足音も軽く去っていった。
その日の深夜。
キッチンの片隅にある棚に、ひっそりと一冊のノートが増えていた。そこには、バルドの力強い文字でこう書かれている。
『シャルロット様専用レシピ帳』
ページをめくれば、早速「特製タルト」の改良案が既にぎっしりと書き込まれていた。