それは恋なんかじゃなくて ③
そう、 結局のところ私は(イケメンに恋するなんて悔しいんだけど)島純也を好きになった。
でも、それはずっと後のこと。
私のために純也が先輩のところに文句を言いにいった、なんてことは好きになる原因にはならなかったってこと。
男らしくてステキというより私なんかのために申し訳ないという感じ?
私は自分のために人が何かしてくれることにあまり慣れていなかった。
3時間目は世界史だったけど、あと一週間で定期テストのため自習となった。
「質問ある人は前に来てー」と言ってベートーヴェンを連想させる教師は窓際のパイプ椅子に腰を下ろし文庫を読み始める。
殺人的な世界史のテスト範囲と長すぎる名前の世界史に残る人物名。2年生のだれもがしばらくの間、これらと戦わなければならない。
だれも質問なんてする余裕なんてないから静かな時間が流れていく。
私はすごく頭が疲れていて自習どころではなかった。
登校時にペットボトルの水をかけられたのはショックだったけど、3年生の女子があやまりに来たのはもっとショックだった。
まわりに人がいたから学校の掲示板が荒れるかな?
「学校一のイケメンがファンのコに激怒」とか「以外に俺様気質だった島純一」とか「純一、最愛のコを守る」とかね。
ネット情報なんていろんな尾ひれがついて嘘ばっかりになるからどうなることやら、、、
写メなんて撮られていないよね?
そんな妄想が頭を駆け巡る。
ますます気分が悪くなり頭痛までしてくる。
隣の純一の方を見ると、普通に何事もなかったかのように自習をしている。
この落ち着きはなんだ?と憎らしくなった。
それとも良すぎる容姿のせいで彼は今までにこんな嫌なことがたくさんあって、乗り越えてきたのだろうかとも思う、
早退でもするかな。
テスト範囲はもう発表されているから授業は進まないだろうし、午後も自習が多いかもしれないし。
私は普段は真面目な生徒で、ちょっとぐらいでの風邪では休まない。
「お腹が痛い」と言って早退したいと言えば担任は簡単に許してくれそうだ。
でも純也は気にするだろうか?
世界史の授業が終わった休み時間、純也に
「昨日さ、スーパーに美味しそうなウナギがあったんで買って帰って、梅干しと一緒に食べたらずっとお腹の調子が悪くて、我慢できなくなったから帰るわ」
と言った。嘘だったけど。
「スーパーのウナギ?」
純也は宇宙の言葉でも聞いたような顔をして
「へー、篠田さんて学校帰りにスーパーなんかに寄るんだ」
と的外れなことを言う。
そこじゃないんだけどね。普段は優しいくせになんなんだ。
私はムカついた顔をしてたんだろう。
「あっ、ごめん。お腹大丈夫?急に意外なことを言うもんだからさ。しんどかったら早退しなよ。家まで送って言ってもいいけど」
仮病は純也にはバレバレみたいだ。
責任感じてくれているのはありがたいけど、腹痛は嘘だから断った。
そしてムカついた顔にしんどそうな顔をプラスして職員質へ向かった。
予想通り30代半ばの体育が担当の担任は、「悪いもんでも食ったか、気つけてな」と言っただけで早退の申し出をすぐ了解してくれた。
いいヤツだけどデリカシーがないと評判の担任に今日は感謝だ。
それに、登校時の事件は職員室に届いていないようで私はほっとした。
由利に
「悪い、今日は一緒にお弁当食べれないんだ。後はラインでね」といい、さっさと教科書類をカバンに入れて教室を出る。
鋭いところがある由利は純也に何か言いたそうだったけど、私は気づかないふりをして教室を出た。
二人の視線が背中に感じた。
校門から続く坂道を午前中に降りるのは初めてだ。
まだ勢いのある太陽の光が緑の濃くなった桜並木を照らし、その影を誰も歩いていない道に落としている。
私はなんとなく得した気分だった。
クラスのみんなが仕方なく灰色の箱の中で座っていなければならないときに、こんな自由な気持ちで外を歩けるのだから。
それに当然の権利、のようにも思えた。
理不尽な暴力を受けたにせよ、本当は最後まで学校にいるのが”正義”で純也にもいいことなのかもしれない。
でも本当に疲れてしまったし、今日のところはいいことにしよう。
こんなんじゃ純也のことは守れないかな。
実はたまに生きるパワーが0になって、自分がぼろ雑巾のように感じることがあった。
今もそれ。
こんな状態を純也に行ったらわかってもらえるかな。
わかってくれなくても明日説明だけしてみよう。
20分ぐらい歩いて駅に着いた。
すぐに電車がやって来た。ラッキー。
電車の中はガラガラ。快適。
道を歩いているときでも、電車の中で座っているときでも制服を着た私をジロジロ見る人はいない。
付近の高校でもテスト期間だから早く帰る生徒がいても不思議ではないと思っているのだろうか。
わからないけど。
天気はいいし、まだ蒸し暑いほどでもないし、このまま電車に乗って海まで行ったら気持ちいいだろうな、と一瞬思うが私にはそんな勇気はない。
まっすぐ家に帰ってちゃんとテスト勉強するつもりだった。
私の家は3つ目の駅を降りたところにあった。
駅の一方は商業施設が立ち並び、反対側はすぐに住宅街だ。
くねくねした住宅街の中の道を歩き、わりと立派な門構えの瀟洒な家。それが私の家だ。
番号を押してロックを解除して家の中に入る。
広々としたリビングを抜け台所に入った。
流しの横の小さなテーブルの上に朝、自分が作ったお弁当を出す。
食欲はなかったけど、スツールに腰かけて食べることにする。
私は家の中でこの場所が一番好きだ。
なぜならガラス張りで斜めになった壁がすごく感じよかったから。
横が2メートル、縦が4メートルぐらいあるガラスの壁は雨の日が最高だけど、今日にみたいにお日様がさんさん降り注ぐ日だって悪くない。
ここにいると体の中から無くなったパワーが充電できる気がするんだ。
このガラスの壁を提案したのは誰かな?父さんだろうか?それとも母さん?設計士さんが妥当なところだろうか?とにかくこのスペースがあることで、私はこの家にいられる気がする。
この家ができたことは正直以外だった。
だっていつの頃からか両親はいつか離婚するだろうと思っていたから。
同じ会社の役員をしているせいか、家で仕事のことを話すことはあってもそれ以外はほとんど会話がない父と母だった。
母の妹である叔母さんに私に関する大半のことをまかせ、休みの日にはそれぞれの用事で出かけ、家族旅行はもちろん、誕生日も祝ったことのない家だ。
私が物ごころつく前からそんなだったから、私はそれが普通なんだと思っていた。
だから小学校に入って、友達から家族旅行の話しを聞いたり、おじいちゃんやおばあちゃんに会いに行ってお小遣いをもらったり、誕生日になるとプレゼントがもらえてごちそうを作ってもらえる、なんて話しを聞いたときは衝撃だった。
小学生の私は母に「何でうちはそういうことをしないの?」と聞いた
母は
「ほかのコのお母さんは家にいるけど、ママは仕事で忙しいでしょ。その代わり家にお金がたくさん入るから亜紀は綺麗な服が買えるし、高くて美味しいケーキが食べれるのよ」
と当たり前のことのように言った。
私は綺麗な服も高いケーキもいらないからお父さんとお母さんと遊園地に行ってみたい、と言いたかった。でも私はいくら幼くてもそんなことは恥ずかしくてとても言えなかった。
おじいさんが作ったアパレルの会社はお母さんが専務で、お父さんはその下で、とにかく忙しいというのは子供ながらにわかっていたというのもある。
小学生の5,6年頃からはときどき父親に他の女性の影が見えるのも嫌だった。
父親の車の中で見た口紅のついたタバコ、明らかに会社の人からではない人と電話で話す父親の声。
母親は気づいていたんだと思う。
さっさと離婚すればいいのに、と思っていたがそうはならなくて、何故か3年前にこの3人ぐらしにしては大きくて誰もが羨むようなこの家ができた。
全く大人は何を考えているのかわからない。
お弁当を食べ終わるとすぐに流しで洗い、部屋に行ってTシャツとスエットに着替えて又キッチンに戻る。そして紅茶を入れて、窓の下の杉の木が貼られた床に座った。
私のお気に入りの場所。
窓の外のハナミズキの木を見ながらゆっくり飲む。
冷房を入れた。ここで少し眠ろう、そうすればいつものようにパワーが回復するはず、
と思ったそのときチャイムがなった。
宅配便かな、と思いながらリビングにあるモニターを見る。
そこには意外にも島純也の顔が映っていた。




