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それは恋なんかじゃなくて ②

 幸せなことがあれば、すぐに不幸なことが起こる。

 人のいいこと悪いことは一定なんだ。

 こんなことを人はたまに言うけど、そんな説を私は信じなかった。


 だって仲がよいとはいえないけど、ごく平凡な家庭に生まれ、普通に成長し、並みの容姿と能力をもった私には刺激的過ぎることは起こらなかったから。


 不幸といっても、傘を持っていないときに雨が降り出したとか、期待して行ったスィーツ店が定休日だ  ったとか、推しのコンサートの抽選に外れたとか、そんなことぐらい。

 その見返りにラッキーなことがやってくるわけではなく、それを別段気にもしてなかった。


 何かいいことが起こらないかな、と思っても大抵の場合叶わない。

 しかし、学校一のイケメンが隣の席になって、その彼がどういうわけか「一緒に帰ろうよ」なんて言ってきて、少しの間だったけど楽しい会話ができた、なんてことは私にとって最上級のいいことだった。


 家に帰ってもフツフツとした幸福感みたいなものは続いていて、その正体は何?と考えたら、とってもいい性格の友達ができて、友情の始まり、それが幸福の正体だと理解した。


 友達ができるのっていいな。


 由利とは入学式で並んだ時前と後ろで、そのまま話すようになって、友情の始まりというタイミングはなかった。

 今では何でも話せるし、お互いのことを気遣ういい友達だけど。

 純也とはもう友達だ。むこうも私のことを嫌っていないからそう思っていいよね。

 改めて純也に「友達になろうよ」なんて言うのも照れくさいし。


 翌朝も幸せな気分で目覚めで、その日もずっと同じ気分が続くはずだった。

 初夏の若葉のきらめきがそのまま胸の中にあるように。

  

 幸福の代償が来るなんて思いもよらなかった。


 でもそれは早くもその日の朝に起こった。


  登校時に純也のファンから水をかけられたのである。

 いつものように「この坂、どうにかなんないかな」と校門目指して歩いていると、後ろからドンと衝撃がきた。そして肩から背中にかけて水の伝わる嫌な感じ。

 それから「純也と一緒に歩くな」と声がし、バタバタと走り去る数人の女子生徒。


 私は一瞬何が起こったのかわからなかったけど、最初に思ったのは、衣替えした白いブラウスの上から、下着の線が見えたらヤバイということだった。

 教室まで走らなきゃ。

 私はカバンを小脇にかかえ猛然と走り出した。

 まわりの生徒は気がついたんだろうか? 見ていた生徒がいたかもしれないし、一瞬のことで誰も気がつかなかったかもしれない。

 でも振り返る余裕がなく走る。


 さっきの女生徒たちははるか前を走っている。

 ポニーテールとショートボブとあと2,3人は普通のセミロングへア。

 街中で見ればいたって普通の女子高校生のグループだろう。

 人間て怖い。


 ずっとダッシュで校門を走り、昇降口で上履きに履き替え、教室の前のロッカーまで来た。

 途中何人かが、何事?とい表情をしながらも「おはよ」と声をかけるので、私も「おはよ」と返した。


 勢いはそのままで、体育館内にある更衣室まで行き、ブルーの体操服の上だけ着替えた。スカートも濡れてはいるがすぐに乾くことを期待する。


 着替えが終わり教室に向かってノロノロと歩く。

 ショックだった。

 今までいじめられたことなんかなく、そんな場面にも出くわせたことがなかったから、いじめられるコの気持ちはこんななんだろうかと思ったりした。

 すごくみじめな気持ちだ。

 理由ががないのに、人の悪意を受け止めなければならないなんで理不尽だ。

 そう思ったら猛烈に腹が立ってきた。


 だから、教室に入ったとき、クラスメートや由利が「どうしたの?朝から体操服で」と声をかけてきても

「ちょっとブラウス汚しちゃって」

 とかわしたときでさえ、島純也には耳元で

「あんたのファンに水かけられた」

 と言ってしまった。


 純也はわかりやすいほど顔が険しくなり、そして

「どんな人たちだった?」

 と聞いた。私は

「ポニーテールで背が高くて、あとショートボブのコと、それから、、、、」

 私が言い終わらないうちに純也は教室を出ていった。


 私は戸惑って、なんかな、純也に言うべきじゃなかったのかな、純也は何も悪くないんだし、とちょっと思ったが、ムカつきはまだ納まってなくて、時間を巻き戻せてもやっぱ私は純也に言いつけるだろうと思った。


純也はホームルームが始まる前に教室に帰ってきて、私に

「ちゃんと言っといたから」

とボソッと言った。

 やはり純也も傷ついているように見えた。

 純也がそんなに悲しそうな顔をするんだったら私の胸の奥にしまってもよかったかな、と思ったりした。


 一限目が終わった休み時間だった。

「篠田、呼んでいるよー」

 クラスの男子が大声で叫ぶので廊下に出てみると、なんと例のポニーテールの一団だった。

 私は不覚にもちょっと怖気づく。


「篠田さん? 朝はごめんなさいね。でもほんの冗談ていうか。あんなに水がかかると思わなくて。いろはうすのケース、薄いから」

 と的外れなことを言うのはポニーテールのコ。

「私は言うだけにしようよ、って言ったんだよ」

 とショートボブのコ。

どちらにしてもあまり変わらないと思うけど。

「純也君てばうちらがプレゼントあげようとしてもぜんぜん受け取ってくれないし、話しもしてくれないから羨ましくてついね」

 と後ろからボソボソと言い訳する声。


 純也は集団が怖いと思うんだけど、と言いたかったけど飲み込んで

「べつにいいですよ、制服ももうすぐ乾くし」と言った。

「よかった。おわびに、と言ったらなんだけど」

とテトラパックのコーヒー牛乳を差し出す。


 ありがとうございますと受け取りつつ、この先輩たちあまり成績はよくないんだろうな、と思った。

 案の定、

「でも、クラスメートに水かけるのなんて、自分、許せないんで。篠田さんにあやまってもらえます? とキリッと言ったときの純也君、素敵だったよねー。惚れ直したワ」

 なんて目をキラキラさせながら言うショートボブ。


 やれやれ。

「あの、、、純也君、すごく悲しそうだったんで、純也くんの迷惑になることしないでください。いくら先輩でも何かあったら1年B組がみんなで純也君のこと守りますから」

 ときっぱり言ってやった。


 本当は、私が純也を守る、と言いたかったがややこしくなりそうなので止めておいた。

 「わかった」

 ポニーテールが短く言った。

 こんなことしたら純也に嫌われることやる前に気づけよ、まったく。

 これももちろん私の心の声。


 できるだけ早く教室に戻りたかった。

 目立たないことが一番、が信条の私には、朝から体操服で、おまけに3年の女子グループの呼び出しを受ける、なんてことはまったくきつい。

 教室の中からも廊下を行く人たちかもチラチラと受ける好奇のまなざし。

 あーあ、やめて欲しい、

 そう思いながら牛乳のお礼を言い、教室に戻った。


 席につくと2限目を知らせるチャイムが鳴った。

 席から立ち上がって廊下の私たちの様子を伺っていた純也は、私に成り行きを聞きたい気持ち満々だったみたいだけど機会を逃してしまった。

 なんか可哀そうだけど可愛い。



 純也は授業が終わるのが待ちきれなかったみたいで、英語のノートの余白に「どうだった?」と書いて、私に渡してきた。私は「大丈夫。牛乳もうかった」と書いて返した。

 純也はそれを読むと100人の女子を悩殺できるような笑顔でニッコリと私に微笑んだ。


 100人の女子と同じように私もドキッとする。

 いいなぁ、どうしてこんなに素敵に笑えるんだろう。

 まるで神様がくれたような笑顔だ。


 肉親やまわりの友達が純也に与える愛に感謝するような、神様からもらった才能に感謝するようなそんな笑顔だと思った。

 いいなぁ。

 私もそんな笑顔が欲しかったと思った。


 笑顔にはキュンとくるし、私のために先輩グループのとこまで行って「謝れ」なんて言ってくれるし、ここはもう惚れてしまう、とこなんだろうけど、私が純也を好きになったのはそこではない。



 そう、しばらくしてからなんだけど、私は島純也を好きになったのだった。






 

 


 


 

 


 


 







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