10. 異世界ディナー、みんなでいただきます!
(わぁ……素敵な部屋!)
食堂は8人掛けの上質なテーブルが中央に置かれた、落ち着いた雰囲気の空間だった。部屋いっぱいに肉やパンの香ばしい匂いが漂っていて……やばい、もう一回お腹が鳴りそう。
テーブルにはすでにマーサさん、バルドさん、ライナスさん、ティナちゃんが揃っていた。レオンさんが無言で席についたのを見て、私もその隣に腰掛ける。
目の前には、ほかほかと湯気を立てる豪華な料理がずらりと。
(よ、よかったぁぁ……カタツムリいない! 普通にめちゃめちゃ美味しそう!)
あれもこれも気になって料理に目を奪われていると、向かいのライナスさんが、にやっとからかうように声をかけてきた。
「へぇ……シャルロット様って、そういうタイプだったんすね」
「へ? なにが?」
首を傾げる私に、ライナスさんは肩をすくめて言う。
「いや、貴族様が使用人と同じテーブルにつくなんて滅多にないですからね。普通なら怒るところっすよ?」
(あっ!)
その言葉に、私は一気に血の気が引いた。
(やばっ、完全に素で座っちゃってた……)
私が焦ってあわあわと言葉を探していると、レオンさんが面倒くさそうに口を挟んだ。
「言っただろ。シャルロットは訳あって知識が0歳児になってるって」
レオンさん、ナイス! 私はすかさず、その設定に飛び乗る。
「そ、そうそう! よくわかんないけど……でも一緒に暮らすんだし、みんな家族みたいなものでしょ?」
取り繕うつもりで咄嗟に口にした言葉だった。でも次の瞬間、みんなが驚いたような顔になり、すぐにふわっと場の空気が柔らかく変わる。
マーサさんが目を細めて「あらまあ」と微笑み、ティナちゃんは嬉しそうに顔を赤らめてコクコク頷いている。ライナスさんも、「……いいっすね、それ」と照れくさそうにしていた。バルドさんに至っては、髭を震わせながら無言で目頭を押さえている。
(え、なんでそんなに刺さってるの!?)
戸惑う私の横で、レオンさんがふいに視線を落とした。ほんの一瞬だけその横顔は少し寂しげで……けれどどこか温かい表情をしていた。
(……レオンさん?)
思わず声をかけそうになったけれど、次の瞬間にはもう、いつもの無愛想な顔。
「俺は、広い部屋で一人で食事をするのが好きじゃない。だから、いつもここで皆と食事しているんだ」
何気ない口調だったけど、その言葉にマーサさんがふっと笑みを浮かべる。
「そうなんですよ。せっかく立派な晩餐室があるのに、ちっとも使わないんですから」
呆れたような言葉とは裏腹にマーサさんの目は優しくて、ほんの少しだけ……誇らしそうだった。
「ま、その方が俺たちも楽しいですけどね!」
ライナスさんがわざとらしく胸を張り、大げさに頷く。
みんながみんな、ほんのりはにかんだ笑顔で、嬉しそうにしていた。
(そっか……レオンさんの家は、いつもこんな感じなんだ……)
胸の奥がじんわりと緩んだそのとき、静かに食堂のドアが開いた。
「失礼します」
カイルさんの凛とした声が、完璧なタイミングで食堂に響く。席に着きながら、カイルさんは不審そうに辺りを見渡し、眉をしかめた。
「……なんですか、この妙な空気は」
「気にするな。さあ、食べるぞ」
レオンさんの一言で、みんなが一斉に手を動かし始める。
(よし! 異世界初ディナー、楽しもう!)
「いただきます!」
そう元気に宣言すると、私はさっそく料理に手を伸ばした。
(どれからいこうかな〜!)
まずはふわふわの白いパン。噛む前から小麦の甘い香りが漂ってくる。それだけでも十分美味しそうなのに、皿の端には淡い緑色のバターが添えられていた。レオンさんいわく、「ルフェリア草のバター」らしい。
(ルフェリア草……? 絶対こっちの世界にしかない食材だよね)
恐る恐る塗って、ひと口。
「──っ、美味しい!!」
ふわっと広がるのは、ほのかな甘みと爽やかな草の香り。普通のバターとはまるで違う風味に、思わず目を見開いた。
「レ、レオンさん! このバターっ!! おいしいっ!!」
感動を共有したくて手をパタパタ振ったのに、返ってきたのは一言。
「……よかったな」
それだけ!?
(まあ、レオンさんだからしょうがないか……でも、ちょっとだけ口元ゆるんでなかった?)
次に目を引いたのは、透き通った薄紫色のスープだった。
(え……これはちょっと勇気いるかも……。完全に魔女が作った色してるんだけど……!)
スプーンを持つ手がわずかに震える。でもみんな普通に口にしてるのを確認して、意を決してすくい、パクっと口に運んだ。
「──っ……美味しい!」
舌に広がったのは、ほっくりとした甘みとまろやかなコク。見た目からは想像もつかない、優しい味わいのポタージュだった。
(なにこれ、めちゃくちゃ飲みやすい! 見た目のギャップずるい!!)
つい夢中で二口、三口とスプーンを動かしてしまう。
(これが、ミルティナ芋のスープか……。この世界の食材、意外とイケるじゃん!)
そしてライナスさんがニヤニヤしながら指差したのは、香ばしく焼かれた大きな肉の塊だった。
「シャルロット様、それ実はグレアーク熊っていう毛むくじゃらの魔物肉のローストなんすよ〜。さっき森で捕まえてきたホヤホヤっす!」
ドヤ顔で笑うライナスさんの言葉に、私は思わずフォークを止めた。
「……えっ!? ま、魔物の肉……!?」
血の気が引いて青ざめたその瞬間、マーサさんがピシャリとライナスさんの肩を叩いた。
「もう、ライナス! 変な冗談はおやめなさい。シャルロット様が怯えてしまうでしょう? それはただのローストビーフですよ」
「わははっ、バレたっす」
(な、なんなのこの人! 心臓止まるかと思ったんだけど!?)
ライナスさんは楽しそうに笑いながらも、ふっと眉を下げて私を見る。
「でも、シャルロット様、本当に何も知らないんですね。今の冗談、普通は子どもでも引っかからないですよ?」
そう言いながら、どこか気遣うように私の皿へ新しいパンをそっと置いてくれる。
「けど大丈夫っすよ! 俺たちが全部教えますから!」
ライナスさんが、にっと笑って親指を立てる。
ううっ……不意打ちヤバい。だって考えてみてよ。あなたたちのご主人が、いきなりこんな──魔物肉とローストビーフの区別もつかない女を婚約者として連れてきたんだよ? 普通なら「何このポンコツ女!?」って詰問するでしょ? それなのに何も聞かず、ただ自然に受け入れてくれちゃって……。
(……ほんと、みんないい人すぎる……)
「……ありがとう、ライナスさん」
ちょっと泣きそうになりながら素直にそう口にすると、ライナスさんは
「おっと、照れるなぁ〜」
なんておどけながら、案の定、マーサさんにまた肘で小突かれていた。
「もうライナスさんったら! 最後くらいかっこよく決められないんですか〜?」
ティナちゃんがくすくす笑いながら突っ込み、
「みなさん、お食事中ですよ。レオン様にご迷惑です」
カイルさんまで渋い顔で口を挟む。
そしてバルドさんは……なぜかハンカチで目元を拭っていた。
(あはっ……もう家族の会話じゃん、これ)
穏やかな笑い声がぽつぽつと弾けながら、食卓はゆっくりと温まっていった。