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11. 一目惚れってことにしておきました

「さてと……そろそろいいかしらね?」


 デザートのタルトをひと口食べたそのとき、マーサさんが意味ありげに声を弾ませながら、胸の前で両手をパチンと合わせた。


 その仕草を合図にしたかのように、食堂の空気がガラリと変わる。ティナちゃん、ライナスさん、そしてマーサさん自身までもが意味深に顔を見合わせ、一斉にドッと声を上げた。


「でも驚きましたよ! 顔合わせ当日に、そのまま屋敷に連れてくるなんて!」


「ほんとっすよ! レオン様がそんな行動するなんて前代未聞っす!」


「急に婚約決定だなんて……シャルロット様、一体何があったんですの?」


(うわっ、な、なんか来たーーっ!!)


「え、えぇぇぇっ!?」

 

(ちょ、落ち着いて!! こっちだって状況飲み込めてないんだから!!)


 その隣でバルドさんは……無言のまま、頬をぽっと染めて聞き耳を立てていた。


(ちょっ……バルドさん照れてる!? なんで!?)

 

 私は助けを求めるようにレオンさんをちらりと見たけど、レオンさんはひとり優雅に紅茶を飲んで完全スルー。

 

(いやいやいや、当事者でしょ!? なに自分だけ呑気に紅茶飲んじゃってんのよ! なんか言ってよ!!)

 

 レオンさんのその我関せずな横顔を見ていたら、むくむくとイタズラ心が芽生えてきた。


(ふ〜ん、そっちがそういう態度なら、こっちだって負けませんからねぇ)

 

 わざと両手を頬に当てて、うっとりした乙女顔を作る。声のトーンまで高くして、食堂中に響き渡るように。

 

「だって〜レオンさんが、私に一目惚れしちゃって。どうしても今日から来てほしいってお願いされちゃったんですよぉ♡」

 

 わざと甘ったるく言ってやった瞬間──

 

「……ぶっ!!」


 レオンさんが盛大に紅茶を吹き出した。


「っ……ごほっ、ごほっ……!」


 ハンカチで口元を押さえながら咳き込むレオンさん。私の方へギロリと鋭い視線を突き刺す。

 

(ひぃっ、睨んできた!! ふふん。でも、勝った!)

 

 その様子に、みんな一気に大盛り上がり。

 

「えぇぇぇぇっ!! レオン様が一目惚れ!?」

 

「マジですか!? レオン様、そういうタイプだったんすか!?」

 

「まぁまぁ!! なんてロマンチック!!」

 

 ティナちゃんは目を輝かせ、ライナスさんはニヤニヤ、マーサさんはうっとりしてる。バルドさんは相変わらず頬を染めたまま、でも嬉しそうに瞬きが倍速になった。


 一方でレオンさんはというと、

 

「……付き合いきれん」

 

 カップをコトリと置き、椅子を引いて立ち上がった。


(あ、やば……やりすぎたかも。怒ってる……?)


 不安になった瞬間、ライナスさんがテーブルをばんっと叩いた。


「お〜っとぉ!? レオン様が気まずくなった時の決め台詞『付き合いきれん』出ました〜! 耳赤いっすよ!」


 大げさに身を乗り出し、にやにやしながら声を張り上げる。そして私の方を向くと、あっけらかんと言い放った。


「あ、シャルロット様、レオン様は怒ってるわけじゃないんで安心してくださいね。あれ、気まずさに耐えられなくなってるだけっすから! レオン様、すかして見えるかもしれませんが、不器用でなかなか可愛いんすっよ?」


(へ、怒ってるわけじゃないの……? 気まずいだけ……?)


「……ライナス」


 レオンさんがライナスさんを睨んだ。でもライナスさんはそれに気づかずさらに追撃。


「いいんっすよ、照れ隠さなくても! だってシャルロット様、めちゃ可愛いですもんね〜! レオン様が一目惚れなさるのも当然っすね!」


「……ライナス。お前の来月の給料、半分にしてやろうか」


「ちょっ!? 俺、そんなに悪いこと言いました!? 褒めただけじゃないっすか〜!」


 ライナスさんが頭を抱えて大げさに騒ぐと、食堂の空気は一気に笑い声で満たされる。


 レオンさんは大きくひとつ息をつくと、

 

「勝手に盛り上がってろ」

 

 ぼそっと吐き捨て、足早に食堂を後にした。

 

(あ、レオンさん逃げた!) 


(よし、私も退散〜!)


 私もそそくさと立ち上がり、彼の背中を追うように食堂を後にしたのだった。

 


 *

 


 わいわいと賑やかな声が飛び交う中、カイルは一歩離れた場所で、静かに食器を片付けていた。

 

(……浮かれすぎだ)

 

 誰にも届かない、冷静な心の声。だけど、無表情を装ったその手は、ほんの少しだけ強張っている。

 

(レオン様が、一目惚れなど、そんな軽率な理由で婚約者を屋敷に迎えるはずがない……)

 

 無意識に力が入り、皿を置く音がカシャンと響いた。その音に気づいたマーサが、ふっと優しく、けれどどこか含みのある微笑みを浮かべる。

 

「ふふ……カイル。嫉妬はほどほどにしておきなさいな?」

 

「……しておりません」

 

 ピシッと背筋を伸ばし、きっぱりと言い返すカイル。

 

(……まったく。レオン様の右腕であるこの私が、あんな子ごときに嫉妬など……)

 

 心の中で呟きながらも、カイル自身は気づいていなかった。自分の耳が、どんどん赤くなっていることに。

 

 こうして、ウラドール公爵邸の夜は、少しだけ騒がしく、そして温かく更けていくのだった。

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