それは恋なんかじゃなくて⑮
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大きなニュータウンの真ん中にある真新しい駅に着いたときにはすっかり暗くなっていた。
ホームに着いたときから駅の賑わいが伝わってきた。
若い町の新しい駅はどこか未来都市を思わせる。巨大なスマイル君が描かれているガラス張りの駅ビル、色とりどりのライトの中を小川が流れる駅前広場。これでもかというくらいその駅前の造りはは元気が爆発していた。行き交人も若者が多い気がする。
そんな駅だからライブの帰省もゆるいのかもしれないと思った。
半地下になったスペースにはシルクの他に何組かのアーティストが演奏していた。一様に歌や演奏がうまかった。CDを販売している人もいればライブハウスでの演奏の告知をしている組もあった。大小の人垣がいるできている。心地よい夏の世の風景だ。
そんな中でシルクは臆せずに歌う。小柄な体が歌い出すとグンと大きくなったような気がした。声自体はそんなにいいわけではないけど、なんというか気持ちが入っている。高温の伸びが素晴らしい。ところどころに刺さる歌詞がある。
それだけで私はシルクの歌が好きになった。
それから体全体から発するエネルギーは相変わらずだった。こっちまで元気をもらえるような。こういうのをカリスマ性と言うんだろうか。
そんなシルクから私を”タイプ”と言ってもらえるなんてありがたい。あっちの意味でもこっちの意味でもありがたいことに変わりがなかった。
友達になれるかな?何ももっていない私だけれどシルクは友達になってくれるだろうか?恋の始まりでも友情の始まりでも始まりはみんないい。自分が価値ある人間に思えるからだ。
帰りの電車の中でline登録をさせてもらおう。マネージャーになると言ったら友達になってくれるかもしれない。譜面台とかアンプは近くの店に預けてあったみたいだけど、二人でセッティングしたら早く歌が始められると思う。ライブは週一ぐらい? そのぐらいだったら勉強にも支障がないと思った。
シルクの歌をリズムをとりながら聴いて、久々に未来がちょっと明るく思えた。
「シルクのマネージャーになる」という私の野望は数時間も経たないうちに崩れ去った。
シルクは「へっ?私のマネージャーだって?」と口では言いながら表情は嬉しそうな顔をしてくれたのだが、私の願いが叶うことはない事情があった。
シルクは9月から留学するというのである。
お父さんがマレーシアに駐在していて、高校の残りの期間をあちらで生活するという。
「アメリカかオーストラリアの大学に進学するんだったらあっちの高校が有利みたいだからさ。将来の夢は音楽をやることなんだけど、日本だけじゃなく世界で活動したいんだ。そのためにも少しでも若いうちから海外に出てみたいと思って」
シルクは淡々と言った。すでに以前からそのことは決まっていて当然自分はその道に進むべきかのように。
まいったな。
自分勝手に盛り上がって恥ずかしい。でも、留学とか世界で活動するとかすごいと思った。小さなところで悩んでいた自分が恥ずかしくなる。
「すごいよ。応援する!」
次の瞬間、シルクの手をとりそう叫んでいた。電車の乗客が一斉にこちらを見た。
シルクのインスタも教えてもらった。
「日本にいる間だけでも追っかけるから」
との私の言葉に
「こっちでもまたライブの機会あるかもしれないけど、向こうへ行ってもできるだけやりたい。ずっとインスタやほかのSNSで見れると思う。遊びに来てくれてもいいし。飛行機で4時間ちょっとだし、安いチケットだったら沖縄に行くくらいの航空券で行けると思う」
私はつくづく考え方が狭い。
「そっか、そうだよね。SNSの力は偉大だ。絶対遊びに行きたい」
「約束ね」
私たちは微笑みあった。
男だからとか女だからとか何だというのだろう。素敵な人はやっぱり素敵だ。そう思える人に出会えることは幸せだ。
昼下がりのバーガーショップ。ガラス窓の外は、衰え知らずの夏の日差しが勢いよく歩道を照らしていた。「花火大会の打ち合わせ」という呈で集まった4人だ。
「4人で行けることになってよかった」
と純也が私の顔を見て言う。
「由利がどうしても行きたいって言うから」
と私。由利が不思議そうな顔で私を見る。そりゃそうだ。由利に対して私は「純也たちと一緒に花火大会にいかない?」って誘っただけなんだから。でも
「そうなんだ、毎年めっちゃ楽しみにしている。みんなと一緒だと余計に楽しいかも」
と調子を合わせてくれた。
「その日はサッカーの練習も休みで良かったよ」
と野口。顔が黒人のように日に焼けていた。合宿は行けなかったけど、学校の練習には顔を出していたという純也も黒かった。捻挫も治って最近では練習に参加しているらしい。
花火大会は4人とも自転車で堤防まで行くことになった。なので私も由利もゆかたを着るわけにはいかない。気軽なようなちょっぴり残念なような気持ちだった。もし着ることになったら叔母さんに借りて、着つけてもらおうと思っていたのだ。
ひとしきり近況を話した後で、私はシルクのことを思い出して言った。
「そういえば純也を知っているっていうシルクってコに会ったんだ。小学校で一緒だったとか。すごく魅力的なコだよね。体中からパワー出てるみたいな。歌がうまくて駅前でライブやっているんだよ」
私は一気にシルクとの出会いからのことを話した。彼女のことを話すとき自分でも声に力が入るのを感じた。
「シルク?」
意外にも純也の声のトーンは低い。
「ああ、純也の黒歴史のコね」
すべて知っているという口調で野口が言った。
「そうなの?彼女は何も言ってなかった」
「シルクも大人になったってことかな」
という純也の言葉に野口はきつい突っ込みを入れる。
「全部忘れてるんじゃないの」
でも純也の名前はもちろん、近況とか知っていたので、何かあったにしても気を使って私に何も言わなかった線が強いと思った。
「そんなことないと思うよ。シルクは忘れてないと思う。で、過去の事件て何よ?」
私は知りたいと思った。由利も興味津々という顔をしている。野口はあっさりと言った。
「こいつは小4のときシルクに告白して振られたんだ」
「おまえなー、一度死ね」
純也は野口の首をしめる。
「ぐぐるしいー。小4のときだろ。もう時効も時効でしょ」
「純也はああいうコがタイプだったのね」
もちろん小学生の過去の告白に興味はないので私はクールに言った。
「なんかさ、初めて人を好きになって振られて早くも人生の挫折を味わったって感じだったよね。今もそうだと思うけど人を元気にするパワーがあって、その頃はお母さんの趣味とかで髪にリボン結んでフリフリの服着てほんと可愛かったよ」
純也は遠い目をして懐かしんだ。
「初恋は美化されるものだけど、よく覚えているよね。私の初恋なんてほとんど覚えてない」
と由利。言った後で純也から手のひらチョッブを頭にくらった。
私は野口の方を見る。ぜんぜん平気な顔。小学時代の話しだから平気なんだろうか。純也は「女の子を好き」と宣言しているようなものじゃないか。それでも平気なんだろうか?つい、野口を気遣ってしまう私。
そうなんだ。純也は女の子が好きなのかも。
これは私にとって喜ぶべき大きな問題のはずだった。しかし、あまり喜んでいない自分が不思議だった。遠くの世界で起こっている私には関係のない事件のようだった。
シルクのライブの手伝いにはあれから2回行ってできることは手伝ったりしたけど、その時間の方が私にはリアルだった。
はずみで紙ナプキンが床に落ちたので拾おうとして私はかがんだ。そしてテーブルの下を見た。
そして私は目を見張った。純也の裸足の足が野口のサンダルの上に重ねられていた。
ああ、そういうことか。小学時代の失恋話しよりも、私にはこちらの方がリアルでしっくりくるような気がした。
やはり嫉妬もなかった。




