01. 目覚めたら、知らないイケメンとお見合いしてました
「シャル! どうしたんだい!? 顔が真っ青じゃないか!」
耳元で聞こえた男の声に、思わず飛び上がりそうになる。顔を向けた瞬間、目に飛び込んできたのは、見知らぬ金髪碧眼の紳士。
(誰!? ていうかその格好なんなの!? コスプレ?)
金色の髪をきっちり後ろで束ねたその紳士は、端正な顔立ちに落ち着いた雰囲気を持った美丈夫だった。はっきり言ってイケメン。いや、イケおじ? 大人の色気がダダ漏れしてる。
でもなんというか、服装がやたら変なのだ。中世ヨーロッパ風っていうのかな。紺色の上着にはキラキラした銀の刺繍がびっしりだし、首元なんてフリッフリで。
しかもそのイケおじ、なぜか涙目で、私の頭から頬から肩から必死の形相でペタペタと触ってくる。
(ちょ、なんで泣きそうになりながらペタペタしてくんの!?)
状況が理解の範疇をあっさり超えていた。私は身じろぎどころか指先ひとつ動かせず、完全にフリーズ。もういっそこのままずっと固まっていようかと思ったけど、そのイケおじが私の頬をぎゅむっとつねった瞬間、さすがに我にかえった。
「シャルぅぅぅ! 動いた! よかったぁぁぁ!!」
金髪の紳士は涙をこぼしそうな顔で叫び、そのまま私に抱きついてきた。
(待って待って待って!? 距離感おかしい!!)
全力でドン引きながらも、さっきから繰り返される呼び名が耳に残る。
「シャル」……って、誰?
(今、私のこと呼んでる!?)
慌てて自分の体に視線を落とす。まずそこに見えたのは、ゆるやかに広がる金色の髪だった。そして光沢のあるドレスの裾。白すぎる手の甲に、華奢すぎる指先。
「……えっ」
鏡なんて見なくても分かる。目の前にあるのは……私が知ってる「私」の体じゃない。
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!)
いやほんと、絶叫を心の中で収めた私を褒めてほしい。だって、私はついさっきまで、普通の女子高生だったんだよ!? 今朝もちゃんと制服着て学校に行って、友達とおしゃべりして、いつもの道を帰ってきたはずで!
(それがなんで、こんな場所に!?)
今私がいるのは……ふかふかすぎる絨毯が床一面に広がってる、なんだかやたらゴージャスな部屋。見る限り家具はどれもこれも高級品で、壁に高そうな絵もいっぱい飾ってある。そして隣には、涙目でペタペタしてくる、コスプレ仕様の金髪紳士。で、私はというと、ほんとありえないけど……たぶん別人になってる。
(……いやもう、夢オチであってほしい)
「可哀想に。緊張したのかな? うん、シャルが緊張するのも無理はないよね。私だって本当はまだこんな席、早いと思ってるんだから……」
混乱している私の横で、金髪の紳士はぶつぶつと涙声でつぶやきながら、まだ私の顔を覗き込んでいる。
(こ、こんな席って何!? なんか嫌な予感しかしないんだけど)
「もう、あなたったら。そんなに取り乱していては、レオン様がお困りになりますわ」
背後から、おっとりとした声が響いた。はっと振り向くと、まるで光に包まれたように優雅な女性が、背筋をすっと伸ばし、当たり前のように私の隣に座っていた。ブロンドの髪はふわりとまとめられ、くりっとした大きな目に、緩やかに弧を描く形の良い唇。うん、すっごい美人! でもこの美人さんもやっぱり、ミュージカルにでも出演するかのような、淡いブルーの豪華なドレスを身につけていた。
(え、なに!? コスプレ仲間?)
「ほんと、いつまでも子離れできなくて困りますわ。レオン様、ごめんなさいね」
夫人のその言葉で、ようやく私は正面のソファに視線を向ける。
(3人目!? いたの!?)
まず目に飛び込んできたのは、黒く艶やかな革のブーツに包まれた、まっすぐに伸びる長い脚だった。そして紺色に銀の刺繍が施された上着。首元には深いボルドーのタイがきっちりと。どこを取っても無駄がなく、上質さがひと目で伝わる。
もうね、3人目ともなると、この変な服装も見慣れてきた。というか、そろそろ嫌でも気づく。どう見ても彼らの服は本物の生地だし、着慣れてる感ハンパないし。
(これ……コスプレなんかじゃない。……デフォルトだわ)
いやいや落ち着け私。これ以上考えたら脳みそがショートする。くらくらする頭のまま、視線が相手の顔に辿り着いた瞬間、二度見、いや五度見くらいしてしまったかもしれない。
(やばっ! めちゃくちゃイケメン!!)
さらさらの黒髪、切れ長の目に黒い瞳、通った鼻筋。まるで芸術品みたいに美しい青年がそこにいた。間違いなく私が今まで出会った人の中で一番カッコいい。
そんな奇跡のような青年が私を見て……え、なんか驚いてる? 口元を拳で隠しているけど、彼の目はこれでもかというほど大きく見開かれている。
(……なに?)
首でも傾げようかと思った瞬間、彼の表情が一変した。
「君は……」
ぐっと眉をひそめ、睨むような鋭い目で何か言いかける。
(え、怖。なんなの!?)
だけどすぐに小さく咳払いして、その感情をすべて隠すように表情を整えた。
「いや、やめておこう」
そして貴公子然とした柔らかな微笑みを浮かべると、私の両隣に座る二人へと向き直った。
(え、ちょ、今の何だったのよ……)
「アルデン伯爵閣下、伯爵夫人、ご令嬢はどうやら緊張なさっているようですね。よろしければ、少し庭を散歩させていただいても?」
ねえ、ほんと次から次へと新展開をぶっ込んでくるのやめてほしいんですけど!? 青年が発した耳慣れない言葉に、私は思わず固まった。
(伯爵? 令嬢? 庭を散歩? いやいやいや、ツッコミが追いつかないから!)
なのに、夫人と呼ばれた女性は青年の言葉を気に留める様子もなく、ほっとしたように微笑みながら頷いた。
「まあ、レオン様がご一緒くださるなら安心ですわね」
その穏やかな物言いに、場の空気がふわっと緩んだ……と思ったのに。
「いや、しかし! いくらレオン様でも、二人きりにするのは、は、早すぎるんじゃないかなあ?」
隣の伯爵が、小声のつもりなのか、それでも明らかにうろたえた声を漏らす。うん、もうなんとなくわかってきた。どうやらこの伯爵様、私の「お父さん」ポジションらしい。しかも過保護で溺愛系。カッコいいのに、中身はちょっと残念なタイプ。
「あなた。レオン様はシャルの婚約者候補なのですよ? 信頼しなくてどうしますの」
「う、うむ。そ、それはそうなんだが……」
明らかにしょんぼりする伯爵。夫人はくすりと微笑み、呆れたような、愛おしそうな顔で、そっと優しい視線を伯爵に送る。
そんなホームドラマのようなふたりのやり取りはおいとくとして。また新たにさらっとぶっ込まれた新事実は、私をこの上なく動揺させていた。
(ちょ、ちょっと待って待って。婚約者候補!?)
(私、今そんな重大イベントの真っ最中なの!?)
生まれたての子鹿のように内心ガクぶるしている私をよそに、レオンと呼ばれた青年は綺麗な所作で音もなく立ち上がると、ゆっくりとこちらへ向かってきた。彼は静かに私の前に立ち、そのまま片手を差し出す。
「シャルロット嬢、少し庭で話さないか?」
(え……なんか、手出してるし)
私の心臓がドクドクとスピードを上げていくなか、彼は私を見てわずかに頷いた。その仕草ひとつとっても無駄がなく上品で、私の知ってるどの男子ともレベルが違う。
そしてそれが、今の私には「とりあえず黙って俺について来い」って言われてるみたいで。いや、ただの私の願望なんだけど。
(よしっ!)
このままずっと部屋にいるより、外に出て少しでも情報を仕入れた方がマシ! そう結論づけると、私はエイっと気合いを入れて、彼の手に自分の手を重ねた。
(ねえ! わたし今、イケメンの手!! 触ってるんだけど!?)
そんな私のテンパりなんかお構いなしで、彼は落ち着いた仕草で優しく私の手を支えた。そして彼に導かれるまま私は自然に立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
(やばっ……至近距離の破壊力!)
(か、顔が良すぎて直視できないぃぃぃっ!!)