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それは恋なんかじゃなくて ⑨

 コンビニのイートインは背の低い棚とその上に並んだ観葉植物の鉢植えで売り場と仕切られていた。3つのテーブルとカウンター、それに窓に面したカウンター席がある。

 冷房は効きすぎているほど効いており寒いほどだった。他に客はいない。


 先にカウンター席に座っていると、野口君が2つのアイスカフェラテMサイズを持って隣の椅子に座った。


「誘ったから驕りね」

「ありがと」

 私は素直に透明のカップに注がれたアイスカフェラテを受け取る。そして半分まで一気に飲む。

 コンビニの横は公園になっていて、芝生の向こうには小さな噴水が見える。そのまわりでは犬を散歩させる若い女性とその夫らしき人、自転車を練習する小さな男の子とそのお母さんらしき人、ベンチに座る近くの私立高校に通うカップル。柔らかくなった夏の日差しのもと、平和な風景が広がっていた。


「で何?」

 私は野口に聞く。

「そんな喧嘩腰に言わなくてもさ、さっきも言ったけど、花火大会のことはあったし、前を篠田さんが見えたから」

「それにしては必死に追いかけたと思うけど」

「実は、篠田さん、クラスにいるとき俺を嫌っているように思えて」

「そんなことはないけど、、、、」

と言いつつ心当たりはあった。気がついても野口君が何か言おうとするのを無視したり。


「それはそうと、野口さぁ、合宿で純也に手を出さないでよ」

 わざと君をつけずにそう言う。

「ほらまただ」

 ”野口”って呼びつけにしたのは気にしていない様子だ。それから急に

「そうか、なるほどね、ふーん」

 と納得した顔になる。


 私は恥ずかしくなった。”野口”に純也を好きなことを知られたのはいいとして、彼らの間を嫉妬していることが知れたのは恥ずかしい。


「だってまわりにチームメイトがいるし」

 まわりに誰もいなかったらあるのか?二人きりになる場面なんてたくさんありそうだ。

「答えになってないんだけど」

 私はむきになって言った。


 しかし野口は冷静に、

「俺は自分の気持ち押し付けないし、感情にまかせた行動なんかとらない」

 ときっぱり言った。


 そうだよね、野口はたぶんそういう人間だ。私ひとりで妄想して嫉妬してバカみたいだと思った。それでも合宿に関してのモヤモヤが消えたわけではなかった。


「ガチで選手権でも目指しているわけでもないのに合宿なんかするのよ」

 完全な言いがかりだ。でも野口は私がこんなことを言っても受け止めてくれる何かがあるという甘えもあった。

「まだ嫉妬してんのかよ、おまえも来るか?」

「私が呼びつけにしたから、”おまえ”とか?まぁ、いいけどね」


 客観的に見れば野口との距離は縮まったようでもあるし、ある意味同志でもあるんだけど、ぜんぜん仲間意識なんかなくて、嫌いで傷つけてやりたいとさえ思ってしまう。

 もちろん、人として野口のことを嫌いというわけではないんだけど。こんな感情初めてだった。


「ところで中学時代、純也との間に何かあったみたいだけど何?」

「うーん、俺の口から言わない方がいいかもしれないけど、学校にも知っているやつチラホラいるし、篠田には俺の気持ち知られちゃっているから、言ってもいいか」

死ぬほど知りたかった。


「純也とは中一のとき同じクラスだったんだ。小二から同じクラブチームでサッカーやっていたんだけど、あまりしゃべったことなくて。中一のときにクラスが同じになって、なんとなくつるむようになったんだ。であるとき、クラスで海外のお土産だっていう色鉛筆がなくなって、それが純也のロッカーから出てきて、、、」

「なんか小学校でありそうな話しだけど、純也に濡れ衣を着せたい誰かがいたのかな?」

 純也がそんな辛い経験をしたと思うだけで胸が痛んだ。


「純也はその頃から誰にでも優しくて真面目で信用あったからみんなビックリしたな、教師もクラスのコも彼はそんなことをするコじゃない、って反応で。たぶん家にも連絡いかなかったと思うんだけど、教師が調べようとしてもわかんなくてさ。それそうだよね、誰にも言わないからやった生徒は先生のところへ来なさい、なんて言っても行くコはいないと思う」

 そりゃそうだ。もし白状したらずっとそんなことをするコというレッテルを貼られてしまうし、もしきちんとあやまりに行くぐらいだったら、最初からそんなことはしないと思う。


「純也はやらない、っていうのが大方の見方だったけど、中には、人は見かけによらないし、なんて言うやつもいて純也は可哀そうなくらい落ち込んでいた。俺は学校中の大人に聞いてまわった。体育の時間に誰かがやったってわかっていたから生徒じゃないと思った。自分は人のためにそんなことをするタイプじゃないんだけど、そばで見てらんなくてさ」

「現場を見てた人いたの?」

「2週間ぐらいして給食のおばさんが見てたってわかった。返し忘れたソースの瓶を取りに来たら、廊下の窓越しに、体操服着た女のコがロッカーに何か入れるとこ見たって」

「女のコ?」

「純也に告白して振られたコがいて、そいつが腹いせにやったらしい。体育の時間にトイレに行くって授業を抜け出してね。 体育の授業をしてくれる教師は、担任とは別の20代の若い男性教師だった」


「担任は個人的にそいつを純也にあやまらせて、クラスのみんなには知らせなかったけど、その女のコがすぐ転校したもんだからみんな予想はついた」

「よかったね。でも二週間も来てまわるなんて、野口、すごいよ」

 もし私が野口の立場だったら同じことをするだろうか? 自信がなかった。


「犯人がわかったとき、純也は目に涙ためて、俺の首を片手でグッと抱き寄せてさ、それから息が詰まるほど強くハグしてきた。忘れられないよ」

 不思議と嫉妬はなかった。きっと犯人がわかったことよりも、野口がしてくれたことが嬉しかったんだと思う。


「でもそれからも完全に純也の評判が元に戻ったっていうわけじゃなくて、痩せてイケメンになっていい気になっているからそんな目にあうのだとか言うやつもいて。純也のせいで転校させられた、なんてその女のコの友達は恨み言言うし。純也の耳にも入っていたと思う」

「そんな、ひどいよ」

「純也はよく耐えていたと思うよ。それから、純也は目に見えて頑張りだした。もともと成績はいい方だったけど、絵はコンクールに出せばほとんど入賞したし、サッカーも2年からレギュラー入りしたし。文化祭とか体育祭とかすごく働いてたな。だんだん純也はすごい、ってことになって。中一のときの事件はもともと純也は何も悪いところはなかったし、てことになったんだ」

 やばい、泣きそうだ。そんなこと聞くとますます純也を好きになってしまう。


そして、

「それからかなぁ、純也を好き以上の気持ちになったのは」

と、案の定の言葉。

「うん」

 何がうんなのか自分でもよくわからないけど、それが今の私の感想だった。


「純也はそういうやつで、すごく愛しいやつというか、かなり恥ずかしいな。要するに、でもないんだけど。篠田さんとギクシャクしているみたいだけど、おまえら何かあったの? なんて気を使わせるのもなんだから俺ら普通にしてようぜって話」

 そういうことか。

「わかった」

 本当はの野口とのギクシャクというのが自覚なかったんだけど、私はとりあえずそう言った。

「サンキュー」


 これから買い物に行くという野口とは駅前で別れた。


 だらだらと家に向かいながら私は考える。

 なんというか今まで思い込んでいたものが揺らいだ感じだ。


 私は、いわば愛情のない家庭で育った分、世間に対し強く戦っていけるような気がしていた。

 でも違っていた。

 両親から守られて愛情を注がれて育った純也の方が、過去にあんなにも耐え、戦うことができたのだ。

 受けた愛情は力になるのか?当然と言えば当然のような気もする。


 従弟の俊のことを思い出した。

 「亜紀ちゃんが、もう夕食はうちで食べないって言ったとき、母さんはかなりショック受けたんだぜ。もう少し段階的にとか、そういうことできなかったのかよ。俺の好きなものより亜紀ちゃんの好きなものを優先してたのに」

 と私が高校に入学して、自分で夕食を作って食べるようになって少ししてから言った。


 料理は嫌いでなかったし、家で好きなものを作って食べる方が気楽だったし、叔母さんの負担も減るだろうと思い、今思えば”宣言”みたいな形で自分の家で食べることを言った。正直叔母さんの気持ちを考えなかった。

「私はただ叔母さんの負担が減ると思って」

「わかっているけど。言い方だよな。最初は相談みたいな形がよかったかも」


 俊は見た目がチャライ中学生で、叔母さんと叔父さんの仲はよく十分な愛情を注いでいるのにそれを当たり前だと思って、勉強もバスケも適当にやる甘えん坊という印象だった。でも私の印象とは裏腹に大人だった。同時に自分が恥ずかしくなった。


 そして思った。だから自分は誰からも愛されないと。

 

 



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